☆3 盟約発動(フェアリー・リンク)
「ひ、ひぎゃあーーーーーーー!」
ダンジョンの中に、俺の情けない声が響き渡る。『お、落ち着いて!?カイン!?』俺に追走するリシェーラはつられて慌ててしまっているようだった。
(ああ!!もう!!あの時の俺!!)
過去の自分を殴りたい。
調子に乗って来るんじゃなかった。
俺は、ダンジョンへと潜る羽目になってしまったまでの事を思い返した。
—— ダンジョンが俺の前に出現したその時。
シャボン玉みたいなカプセルに入った崩れかけの巨大な黒い塊が、空に浮かんでいた。
不気味な空気を放ち、不穏な嵐を連れてきているようだった。
風に煽られる髪を手で押さえて、俺は巨大な浮遊物を凝視してしまう。見上げていると、禍々しい何かが悲鳴を上げているような気がした。
「……あれが、ダンジョン……」
「そう、アレが迷宮……。突然現れるのに、攻略せずに放っておくと落下してしまうのよ」
リシェーラが何かダンジョンについてそんな事を説明していた気がするけれど、浮遊物に驚愕して目を奪われてしまっていた俺にはあんまり聞こえなかった。「え?」と問い返すと、彼女はプイッと顔を背けてしまった。
あれ?怒らせた?
俺は慌てて「ごめん」と謝ると、リシェーラは横目で此方を見た後に唇を尖らせてながら此方を向いてくれた。
「なんでもないわ……」
なんでもなくない顔で、ジト目を返されてしまった。
もう一度、彼女に謝ろうとしていた俺よりも先に凪咲さんが口を挟んでしまう。
「すみません、リシェ。どうやら今日の獲物は私と絋夜が担当になるようです」
不機嫌そうなリシェーラの横で、凪咲さんは首から下げた丸いコンパクトのような厚い入れ物を開き、指先で触れていた。その中に埋まっていたのは通信用の魔導具。指先で触って弄っては投影された画像を確認していた。
俺の方からはよく見えないが、きっと学生の編成を確認しているのだろう。
あっという間に、リシェーラの意識もそちらに取られてしまう。
「そうなのね、私とカインはお留守番……」
自分もその投影資料を確認しようとしていたリシェーラは、訝しむ。俺からでも分かるぐらいに凪咲さんの表情が次第に曇っていったからだ。
「ナギ?どうかしたの……?」
驚きの表情のままで凪咲さんが、俺たちの方を振り向いた。
何かあったのだろうかと俺は他人事のように思っていたのだが——。
「……っ、リシェとカイン、貴方たちの名前が出撃要員の名簿に含まれているのです……!レベルⅢのダンジョンに放り込むなんて。これは、こんなものは明らかに学園側の采配が間違っています……!」
「カインと私の名前が?まだ力の使い方もまだ試していないカインを……」
嘘だろう?!
他人事ではなかった、自分の事だった。
俺は、すかさず天族たちの会話に割り込んだ。唾が飛びそうな勢いでまくしたててしまう。
「ま、待ってリシェーラ!つまりそれって俺が、迷宮に行けってこと?」
ダンジョンを指さして、訴える。
俺、ムリだよ!!
リシェーラと儀式を交わしたばかりの俺は、どんな力を授かったのかすら把握していないのに。しかも難易度レベルⅤまであるダンジョンのうちのレベルⅢ?
初めてのやつはレベルⅠのダンジョンですら大変だと聞いたのに、初心者をそんなところに放り込むなんて死んでこいと言ってるようなものだ。
どうしてこんな処遇に遭うのか…… なんて、分かりきっている。嗚呼、そうじゃないか。
「……は、はは……」
簡単で明快な答えに辿り着いてしまった。
乾いた笑いが、口から溢れた。
ひとりの星巫がいる間、例外を除いて星花は別の者と儀式を行い盟約を授けることができない。
それは、リシェーラも例外ではない。
——— だから、つまり、これは、俺のような新米をダンジョンに送るなんて行動は、上の人間がリシェーラの星巫を交換したいという意思表示なのだ。
嗚呼、本当に人々には分不相応だと不釣り合いだと思われているらしい。
知ってる、知っていた。だから、今更どうだって……。
顔が下に落ちかけた俺を再び引き上げたのは。
「—— そう、そういう手を使うのね……。いいわ、ならあの人達の鼻を明かしてあげるまでよ!カイン、ダンジョンに行きましょう!」
「!?」
リシェーラの言葉に俺は顔を上げるも、一瞬、息を吸い忘れた。
少女の青緑色の双眸が、宝石のように憤怒でギラついていた。
白金の髪が、白い制服の裾が、風ではためく。その勇み立つ姿は、まるで破天荒な天気を一瞬で快晴にしてしまうような存在に見えた。
「ちょ、ちょっと待ってくれ、リシェーラ」
我に返った俺は、リシェーラを思い留めようと身振り手振りを交えて「今回ばかりは先生たちに相談して、いいや、お願いするしかないよ」と説得を試みたのだが逆効果だったらしい。
頑なに首を左右に振って、キリリッとカッコいい表情で拳を掲げて意思表明されてしまう。最後には人差し指をピンと張り、俺にはその指先が輝いたように見えた。
「カイン!今が、好機よ!!さぁ、ダンジョンを攻略しましょう!」
「え、あ、や、……リシェーラ‥‥俺は」
一先ず話を聞いて欲しいという俺の気持ちは汲み取られることはなく、リシェーラは挙げた手を降ろして胸の前で祈るように握りしめた。
「大丈夫、カインは何も心配しないで?私が貴方にどんな魔導だって使用させてあげるもの」
話を聞かずにぐいぐいと来る、圧が来る。
「い、いや?リシェーラ?お、俺……」
どうしよう、全く話を聞いてくれない。
「……無理だ、諦めろ……」
ポンっと俺の肩に手を置いた無表情の紘夜先輩が、諦めろと促すように首を横に振った。
他人事だと思って!!
はんべそをかきながら思わずそう叫びそうになった俺に、リシェーラが一歩ずつ近寄ってきて、両手で頬を挟み込んでくる。
少女の真っ直ぐな双眸に、引き込まれてしまう。
「カインを、絶対に死なせないわ」
それからリシェーラは首に腕をかけてくる。
一瞬にして感情が切り替わり、ドギマギと加速する心音を聴かれないかと心配になってきてしまった。
どくどくト音が鳴る。
「大丈夫。私と貴方の間にある盟約が、必ず貴方を守ってくれるわ。さぁ、唱えて……私の星巫」
耳元で囁かれる言葉のひとつひとつがくすぐったい。
乾いた心に、潤いが染み渡るようだ。
誘われるように、儀式の後に教えてもらった詩を俺は少女と共に唄った。
「「 星々よ祝福の鐘は鳴り終わった。天へと通じる路を開け。宿る誓いを証に。共鳴せよ【盟約発動】—————— !!」」
手の甲に描かれた星の刻印が赤く耀き、熱くなる。
呼ばれている。叫んでいる。顕現させろと、手に取れと。
導かれるように自然と、手のひらに指先で五芒星の印を切る。
印は甲と同じく赤く輝くと、徐々に皮膚の中から剣が現れる。教会で変貌した杯が型どった長細い剣だ。
自分に呼応するように宙に浮く剣を、恍惚とした表情で見つめ、そっと手で触れてみた。
すると、長年使っていたかのように手に馴染んでしまった。
「……《妖星武器》……」
《妖星武器》は星巫だけが顕現することのできる、個人専用の武器であり俺だけの相棒。
「どう?自分の武器に出会った感想は……?いける気がしてくるでしょう?」
「う、うん……!!そんな気がしてきた!!」
なんて、元気よく返事したのは間違いだった。
嘘だ。嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だーーーーーーーー!!めっちゃ嘘だったーーーーーーー!
最初の自信は一体どこへ行ってしまったのだろう。
乾いた岩肌のダンジョンの中で、俺は涙と鼻水をだらしなく垂らして走っていた。
丸まった追いかけてくるのは黒い狼の魔物だ。逃げている間に、いつの間にか20匹程度に増えてしまっているではないか!
ガチンガチンと鳴る牙を紙一重で避けながら、泣き叫ぶ。
「あ"ーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!?」
やっぱり、武器を手にした高揚感に絆された数刻前の自分を叩きに行きたい気分だ。
《妖星武器》を手にした俺は、意気揚々と紘夜先輩に連れられて学園内で最奥に位置する校舎の屋上へと向かった。そこには息を呑むほど大きな魔法陣と分厚い扉が待っており、俺以外の星巫と共に、扉を潜ってダンジョンの中へ侵入したのだ。
待ち構えていたのは、凶悪な魔物たち。
いきなり魔物と戦うことなんて出来やしない。お先が真っ暗だと泣きたくなった。
それでも初めは腰が抜けそうな俺のことを、先輩である紘夜さんが守ってくれていたからよかった。
けれど必死に魔物から逃げていた俺は、いつの間にか頼みの綱であった紘夜先輩ともはぐれ、今こうして無様な姿で逃げ惑っているというわけだった。
「うぎゃあーーーーーーーーーー!?」
『か、カイン!?落ち着いて!!ちゃんと魔導を使えば……』
「無理、無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理むりぃ!!さっき放ったけど、全然効いてなかったんだけどぉ!?火の粉くらいだったんだけどぉ!?」
『がーーん……』
盟約にて同調している思考と視覚と聴覚を通じて、俺の目に映し出される幽霊のような姿となったリシェーラと会話を交わす。
彼女の実体は此処にはなく、本体の方は星花しか入ることを許されていない秘匿された学園内のとある場所で、出撃用の魔導具の容器の中で祈りを捧げているはずだ。今此処にいるリシェーラは謂わば本人の思念体のようなものだという。
『そんなことないもん!ちゃんと効くもん!効くんだもーーん!!』
急に子供の姿になった思念体が仰向けになって駄々をこね始めた。それから!逃げる俺の横で不貞腐れたように頬を風船みたいに膨らませると……。
『むぅ、カイン!身体を借りるわ』
「ひゃん!?」
身体の中に滑り込んできた。
背筋に氷を付けられたようなヒンヤリとした感覚に驚いた俺は前につんのめった。
リンクしている肉体の操作権をリシェーラに一時的に奪われる。
転びかけた身体を立て直し、魔物に向き直れば、目の前には鋭い牙が迫ってきていた。
『魔導が効くところ、見せてあげるわ……!』
「ちょ、ひぃ……!!」
もうだめだ!!
俺は目を瞑りたくても閉ざすことができない。
『「 —— 魔導回路三段階解放…… 」』
「……っが……」
カチ、カチカチカチカチ。カチカチカチカチカチ!
リシェーラの本体にある魔力が流れる魔路と、自分の体に巡っている魔導回路の歯車が激しく噛み合わさっていく音がした。
俺の持っている魔導回路に、本体のリシェーラから高濃度の大量の魔力が送くる。体に張り巡らされた回路が軋む音が聞こえた。
次いで血管が熱くなり、リシェーラに腕を挙げさせられ、
『「—— 【炎】……!!」』
挙げた腕の先から、少女と俺の声と共に、赤々とした炎が生み出される。
その炎は魔物の鼻先に当たると爆ぜて、温かい風を蔓延させた。
前方の魔物が飛び散り、四散した様子に後方の狼の魔物も動きを止める。此方を警戒したのだろう。
『ほら!やっぱりカインはちゃんとやればできるのよ……!』
俺へ身体の支配権を返して再び思念体の姿で現れたリシェーラは、腰に手を当てて誇らしげに胸を逸らし、鼻高々といった様子で喜びを表現していた。
けれど。
「に……」
『に?』
「逃げるぞおおおおおおおーーーーーー!」
感動し、喜び合っている場合ではない。
急いで体の向きを変えると、再び追いかけてきた狼の魔物から必死に走り逃げる。
逃げて、逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて走って逃げて。
泣き散らかして。
不意に。
あ、今リシェーラになんて思われているのだろうと不安に駆られた。
『カイン!!』
「え?あ……うあ!」
足の歩みが途端に遅くなり、リシェーラの声で意識を呼び戻される。
魔物の気配に振り返れば、飛び乗られてそのまま押し倒されると地面にお尻をついてしまう。
「……ヒィ!」
待っていたのは、腹に爪が食い込んだ痛みと、これから来る痛みに対する恐怖心。
腹部には血が滲み、顔には魔物の涎が垂れて流れる。
く わ れ る。
「ガウア!!!」
獲物を押し倒した魔物が、この隙を逃すまいと大きく口を開けて此方の喉元を噛み切ろうと首を垂らす。
リシェーラが代わる時間すら魔物は与えない。
(あ……、思念体でも……顔は青ざめるんだな……)
『や、やめ、やめて!やめてえええええええええええええええ!!』
聴覚も視覚も、味覚も痛覚も、感情も五感全てを星花と星巫はリンクさせ共有している。俺の腹部の痛みはリシェーラの痛みでもあり、俺の恐怖心は彼女にまで伝わっているのだ。
諦めた瞬間に、流れ込んできたのは—— 。
「—— っ!!」
涙目の瞳をカッと見開く。
(俺は、死ねない!!)
ザシュッ。
厚い皮膚が引き裂かれる音が、聞こえた。




