第1話 悪意の果実 その9
「これまた、ずいぶんとデカい建物だな……」
現場に到着した葛城が、『真理眼』越しに建物を見てそう発したのに、黒川も同意だった。
偽装された建物の周囲に規制線が貼られ、カバーストーリーの為に偽装した特殊部隊や白バイ隊員などが集まり、現場は騒然としていた。むろん、周囲の野次馬は他の職員と警察関係者が上手いこと距離をおかせることで、この場は「あくまで立てこもり犯と人質救出対応」という芝居が成立していた。
それが芝居じゃなければ助かるけれども、と黒川は心の中で言う。周りに見えない仕事というものは、評価の対象にならない。必然的に孤独は友達だ。唯一の救いは、自分の課のメンバーという、この孤独を共有する人間が存在することだろう。
「これだけのサイズの異常存在となると、暴露者も10人は超えるだろうな。報告書を書くのが面倒そうだ」
「こんな街のど真ん中に、よくもまあ堂々と建っていたものっすよ」
「異臭騒ぎがあった時点で、なぜうちに連絡が来なかったんだ」
「知らないっすけど…」黒川は親指の爪を噛みながら、自身の『真理眼』を遮断する。
「例のオバさん、認知症の疑いがあると思われていた節があるらしいですからね」
「なるほど、それで発見が遅れたという訳か」
二人の会話を横目に聴きながら、仁藤は三課本部から運ばれてきた機材を使用して、周囲の計測を始める。使用している機器……『ラバウル振動菅』『尾形式霊力センサー』『高倍率空間歪曲計測レンズ』『トリプロマ合成薬濃度測定装置』の数値を眺めながら、外堀からこの廃墟の姿を捉えようとするのが彼女の仕事だ。
「二人とも、アンチ=トリプロマは既に投与した?」
「ああ」
黒川はペットボトルに入った水で口の中の錠剤を流し込む。脳の記憶野に速やかに作用するトリプロマ合成薬を使用する際、現場の職員は必ずこの薬を常用するのが必須だった。
仁藤はパソコンのスクリーンに表示された数字を順番に目で追いながら、状況を整理していく。
「トリプロマ合成薬の散布濃度安定を確認。既に現地警察協力の下、半径1キロ圏内にカバーストーリー『立てこもり犯』を適用済みです。対象の建築物はSKクラスの異常存在と見て間違いなさそうです。空間歪曲率は0.8-2.2の間で周期的に変化しています」
「完全暴露までの推定所要時間は?」葛城は自身の巫術の展開準備をしながら質問する。
「近隣住民の暴露深度から推測して、2時間が限界です。それ以上は精神汚染等の影響を受ける可能性があります」
「なら、1時間半で片づけるさ」
葛城は自身の服の内側に防御用の薄い金属プレートを挟み込み、黒手袋をはめる。建築物以外の何らかの異常存在との接触可能性がある以上、このレベルの警戒は必須だ。
「銃はどこだ?」
「あ、そうだ」
仁藤はそう言うと、付近のスタッフに声をかけ、巨大なケースを運んでくるように伝える。車両の中から降ろされた棺のような形をした装置を起動すると、中から白い中口径のマグナム銃のような姿をした銃が姿を現す。
「新型?」黒川が質問すると、仁藤は早口で装置の説明を始める。
「対低脅威異常存在撃滅銃「スサノオ」タイプβ/試作1号機よ。量産段階に入る前に、実践のデータが必要だって技術班から要請があったの」
「おいおい……」葛城は呆れたような顔を浮かべる。
「まさか俺たちに、何が起こるか分からないヘンテコな銃のテストをしろっていうのか?」
「ヘンテコだなんて失礼な言い方。葛城さんが素手で対応できるって言うなら支給しなくてもいいんですよ」
しばらく書き溜める期間が欲しいので、更新が遅くなります。絶対に失踪はしないので待っててください。感想とか書いてくれますと、本当に力になります。
いつも読んでくれてありがとう。