表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/61

第58話 霊と霊

「ヘルト、貴様本気か?」

「もちろん本気さ。俺は兄さんにつく。だから――諦めるなら今のうちだぞ」


 ヘルトの言葉に、ドルクは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべた。サリナも「信じられない」といった表情で口元を押さえている。


「……まさか本当に、こんなことが起きるとはな。――いでよ、竜牙兵(りゅうがへい)!」


 ドルクが右手を掲げると、無数の魔法陣が宙に花開き、そこから骨で編まれた兵士が雪崩れ込む。竜牙兵――竜の牙より生まれし不死の闘士。骸骨の胴に竜の顔、漆黒の鉤爪。不死ゆえ、打ち砕くか焼き尽くさねば蘇り続ける厄介なアンデッドだ。


「ヘルト、考え直すなら今だ」

「くどい! ――行け、七英雄!」


 号令一下、七体の英霊が疾駆。煌めく剣が骨を薙ぎ、戦斧が脊柱を粉砕し、炎の呪唱が竜牙兵を朱に染めていく。骸が崩れ、炎が燃え盛り、竜牙兵は瞬く間に灰と化した。


「流石だよ、ヘルト。僕の出番は無さそうだ」

「兄さんは切り札だ。ここは任せてくれ」


 頼もしい――そう思った。しかしドルクの顔は少しも揺れず、不敵に口角をつり上げている。


「見たか、俺の英霊の力を!」

「あぁ、しっかりと見届けたさ。やはり強い。――だからこそ備えておいたのだ。サリナ、準備は?」

「ええ、すべて“あの方”の計画どおり。――悪霊憑依(ポゼッション)!」


 サリナが叫ぶと同時に、七英霊の身体から黒紫の靄が噴き出し、別の霊が絡みつく。英霊たちは糸の切れた人形のように動きを止め――向きを変え、ヘルトへと武器を突きつけた。


「なっ……英霊に霊を憑依させただと!?」

「普通なら不可能よ。でも時間をかけて霊を浸透させれば話は別。優秀な力ほど、いざという時に牙を剥く――“あの方”の教えよ」


 “あの方”。嫌な予感が背を撫でる。


「くっ、兄さん……俺……!」

「大丈夫。下がっていてくれ。――英霊は霊界に還るだけで失われはしない。ここからは僕の役目だ」


 ヘルトを魔族の斥候に預け、僕は前へ出た。ドルクとサリナが嘲笑混じりに見下ろしてくる。


「今さら貴様に何ができる?」

「そっちこそ、借り物の力で粋がるしかできないのかい?」


「黙れ! バハムート(三首竜)、出でよッ!」

「召喚・ファントムロード(怨嗟王)!」


 三つ首の巨竜が唸りを上げ、闇の王が吠える。悪霊付きの七英雄もこちらを睨む。深紅と漆黒が混ざる脅威――確かに絶望的に見える。だが、僕はいつものように標識を立てただけだ。


「――標識召喚・隕石注意(メテオアラート)。」


 コツン、と小さな標識が大地に刺さる。そこには赤い三角の中で燃え落ちる隕石の絵。


 空が裂けた。

 雲ごと焼く紅蓮の巨岩が、天地を貫く轟音とともに落下する。


 第一波。 爆風が奔り、バハムート(三首竜)の鱗を剥ぎ飛ばす。

 第二波。 大地がうねり、ファントムロード(怨嗟王)の影が霧散する。

 第三波。 悪霊を纏った七英雄が直撃を受け、縛鎖が焼き切れた。英霊たちは光となり天へ昇る――霊界に帰るだけ。再び呼べる。


 灰と灼熱が溶け合い、玻璃(ガラス)じみた大地が広がった。ドルクとサリナは爆風に吹き飛ばされ、膝を折る。魔法を行使する魔力も気概も、燃え残りの煙とともに抜け落ちていた。


「ば……馬鹿な……これが標識召喚だと?」

「嘘……私の霊が……!」


 見下ろす僕の足元には、ぽつんと立つ一本の標識だけが残る。


「“注意”はしたよ。読めなかったのは、そっちの問題だ」


 ドルクは泥を掻くように手を伸ばすが、力なく地を叩いただけ。サリナはうつろな瞳を漂わせ、嗚咽とも溜息ともつかぬ音を漏らした。もう立ち上がる気配はない。


 戦意喪失――。ここで追い打ちをかける必要はない。父と母であった者たちに与えられる罰は、この敗北と無力感でじゅうぶんだろう。


 炎塵がようやく晴れ、煤けた空に青が戻り始める。再召喚の兆しはない。戦いは、終わった――はずだった。


「やれやれ、気になって来てみれば揃いも揃って不甲斐ないのう」


 上空から降り注ぐ嗄れた声。視線を上げると、悪魔じみた翼を生やした白髪の老人が悠々と降下してくる。


「やはり、ドルクたちが言っていた“あの方”は貴方だったんだね――デルズ・サモナン(・・・・・・・・)


 かつて祖父と呼んでいた老人が、空中で薄く笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ