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☆8 金と銀の星花(スティラ)


 王侯貴族御用達の店が立ち並ぶ商店街へ向かう馬車の中。

 学園で出会った俺たちは、寝ぼけて離れなかったルーナを連れて行くというリシェーラの一言によって、一緒の馬車に乗って街に出てきたはず、だった。

 今現在、俺は両太ももの間に手を置いて身を縮こめ、空気の悪い馬車の中に座っていた。


 あれ、おかしい。なんでこんな雰囲気が重いんだ?誰か教えてほしい。なんて、この場にいない誰かに俺は問いかけてしまう。

 少し前に俺の太ももを枕に眠り込んでいたルーナが目を覚ましたのだが、いつまで経っても離れようとしない少女(ルーナ)をリシェーラが引き剥がして自分の横に座らせて……この現状は作られてしまった。


(き、気まずい!!)


「………」


 珍しく無表情のリシェーラが、沈黙を貫いて目の前に座っている。姿勢を正して座席に腰掛け、窓の外を眺めていた。白金の髪の上にはフリルのヘッドドレスが乗っていて、白地に白と青色の配色になった学園の制服(星花用)を着込んでいる。


「………」


 その隣を見ると、薄紫色帯びた銀髪を二つに結い上げているルーナが座っている。白を基調として白と赤の配色になった学園の制服(星花用)を身にまとい、リシェーラとは反対方向に顔をやって黙り込んでいる。いや、違う。故意に口をつぐんでいるのではなく眠たいのだ。首が何度上下していて今にも寝てしまいそうになっていた。


 依然として馬車の中がきまずいのには変わりなく、空気が重くて悪くて、苦笑いでいるだけなのに頬がつりそうになる。

 そろそろ俺は耐え切れそうになかった。


「あ、あはは……えっと、リシェーラは何を買いに行くんだ?」


「カイン……」


「は、はい……」


 何故だか今にも泣き出しそうな顔をしているリシェーラが、彼女に勇気を振り絞って話しかけた俺の方を向く。

 何を言われるのかと緊張してしまって声が上擦る。


「その、えぇと……」


 もにょ、もにょと小さく口を動かして声をこもらせる話し方、落ち着かない両手の仕草で、彼女が何か聞きにくいことを言いたいのだと察した。けれどあいにく、何を聞こうとしているのかという肝心な内容は思いつかない。

 俺が首を傾げて数秒後、小さな逡巡の末にリシェーラはパッと顔を上げて食い気味に尋ねてきた。


「——— この子とは、どういう関係なの!?」


 勢い余って、考えていたことと違う事を言ってしまったのだろう彼女は「はぅあ!」と叫び声を上げた。頬が薄ら赤く染まり、目をぐるぐるさせたご様子で口元に手を置く。一寸の休憩を挟んでもう一度!!はい、どうぞ!


「じゃなかった……。カインと親しいみたいだったから、ついうっかり許可を取らずにこの子のことを連れ出して来ちゃったけど、後で怒られちゃうわよね!?うぅ、どうしましょう」


 色々と相談したいことと聞きたいことがあるのは、すごく伝わってきた。「あぅあー」と頭を抱えて恥じらって体を縮こませるリシェーラ。なんだか、怒られるのを怖がる小さな子供のようだった。


「ふは!」


「ど、どうして笑うの?!」


 最近はよく見るリシェーラの子供っぽい姿に、俺はなんだか笑わずにはいられず、くつくつと笑ってしまった。

 星花は王都に出るだけでも、学園の許可を必要としている。事前に許可されていたリシェーラとは違って、ルーナは許可を貰っていない。「その時は一緒に怒られるよ」と言えば、笑われたことが恥ずかしかったようで唇を尖らせ、拗ねた表情を見せてくれる。


「ごめん、ちょっとさ。そうだ、それでルーナの事をちゃんと紹介しないとだよな」


 そう言って俺は、ルーナに視線をやったが、肝心の本人は気がつけばスヤーーッと眠りこけてしまっていた。

 まぁ、本人の名前くらいはいいだろう。


「彼女はルーナ・エルシア。子供の時からの顔見知りだよ」


「んぇ……?よんら?」


 自分の名前が聞こえたからか、ルーナが眠そうな眼を擦りながらぽやーっとした寝ぼけ顔で返事をしてきた。

 少女が斜めった体を起き上がらせると、肩から細い銀の髪が零れ落ちる。小さな欠伸をして潤んだ灰色の双眸は————。


「灰色の瞳……。貴方って、星花(スティラ)じゃないの……?」


「んぇ……?あぁ……これはルーナ自身の魔力で変えてるだけだよ。ルーナは、星花(スティラ)()()()()()()()()()()()


 リシェーラの形の良い眉が跳ね上がったのを気が付いているのかいないのか。ルーナは口元に笑み浮かべたまま「それに……」と話を続ける、頬に手を置いて、恍惚した表情に移り変わっていく。


「ルーナ、今はこの灰色が好きになれたから。だから、変えたくないの」


「えっと……なんでルーナは俺の方を見てるの?」


「なーんでもない」


「っ……!わ、私も灰色は好きだわ!?」


「なんでリシェーラは、そこで食い気味になって俺の方に立ち上がってくるの……?」


「ぅ、それは……。そ、それよりほら!着いたみたいだわ」


 二人に話をはぐらかされてしまった。

 俺としてはかなり納得いかないが、先に馬車を降りた二人を追った。


 降りた場所は、とある店の前。おしゃれな看板と店頭のショーウィンドウから見える服を着た人形から貴族向けの服屋なのだとわかる。

 新しい服でも買いに来たのだろうか、と思った俺は、直ぐに貴族が既製品なんて買いに来るわけないと否定した。特注(オーダーメイド)でもしに来たのだろう。


(……って思ったのに……)


「なんで俺が!採寸されてるの!?ねぇ、リシェーラ!?リシェーラの服を頼みに来たんじゃないのか!?」


 衝立の向こうにいるはずの少女達へ、俺は悲鳴を上げて叫ぶ。こんなことは想像していなかった。もっとこう、そう!リシェーラの買い物が終わらないし長いしでヘトヘトになってしまうようなものを想像していた。


 採寸してくれている男の店員さんは顔を顰める。嫌がって暴れる俺を二人がかりで押さえつけ、メジャーで周囲を囲んで素早く採寸を終わらせてしまった。


「今度、私が星巫(ミティ)の儀式を行った記念‥‥パーティ?をするのよ。私とカインは主役になるんだから、無難な物なんて着させられないでしょう?」


「パーティってなに!?初耳だよ!!」


「あ、あれ?言ってなかった、かしら……?」


「言ってないよ!」


「……えーっと、てへ☆」


 可愛らしく、小憎らしく、それでいてお上品に首を僅かに傾げ、困ったような顔をして、上目遣いで小さく微笑みながらこちらを見上げてくる。

 謝ることもせず、意志を問うこともしない。

 どうやら俺とリシェーラのお披露目パーティには、強制参加させられるらしかった。


「カインが、貴方の星巫(ミティ)?」


 店員がデザインを考えている間、暫し解放されることになった俺は、ジュースとお菓子を食べながら休憩に入ることになった。

 席に腰掛けた俺と、リシェーラを、交互に見比べたルーナが眠たそうな顔で首を傾げる。

 表情からルーナの考えは読み取れないが、少し驚いているような。微かに震えた肩からは怒っているような気がした。


「そうよ?カインは、“わたし”の星巫(ミティ)よ」


 自慢げに語るリシェーラ。

 自慢するような事じゃないよなぁと思いながら、口を挟むことなど出来ない空気を察した俺はストローを咥える。


「———— っ。そっか、貴方が……カインの言ってた……」


 ふと横を見た時。灰色の少女の目に暗い影が落ちていた、気がした。


「…‥ルーナ?」


「あはは、そっか、カインはもう……この人の星巫(ミティ)なんだね……。そっか、そっかぁ……」


「あ、うん……」


 口早に喋りまくるルーナはどこか変だ。なんか、黒い空気を纏っている気がする。そう感じて俺は彼女に話しかけようとしたのだが「少々よろしいですか?」と店員が遮られてしまった。どうやら衣装の完成図(デザイン)が出来たので呼びに来たようだ。

 リシェーラも嬉々として立ち上がり、「カイン!一緒に布の色とか決めに行きましょう?」と腕を引いてくる。


「悪い、でも……」


「私のことは気にしないでカイン。格好いいのを選んできたらいいよ」


「あ、うん。わかった」


 後髪を引かれる俺を、ルーナは切なげな笑みを浮かべて送り出してくれた。


「—— これ、ちょっとやり過ぎなんじゃ……」


「そんな事ないわ!お披露目のパーティなんだもの!主役は一番目立つくらいじゃないと!」


「えぇ〜……」


 物語に出てきそうな紳士、いや騎士のような図案を指差して「本当に俺がこれを着るの?大丈夫?こういう派手なのはちょっと……しかもリシェーラとお揃いにされてるし」なんて嫌がり地味な衣装にしようとする俺を、リシェーラが引き留める。


「大丈夫よ!私の家の使用人は優秀な人たちばかりだから、カインにも似合うようにしてくれるわ」


「あ、ごめん。それは多少は見られるようになるってだけだよね?全然大丈夫じゃないと思うんだけど!?」


「だ、い、じょ、う、ぶ!よ??」


「あ、はい……着ます……俺、なんでも着ます……」


 リシェーラからの黒い圧力に負けた俺は、両手を上げて白旗を掲げる代わりに素直に頷くことにした。


「うむ、よろしいっ。じゃあ、今の案で仕立てて貰うわ。えへへ、カインとお揃いのお洋服なんて、とっても楽しみね」


「そ、そうだね。俺も楽しみ、かなー。ほんのちょっとは……はははー……っ」


(まぁ、いっか……)


 ——— 君が、楽しそうに笑ってくれるなら。


 俺のそばを離れて、店員と色々話し込んでいるリシェーラの姿を遠巻きに確認しながら、それでも小さくため息をこぼす。


「それに、服なんて一番重要な問題じゃ、ないしな……」


「そうだよ?カインは、どうやってパーティを乗り切るつもりなのかな。お兄さん達も、きっと来るんでしょう?」


「うわ、ルーナ?!聞いてたのか……」


 いつの間にか隣に立っていた少女に瞠目する。

 独り言もバッチリ聞かれてしまっていた。


「うん、聞いてた。それに、やっぱり向こうで私一人で居ても退屈だったんだもん」


 眠たいのか、こちらの腕に傾けた頭をぶつけてくる。

 んみーと猫っぽい声で頭をすり寄せて来たルーナは、俺だけに聞こえる声でポツリと言った。


「……ねぇ、カイン。あの子は、()()()()()()……」


 目は合わせて来ない。

 他の人にはルーナが俺に寄りかかっているように見える事だろう。だから俺も、視線を合わせなかった。

 その辺の植木を見ながらルーナだけに聞こえるように返事をする。


「うん。そうかもしれない……」


「分かってるなら……。なら、星巫(ミティ)なんて、やめちゃえばいいのに……。ルーナの———— 」


「———— でも、」


 何かを伝えようとしてきていたルーナの話を遮ってしまった。あっと思った時にはルーナは口をつぐんでしまっていた。だから、俺は自分の言葉を紡いだ。


「でも、リシェーラだけが俺のことをあんなにも信じてくれるんだ。俺には信じてもらえるような才能なんてどこにもないのに」


「また、リシェーラ、リシェーラって……」


「えっ何……?ごめん、声が小さくて聞こえなくて……」


「なーんでもないよーだっ。カインが心配だから私もそのパーティに参加しちゃおうかなって思ったの!」


 べーっと舌を出すルーナが、顔と体を強ばらせた俺のことを、ここで初めて見上げた。

 

「……………え……」


「あの子にお願いして来るね」


「ちょっと待って!ルーナ!……き、気持ちのいいパーティになるわけが……」


「そうだろうねぇ」


 慌てて反論する俺から離れて、ルーナは事件の真相を解明した探偵さながらの口ぶりで、片腕を後ろに回しながらゆっくりと歩いた。少女の顔の横で人差し指だけが揺れる。


「きっと、カインのお兄さんも来るだろうし、あの子の親兄弟だって、招待客だっているよ。ひ弱な鼠がたった一人で敵の本陣に態々出向くようなものだよ。……例え同じくひ弱な鼠が一匹増えても何も変わらないかもしれないけど……」


 二の句を継ぐ前にたっぷりと空白の時間を使ったルーナは、顔の横にあった人差し指を唇につけて、腰を折って此方を覗いた。


「だけどねカイン、味方は多い方がいいんだよ?」


 さらには、ウィンク付きだった。


 俺は思わず、ひ弱な鼠が二匹になったところで変わらないよね!?なんて余計なツッコミしてしまいそうになる口をつぐむ。

 ルーナの言動に、違う台詞を声にしたくなって、自身の言葉ごと空気を飲み込んでしまったが、次の言葉を出すまでに少しもたついてしまう。


「……あ、ありがとう……ルーナ」


 俺は、ルーナから目を逸らして頬をポリポリとかいた。

 何故だか少し、照れ臭くなってしまって。


「どういたしまして。お礼はカインの膝枕が欲しいなぁ」


「ははっまたそれか……。今はちょっとな、一応俺もリシェーラの星巫(ミティ)だし……」


「残念。カインの太ももはよく眠れるのに……あ、冗談よ」


 冗談と言う割には口惜しそうなルーナ。

 あ、これ絶対冗談じゃないな。こういう時には、この子いつも膝枕だったし。というか今、本気の目をしてた。


「は、はは……はははーっ……」


 返せるのは精一杯の苦笑。

 未だ膝枕を諦めていないルーナから、俺は再び目を逸らす。と、ちょうどリシェーラが話し合いを終えて戻ってくる所だった。


「あーっと!じゃ、じゃあ、この話はまた今度ってことで……」


 残念そうに「あっ」と声をあげるルーナから、そそくさと逃げてはご機嫌なリシェーラに近寄って、声をかける。


「終わったか?リシェーラ」


「えぇ、終わったわ。それじゃあ後は小物類よ!」


 頭を深々と下げる店員の姿に慣れない俺は、ドギマギとして後ろを振り返りながら意気揚々とお店を出るリシェーラを追う。

 というか、まだあるのか。


「私、眠いから……馬車の中で眠ってるねぇ……」


「待って!ルーナ待って寝ないでぇぇ!俺一人じゃ待ってられないから!起きて、起きてぇぇぇ」


 馬車に戻ると早々に窓から消えたルーナに(眠くて座席に倒れ込んだ)手を伸ばしながら俺はリシェーラに首根っこを掴まれて引きずられて行ったのだった。


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