☆7 銀髪の少女
金髪ヒロインと銀髪ヒロイン。
ひとりの天族の少女が、学園の中にそびえ立つ図書塔に向かっていた。厚めの魔導書を両手に抱えて、校舎内と塔までを繋ぐ渡り通路を歩いていると、談笑しながら歩く多くの生徒たちとすれ違う。
渡り廊下のガラス窓から差し込む外の光でキラキラと輝く少女の長い銀髪は、紫帯びた影を宿す。眠たそうな灰色の瞳が憂いを帯びいる。すれ違う生徒のことなど視界に入ってないようだった。
ただ、それでも彼女の耳には自分とは逆の向きに歩いてく生徒たちの会話が雑音として届いていた。
「ねぇ、知ってる?ついこの間編入してきたっていう生徒の話……!」
「知ってる、知ってる!編入した初日からダンジョンに行って帰ってきたらしいよー。ヤバくない?」
図書塔の硬い扉を開き、室内へ入室をしかけた銀髪の少女は背後を一瞥した。何故か先ほどの雑音の中の言語が一瞬だけ気になったから、ただそれだけだったけれど。
「うわー……あれ?」
「なに?どうしたの……?もしかしてさっきの人が最近入ってきたっていう人?」
「ちがうちがう!ルーナ・エルシアだよ今の子」
「うっそ!ちゃんと見れば良かったー」
図書室の内側で扉に寄りかかる少女の耳に、外の会話は丸聞こえだった。ズルズルと扉に沿って床にお尻を付け、眠た気な瞳を伏せる。「はぁ……」とため息をこぼした後、言葉を吐き捨てた。
「……ばっかみたい。これだからこんな鳥籠なんか来たくなかったのよ……」
誰もいない、1階から5階まである筒状に建つ図書塔の中は、中央が全て吹き抜けになっており、自然な灯りは会議室や勉強室にも使用できる個室のある5階からしか差し込むことはない。
星花用の白と赤の制服を着た銀髪の少女—— ルーナは、吹き抜けの天井から差し込む充分眩しい太陽の光に縋るように手を伸ばした。太陽の光の中で舞う小さな埃をも包み込む。
「……会いたいなぁ……。キミは今、どうしてるの……? ねぇ、カイン……」
☆☆
「カイン、訓練の調子はどうかしら?」
学園の訓練場で紘夜先輩と自主トレをしていた俺の元へリシェーラが訪ねてきた。
「リシェーラ……?」
扉から顔を遠慮がちに半分だけ見せたリシェーラは、俺の反応を見ると訓練場内に足を踏み出した。手にはバスケットを持っていて、お昼を持ってきてくれたのだとわかる。
「あで……!」
一方で、気を取られた俺はというと、木刀ではなく紘夜先輩にチョップされて腰と膝がカクリと曲がる。地面にのめり込むかと思うくらいの威力だった。
「訓練中だ。気を逸らすな……」
「す、すみません」
「あ。ごめんね、訓練中だったわよね……」
シュンとなって、すごすごと訓練場の端に向かうリシェーラ。
諦めないで、お昼にしようと提案して欲しかった。
ぐううううううううううっと、限界がきていた俺の腹が盛大に空腹を訴えていた。
「ああああー、俺のお昼がー遠ざかっていくー……」
「はぁ……集中が切れたか……仕方ない、ならお昼にしよう」
「ありがとうございました!!紘夜先輩!!」
ため息をこぼした紘夜先輩に高速で頭を下げ、一目散にバスケットに駆け寄る俺を……。
「———— カインー?」
リシェーラは不服そうに睨んでいた。ジトリと俺を見つめながら頬が膨らんでいる。
「あ……」
しまった!思わず食事にがっついてしまった。
体を前のめりにしてバスケットの中に手を伸ばしたまま、俺は固まってしまう。
「………」
「……あ、あはは……」
ほんのり赤くなったリシェーラの頬が膨らんでいる。何かを言って欲しそうな青緑色の瞳が不機嫌そうに見つめてくる。
心の中の俺が言う、早く取り繕えと!心の声に従い自分の頬の筋肉をひくつかせながら、俺は彼女の方を向く。
「あ……えっと……り、リシェーラさん?」
「なに?」
返事がツンケンしている。
「いや、えっと。お昼持ってきてくれてありがとう。い、いただきます……」
「———————— はぁ………。お腹空いてたんだもの、仕方ないわよね……どうぞ」
バスケットの上にかかった白い布を取り外し、バスケットをこちらに押し出きた。まだ唇は尖っているけれど、許しの及第点は取れたのかもしれない。
それ以上相手を気にする余裕がないほど、お腹の空いていた俺は「いただきます」と手を合わせてバスケットの中にあるサンドウィッチに手を伸ばして頬張り始める。
「……美味しい?」
「お、美味しい……です」
夢中で食べてしまった!
俺は両手に二つのサンドウィッチを手にしたまま、口の中に入っている物を咀嚼して飲み込むと、慌ててリシェーラに頷き返す。
実際、本当に美味しかった。
焼いたベーコンは食べやすいサイズで塩味が丁度いいし、潰して胡椒とマヨネーズで合わせた卵の黄身と白身、シャキシャキのレタスで作られたサンドウィッチは甘さと塩味の調和が取れていた。
きっと、買ったのではなくて手作りなのだろう。リシェーラは実はお嬢様でもあるので、実際のところはメイドさん辺りが作ったのかもしれないが。
「そう。あ、紘夜もどうぞ……?カインの練習を引き受けてくれてありがとう」
「嗚呼、では……有り難く頂く」
汗をタオルで拭った紘夜先輩がリシェーラからの誘いを受けて俺たちの側にあぐらをかいて座った。それから、サンドウィッチを食べ慣れていなさそうに口にすると「……これは、美味いな」と素直な感想を溢していた。
「本当!?良かったわ」
「はい、もしやリシェーラ嬢の手作りで……?」
「えぇ、そうなの……。お料理はやったことがないから一人でじゃないけど……メイドに手伝ってもらいながらだけど作ってきたのよ」
恥ずかしそうに指を絡めて、照れ臭そうに話すリシェーラ。
感心した顔で咀嚼した物を飲み込んだ先輩に対して、それを聞いた俺の喉は大きめのサンドウィッチのカケラを飲み込んでゴキュリと鳴った。半端に飲み込んでしまって喉に詰まりかける。
「んぐ!んぐぐぐ!!?」
「カインどうしたの、大丈夫!?水を飲んで……!」
「だ、だいじょ……えほっ、大丈夫……」
喉に詰まらせて咳き込んだ俺は、渡された飲み物を飲んで一息つく。その息は、安堵のため息。いや本当、余計なことを言わなくて良かったーである。
「ふふっ。そんなに、一生懸命食べなくてもいっぱいあるわ。ゆっくり食べていいのに」
「あ、いや。うん、そうだね……」
先程まで怒っていたリシェーラも(メイドさんと一緒の)手料理を褒められてすっかりご機嫌だ。口元に手を置いてクスクス笑っている。
(……平和だ……)
俺が学園に来てから、一週間が過ぎようとしていた。
初日にダンジョンまで経験してしまったが、それはリシェーラの星巫が俺では務まらないという上層部の意向によるものだった。その意向に反して生き抜いてみせた俺は、当面の間、経過観察ということになったらしい。
その証拠に、初日以降もダンジョンは空に生まれたけれど、俺とリシェーラが編成に組み込まれることは一度もなかった。
今はこうして紘夜先輩と訓練をしながら戦い方をおぼえている。
「あ、そうだ!ごめんなさい紘夜、お昼後はカインを借りて行くわ。いいかしら?」
「嗚呼、はい。自分は構わない……。ここ数日は訓練ばかりだったから丁度いい。カイン、体を休めてきたらいい」
「いいんですか!?行ってきます!!」
「あからさまに嬉しそうな顔をされると……自分は複雑だな……」
「あからさまに嬉しそうな顔をされると……ちょっと照れくさいわ……」
「「あ、ごめんね紘夜/すまないリシェーラ嬢」」
「「「 ………… 」」」
何度も声がハマる二人に、パンを片手に前のめりになって出かけられることに嬉々とした笑みを浮かべた表情のまま俺の時は止まってしまった。
「ん"ん"!!そ、それでね、カインにはちょっと頼みたいことがあるのよ」
「あ、うん!た、頼みたいこと……?」
「そう、あのね……」
俺の方へ四つん這いになって赤子のように歩いたリシェーラは、耳元でこしょこしょと囁いてくる。息使いまでもが鮮明に耳に届いてくすぐったい。
「許可は貰ってるから、学園の外の買い物に付き合って欲しいのよ」
(それ、耳元で言うことかな!?)
「わ、わかった……。わかったから、ちょっと離れて……」
「カイン?どうして、顔が真っ赤なの?」
「うあーー………何でもない!ほら!買い物に行くんだろ」
「えっ?あ、うん、そうね……」
耳も頬も、熱い。
俺は急いで立ち上がると、誤魔化すように足速に訓練場の戸に手をかけた。
驚いているリシェーラの方を向けなくて、居た堪れなくなって。
「さ、先に外で待ってるから!!」
引き戸を少々乱暴に開けた俺は、その場から逃げ出した。
「カインーー!?」
「先に行ってるからーーーー!!」
訓練場から走り出して、近くの回路から人の少ない中庭の芝生の上を駆け出す。
けれど無我夢中だった俺は、図書塔の方から散歩をしてきた少女が目の前に居ることなんて気が付かなかった。
「へっ?」
ハッとした時には、星花用の白い制服を着ていた少女に激突していた。
「うぶ!?」
「きゃ……!」
勢い余って、そのまま二人とも横転してしまう。
周囲に誤解されかねないマズイ体制になってしまったのに気がついた俺は、謝ってすぐさま立ち上がろうとした。
「いたた……ごめ……。……むぎゅ!?」
ビンタされる勢いで両頬をぶつかってしまった少女の手で挟まれる。
え、なに、なになに?と混乱する俺をよそに、紫色帯びた銀髪に芝生の草が付いてしまっている少女は、真剣な眼差しで食い入るように目を合わせてくる。
「……灰、色の瞳……」
彼女の眠たそうな双眸を認めた瞬間、俺の頭は鈍器で殴れたような痛みが走る。
記憶が刺激され、呼び起こされる。
「———— カイン……だ……」
「———— ルーナ……?」
「カイン!カインだ!!会いたかったよ、会いたかった」
俺の口から自分の名が出ると、ルーナは歓喜に満ちた表情で、声で、首に腕を回して力強く抱きしめてくる。
「おわ!」
今度は此方が尻餅をついてしまった。
「カイン……本物だ……」
「ちょ、ちょ、ちょ……ルーナ……」
すり寄ってくる頬が柔らかい。
「カインの匂い……。眠く、なって……きちゃう、なぁ……」
「———— ほへ?」
抱きついたまま急に静かになって動きを止めたルーナから聞こえて来るのは規則正しい呼吸音。
これはもしや、もしかしなくとも、俺の膝の上に乗り、腕を首に巻き付けて抱きついたままの体勢で寝てしまったのだ。
「う、嘘だろ……ルーナ!?ルーナさん!?」
「すぅーー、すぴぃーー、すぅー……」
「ちょ、起きて。ルーナ起きてってば!」
心地よさそうに眠っている。
動かない。
起きる気配がない。
「え、えぇー……」
俺は、途方に暮れる。
(こんなところを誰かに見られたら、リシェーラに迷惑がかかる!不味い!)
——そこまで考えが至った時だった。背後から氷のような冷気が漂い始める。
「ねぇ、何してるのかしら?」
「ひぃ!リシェーラ」
「私から逃げ出したと思ったら、こぉーんな人が通るようなところで!!なにを!!やって!るのよーーー!」
怒りに身を任せたリシェーラが、持っていたバスケットを持ち上げ、振り下ろしてきた。
「うぇあ"ーーーーー?!」
ある程度の痛みを想像した俺は、頭と顔を守るように腕を配置する。目を閉じて痛みに耐える準備を瞬時にしてしまったのだが。
「へぁ?」
何秒待っても来ない痛み。
素っ頓狂な声を発した俺は、リシェーラを見上げた。
「…………う、うぅ〜」
見上げれば、リスみたいなほっぺをしたリシェーラが籠を頭上に上げたまま停止し、プルプルと小さく震えていた。
どうやら振り下ろそうとした手に体全体で静止をかけているようだ。
それから俺の頭に優しくバスケットを置いて、リシェーラはマジマジとルーナを眺める。それから不可解で奇怪なモノを目撃してしまったかのような解せない表情を俺に向けてくる。
そして口を開く。
「—— その子、眠ってるだけじゃない!?」
学園生活に必要なものは、なによりも平穏だと俺は思った。
本当にバスケットが振り下ろされてしまう前に、俺はルーナを揺り起こそうとしたのだが。
「ルーナ、ごめん起きてくれ」
「う、うーん……むにゃ……」
やはり、しっかりとしがみついて起きそうにない。
眠ってるのになんでこんなに力があるんだと思ってしまうぐらいに、ルーナの腕はがっちりと俺に巻き付いていた。
(困ったな……。リシェーラからの視線も痛いし……)
「ごめん、リシェーラ。ルーナは昔から、一度寝ると直ぐに起きなくてさ」
「昔から……?その子はカインの知り合いの子なの?」
首を傾げるリシェーラ。
「あ、うん。子供の時からの知り合いで……いやでも、ついさっき再会したっていうか」
ルーナの頬を軽く指で突いたリシェーラは、やはり起きる気配のない銀髪の少女に困ってしまったようだ。
「うーん、どうしようかしら。その子を置き去りにしちゃうわけにも行かないし……迎えもそろそろ来ちゃう時間だわ。私の外出許可は今日しか取れなかったのよ……」
うーんうーん、とリシェーラが悩んでいると、「むにゃー…」と猫っぽい声を出してルーナが起き始める。
「んー……なんか五月蝿いよー……」
「る、ルーナ良かった!起きたんだな!」
灰色の瞳を擦るルーナは、俺の事を見つけると、ふにゃりと微笑んでくる。
「ん、いしき、飛んでた……」
「飛んでた!飛んでた!ってそれどころじゃなくてさ。ごめん俺、これから外に行かなくちゃいけなくて……少し、離れて貰いたくて……」
眠たそうなルーナが、ぽてりと首を傾けた。
「外……、街?」
「うん、街……」
再び俺はルーナに抱きつかれる。
「一緒に、連れて行って……!」
楽しそうな声だったが、ルーナは直ぐにまた寝息を立てて眠ってしまった。
終わった、振り出しに戻る。
俺はもう氷点下までに下がった視線を刺してくるリシェーラの方を怖くて見れなかった。
「むぅ………。はぁ、仕方ないわね……カイン、その子も一緒に街に行きましょう!」
「え!?い、いいの……?」
「いいわよ!もう!ほら、早く!今日は時間がかかる買い物なのよ」
「あ!ちょっと待ってリシェーラ」
俺はルーナを抱えて、先に歩き始め、目の前で揺れる白金の髪の後を追った。
星花用の制服は白色が主な布地だけど、差し色で赤、青、緑の三種がある。リシェーラは青、ルーナは赤、凪咲は緑です。
星巫用の制服は、黒。金の刺繍がなされた黒布の上着と、差し色は白か赤の二種がある。カインと紘夜は白。




