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☆20 信じてくれているから、だから——

  

 急に星花(スティラ)同士で決闘の話を固められて、困惑していたのは、どうやら俺だけではなかった。


「———こほん!姫さま、リシェーラ様」


「む?」


「あら、レオン様。お久しぶりですね」


 星巫(ミティ)の制服を着て、王女の側に侍る金髪の好青年(レオン)は「はい、お久しぶりですリシェーラ様」と先にリシェーラへの挨拶を済ませてから、困ったように微笑んで王女へ諫言した。


「姫さま?学校に遅れてしまいますよ。本日は登校の前にリシェーラ様とその星巫(ミティ)にご挨拶のみをするご予定でしたよね?突然決闘を申し込むのは如何なものかと……」


「決闘までが挨拶である!」


「……はぁ……そんな物騒な挨拶はありません」


 王女が腰に手を当てて胸逸らして威風堂々と言い放ち、レオンさんは頭痛を抑え込むように額へ手を置いた。


「リシェーラ様も、急な決闘の依頼に驚いた事でしょう。姫さまは久しぶりにお会い出来たことを心から喜んでおりまして……少々はしゃいでいるのです。どうかご容赦ください」


「あら、そんなことないわ。私も別にこの場で決闘をするのは構わないもの」


 俺は、構いますけどね!!?

 泣きそうになりながらリシェーラを見る。

 決闘は嫌だと念じる俺に、リシェーラは不思議そうな表情を浮かべたまま頬に手を添えて可愛らしく微笑み、そして小首を傾げた。

 いやいや「??」じゃなくて……!!

 盟約(リンク)のない状態では、嫌がる俺の気持ちはどうやら伝わらないようだった。


「なるほど……分かりました。主人である星花(スティラ)同士に問題がないのであれば、星巫(ミティ)である私に異論はもうありません」


 やめて!もっと言ってよ!!と、俺は心の中で泣き叫んだ。

 そんな俺と、レオンさんの鋭く細められた真っ赤な双眸がかち合う。「っ……!」その瞬間、心臓の鼓動と一緒に肩も微かに跳ね上がった。それは、微かな既視感だった。


「お互いに盟約(リンク)発動させたことですし……それでは、手短に済ませましょうか。」


「ひゃい!!あ、いや……えっと、でも、此処で?せめて訓練所とかで……」


 盟約(リンク)を発動させると、リシェーラ達は俺とレオンさんの側から一定の距離を取った。リシェーラからは「頑張ってねカイン」と言われたが……俺はもう逃げたい気持ちでいっぱいだった。

 お腹痛い……。

 リシェーラや王女、野次馬で湧いた観衆の目が近すぎやしないだろうか。こんな大勢のギャラリーの中で手合わせなんて到底考えられない。俺は身体中から冷や汗をダラダラと大量に流した。

 ま、負けたらどうしよう。

 弱気な俺はレオンさんに場所の移動を申し出るが、案の定、俺の提案は却下されてしまう。


「問題ありません。まぁ念の為、姫さま方には距離をとって貰いましたが…… 私の魔導は、範囲を絞れるので。無駄な被害は出しませんよ。これでも私は、この国の王女の星巫(ミティ)ですから」


 レオンさんは柔らかく笑うと、俺の前で地を指差した。


「【ひれ伏せ(プレッシャー)】」


「えっ………? がっ!!?」


 何が起きたのか、直ぐに分からなかった。

 全身が突然重くなり、地面に叩きつけられた。

 背中にのしかかってくる重圧に、カフリッと俺は咳き込んだ。なんとか顔を動かすと、恐怖を感じているのか地面の上で俺の指先は痺れたように震えているのが見えた。


「な……っ……」


 顎を強打した俺は、痛みで上手く話せそうにない。

 なんだ?何が起こったんだ?俺は今、攻撃を受けた?

 ———レオンさんの、魔導か……!?


「っ……う、ぐぅ……」


 手のひらに力を込めて、のしかかる重圧に耐えて俺は立ち上がらんとする。だが、レオンさんがそれを許さない。


「……これでは勝負にならないな……」


「がはっ!!」


 蹴り飛ばされた俺は、地面の上を簡単に転がり、ザリザリと頬が擦れた。ワッと歓声を上げる野次馬が大勢いる中、リシェーラが俺を心配して「カイン!」と叫ぶ声はハッキリと聞こえてくる。


「っ……立ち……上がらないと……」


 重圧から解放された俺は、自分の体を叱咤して立ち上がってみせる。頬に滲んだ血を乱暴に手で拭いて、奥歯を強く噛み締めた。

 こんなに大勢の前で無様に負けるなんて恥を、リシェーラに負わせてなるものか。


「気に入らないな……お前」


「気に、入らない……?」


 赤い眼に凄まれて、俺は怖気付いてしまう。

 瞳が燃えていた。憎いという感情を隠そうともせず、赤い炎が燃え上がっていた。


「欠陥品のくせに姫さまの目に留まる事が、リシェーラ様のような逸材に見出されていることが……気に入らねぇよ……【ひれ伏せ(プレッシャー)】」


「ぐっ!!?」


 身体が強張り、重くなる。まるで突然頭の上から重石でも飛び乗って来たようだ。その頭上から降ってきた重圧に、俺はレオンさんの前でガクリと膝から崩れ跪いてしまった。


「っ……ぅ、あ……」


 レオンさんからの高圧的で冷えついた視線が俺に降り注がれている。

 ———こんな事も出来ないのか、キサマは本当に能無しだな。脳裏に、そう言って俺を憐れ、蔑むような眼差しを向けてくる兄の姿が映り込んだ。

 気がつけば、俺の手も脚も震えていた。兄さんを目の前にした時のような恐れが俺を支配していく。

 意識してしまえば余計に毒のような恐怖は身体中を巡り、身体はガクガクと震えて力が入らなくなってしまう。


「気に入らない、嗚呼本当に気に入らない」


「がっは!」


 足では品がないと、レオンさんは剣を手に取る。そして鞘が俺の横腹を殴打し、身体ごと吹き飛ばす。次いで吹き飛んだ先で待ち構えていたレオンさんから回し蹴りを喰らった俺は、抵抗する間もなく地面へと叩きつけられた。

 腹は痛み、視界は歪み、正しい方向が分からない。

 頭がぐわんぐわんと揺れていて気持ちが悪い。


 ようやく攻撃が止んだ頃には、俺はもう目の前の(レオン)の魔導がなくても地に膝を付けて青空を仰いでいた。

 立て、ない。


「姫様はリシェーラ様を警戒なさっているが……違うな。問題があるとすれば、お前だよ」


「なに、を……言って……?」


「……いつまで這いつくばっている気だ?立てよ、それとももう無理か?」


 俺の前で仁王立ちをするレオンさんは、リシェーラ達や王女が側に居た時の物腰柔らかな青年と同一人物であるのを疑ってしまう程に乱雑な話し方へと一転していた。


「あまりに力の差があるとまるで弱い者を蹂躙しているように見えるだろうが。そんな品位のない事を王女の星巫(ミティ)としてするわけにはいかないからな」


 待っているのだ、この人は……俺が自分で立ち上がって、反撃してくるのを。それが分かった時、俺の口元には自然と笑みが浮かんでいた。


「っ……はっ……、それならもう少し手を抜いてくれてもいいんだけど?」


 子鹿のように震える二本足で、俺は立ち上がった。


「……俺だって……!魔導回路2段階解放(センステア)(フェスイア)】————!!」


魔導回路解放(ファステア)……【(アキュア)】!」


 俺が(てのひら)から放った小さな炎の球と、レオンが放った大きな水球がぶつかり合い、一瞬にして水が炎を喰らいつくした。俺の顔には弾けた水球の雫が降ってくる————、わけではなかった。


魔導回路解放(ファステア)(スノウ)】」


「ぐぁぁ"ぁぁぁぁあ"っっっっっっっっ!!!」


 俺に振り下ろされたのは、水滴が姿を変えられた何本もの氷柱だった。咄嗟に頭と顔を庇うように腕で包みこんだが、腕と脚には冷たい氷柱が擦り、鋭い痛みが走る。


 ———このままじゃ、ダメだ!!俺も反撃をしなきゃ!


「………っう………うぁぁぁぁぁぁああ————!!」


 俺は躍起になって《妖星武器(フェアリスタ)》の細剣を手のひらに召喚させるとレオンに向かって駆け出した。どう攻撃をしたら当たるだとかなんだかとなにも考えていない、ただのヤケクソの突進。


 無論、そんなものが当たるわけがない。

 レオンの唇が「残念だ」、そう動いた気がした。


魔導回路2段階解放(センステア)(アキュア)】」


「ガブッッッッ!?」


 水球に一飲みされた俺は、水の中で必死にもがいた。

 手足をジタバタとみっともなくばたつかせる。苦しくて開いた口からポコポコと空気が逃げていく。

 嗚呼もう諦めたい。

 どうせ負けているんだ、諦めても構わないだろう。

 だけど、それでも、負けると決まっていようが、どうしてもこのまま引き下がりたくはなかった。


 ————してやる……どうにか、してやる!!


 今度はヤケクソではなかった。

 ただがむしゃらに、全力で一刀を投じようと決めた。

 俺は、落としてしまった剣をもう一度手元に呼び戻す。

 重い水の中で剣を頭上で掲げては、水を切り裂くイメージの元、勢いよく振り下ろした————!!


「……っげは!!かはっ、けほっ……!」


 パシャリと音を立てて二つに斬られた水牢は四散する。

 地面へ四つん這いになって倒れ込んだ俺は、全身ずぶ濡れだ。髪の毛からも雫がポタポタと溢れ落ち、俺が見下ろしている地面の上に暗いシミを作っていく。


 水を吐き出した俺が、もう一度剣を握りしめた時……始業時間5分前のチャイムが、校内から鳴り響いた。

 誰もが察しただろう。

 これが手合わせの終了の合図(チャイム)だと。


「————そこまでぇぇ!!」


 王女が声を張って、パァァンと大きく手を叩いた。


「これにて手合わせは終了とする!皆のもの、即刻散るが良い!!」


 王女の声に、俺とレオンを取り囲んでいたギャラリーは徐々に減っていく。「……リシェーラ様、可哀想……」という誰かの言葉が、やけに俺の耳にへばりついた。

 

「レオン!流石であったぞ……!!」


「恐縮です、姫さま」


「だが、あまり実力は出していなかったようだな?まぁ、良い別に怒っているわけではないのだからな。今日は気分が良い、授業も頑張って受けるとしよう」


 レオンの目の前で嬉しそうにぴょんぴょんと飛ぶ王女。

 そんな少女に、レオンは優しく微笑みながら「そうですね。ぜひ頑張ってください」と、上機嫌(ハイテンション)の王女の気持ちを宥めるように言った。


「……そこのお前……」


「は、はい……」


 王女に急に呼ばれた俺は、呆然と下を向いていた顔を上げた。


「うむ……其方、星巫(ミティ)になって間もないそうだな。だがもっと……いや、其方のこれからの成長は充分にある。レオンに負けじと良く励めよ。今日は有意義な時間であった」


「はい……」


 俺は(こうべ)を垂れた——いや、項垂れてしまった。


「では行くぞ!レオン」


 王女の機嫌の良さそうな足音(ステップ)が遠ざっていく。レオンもそれに続くのだろうと思っていた。

 けれど不意に、俺の肩に手が乗せられる。

 なんだ?

 顔を上げると、レオンが俺の肩に手を置いていた。それから顔を近づけて耳元で囁いてくる。


「お前は、リシェーラ様専用なんだよ」


「は?」


「レオーン?何をしているのだーー?」


「今、参ります!姫さま!!」


「あ!ちょ……!!」


 目を丸くして、素っ頓狂な声を上げた俺は、開けた口でどういう事なのかとレオンを問い詰めようとしたが、さっさと馬車の方へと行ってしまった。


 俺が、こんなにも弱い俺がリシェーラ専用って、どういう事なんだ?いや、リシェーラの星巫(ミティ)な時点で……既に星花(スティラ)であるリシェーラの専用の星巫(ミティ)だ。


「リシェーラの星巫(ミティ)なのに……」


 萎れた声が地面に落ちた。

 近づいてくるリシェーラの気配に、振り返れない。


「カイン……」


「………」


 振り返らないぞ。


「カインー?」


「……」


 振り返らない。絶対、振り返らないぞ!!


「カーイーンー………?」


「ぴゃい!!」


 低くまった声に、肩が跳ね上がった。

 まずい!オコテイル!?


「リ……リシェーラ……?」


 恐々と後ろを向いてみる。

 と、そこには明るい顔をしたリシェーラが居た。


「お疲れ様カイン!」


「え、あ……」


「今日の手合わせで反省点は見つけられたかしら?」


 俺の話に耳を傾けようとしてくれているのか、白金の髪を耳にかけたリシェーラは、青緑色の瞳をキラキラとさせて尋ねてくる。

 

「えっと……もっと失望した……とか、ないの?」


「カインに失望なんてするわけないわ!」


 何故そんなに自信満々なんだ?と疑ってしまい自分もいれば、その言葉にホッとしてしまう自分が居た。リシェーラなら俺に呆れないでいてくれると、心のどこかで思っていたのかもしれない。知らない間に、俺も彼女へ淡く期待していたのかもしれない。


「……リシェーラ……」


「カイン、授業が始まってしまうわ。さぁ、行きましょう?」


「ごめん……ごめんリシェーラ……俺、何もできなくてごめん……」


 自分が情けなくて、何一つ彼女の役に立てていない自分が虚しくて、謝りたくて。一つ、また一つ謝罪を溢す度に、瞳があたたまり鼻の奥がツンとしてくる。


「————それなら、強くなって」


 凛とした声で、リシェーラは言った。


「…‥何度も言ってあげるわ。カインが自分を信じられらようになるまで、何度だって!」


 真剣な顔で俺の両手を掴むと、ずずいっと近寄ってくる。

 大きくて透き通った青緑色の双眸に、戸惑ったような顔をした俺が映っていた。

 

「カインならもっとずっと、強くなれるわ。それを私は誰よりも信じてる!だから、どんなに負けたって嫌になってしまったって、強くなって、誰よりも」


「……………リシェーラ、ちょっと重くない?」


「重くないもん!」


 嬉しかったのに、口を吐いたのは揶揄う台詞だった。

 なんだかむず痒くて、素直にお礼を言えない。

 リシェーラ、ごめん。

 頬を膨らませて子供らしくなったリシェーラに心の中で謝りながら、俺は手を握りしめた。リシェーラの側にいるなら星巫(ミティ)だけでは足りないのだ。彼女が言うように、信じてくれているように強くならなくちゃいけない。


「頑張るから……」


「……信じてますカイン」


 俺の小さな声はどうやらリシェーラに届いたらしい、「信じてる」そう言った彼女は花のように微笑んだ。


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