☆19 日常にはご注意を②
パート2
迷宮から帰還した翌日。
学園内に設立された寮から学舎へ向かっている最中のことだった。
いつもより、やけに不躾な視線が多い。
嘲笑的な視線を浴びながら、俺は歩いていた。
内容は様々で、リシェーラと俺のお披露目パーティについてのものだとか、昨日の迷宮での根も葉もない噂話とか。
どうして、自分の悪口というのはこうも敏感に聞き取ってしまうのだろうか。
あーもう、俺は何も聞かない。
何も聞こえないんだからな!
「……ン、カ……ン。カインってば!」
「んぇ!?」
俺は直ぐ横から聞こえたリシェーラの声に、ハッと目を開いた。周囲の嫌なひそめき声を遮断しかけていた聴覚も、少女の柔らかな声音は拾うようにできているらしい。
「もー……考えごとかしら?おはよう。カイン」
「あ、ああ……おはようリシェーラ」
「なんだか眠そうね、もしかしてまだ昨日の怪我が痛むの?」
「いやいや、大丈夫だよ。寧ろごめんなリシェーラ」
「そう……でも、まだ痛むんだったら無理はしちゃダメよ。ちゃんと言うこと!盟約を繋げば私の回復で癒してあげられるもの、ねっ?」
白金の髪が揺れた。
軽く腰を曲げてこちらを上目遣いで見上げてくる少女の青緑色の双眸から心配してくれているのが伝わってくる。
人差し指を立てて頬に添え、俺に注意を促しているのに優しく微笑むリシェーラは、頼めば本当に今この場でだって傷の痛みと治療を引き受けてくれるのだろう。
だけど俺は、首を左右に振る。
「……ありがとう、リシェーラ。でも本当に今はなんともないからさ、そんなに心配しないでくれ」
「カインがそう言うなら、分かったわ。でも、ちゃんと言ってね?盟約がないと私はカインの考えていることは分からないわ」
「あはは……」
そりゃあ、ね。
常時思考がダダ漏れなのは俺もちょっと……。
などという本音は隠して苦笑のみを浮かべた俺の耳に、周囲の悲鳴が届いた。
————ガラガラ!!
ん?なんか周りが騒がしいし、馬車に付いた車輪の激しい音が聞こえてくる気がするのだが……いや、まさか。
馬車が入れるのは、外界に面した門から学舎内を囲っている正門までの間のはずだ。空耳が聞こえてしまったのだと軽く受け止めた俺は、呑気にリシェーラへ話しかけようとしながら後ろを振り返った。
「なぁ……」
んん?あれ?
なんだか馬車が勢いよくこっちに向かってきている様な‥‥、いや、え、あれ!?まずいくない!?つ、突っ込んでくる!!
「へぇあッッッッ!!?」
リシェーラと俺に目がけて減速することなく逆に加速させて走てくる馬車という状況を目の当たりにし、命の危機を感じ取った俺たちは、二人して体中から一気に冷や汗が湧き出る。
驚愕した表情を浮かべたリシェーラは俺の腕を強く引いた。
「カ、カイン!!危ないわ!」
「ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!?」
———— ガラガラガラガラ!!
車輪の激しい音と、馬の嘶く声が聞こえた気がした。
いやぁぁぁぁあ轢かれるううううううううううう!!と叫ぶ俺は、馬車に轢かれる間一髪のところで俺のことを守ろうとしてくれたリシェーラに抱きつかれながら後方へゴロゴロと転がった。
1番最後に地面へ頭をぶつけたのは俺。「げふ!」とカエルの様な無様な鳴き声が喉から出てきたのを自分の耳で認識してしまう。
固いタイルの地面を転げたので、身体中が痛い。
「っ……っう……!!」
(そうだ!リシェーラ!?)
無事を確かめようとしたリシェーラは俺の腕の中にいて、「ぅ……に…」と小さく唸った。
身体に打撲を負ったのか、それとも回って目が回ったのか、少しだけ身体を起こしてフラフラしていた。
そして、頭を緩く左右に振ってハッとしたかと思えば、頬をみるみるうちに赤く染めた。
「ご、ごめんなさい……」
ぽしょぽしょと口ごもりながら小さな声で謝って、すすすす……と静かに俺の腹から退いた。
一連の流れを見守ってしまったが、どうやら無事らしい。
ホッと安堵する俺の横で、リシェーラは立ち上がって制服や髪の汚れを手で払い落とす。
胸に手を置いて、ふぅ……っと一息ついたリシェーラは、目を鋭く尖らせた。
「……どういうおつもりなのかしら……?」
リシェーラが低い声を吐くとともに厳しい面持ちを向けたのは、一台の馬車だ。
俺たちが先程まで立っていた場所に乱雑に停められた豪華な白と金色の馬車の中から、星巫の制服を着た金髪の青年にエスコートされて小さな少女が、現れた。
セーラーカラーの襟のついた、高等部の制服に良く似た白と赤のワンピースを着た8歳ほどの勝気そうな幼い少女だ。
薄紫色の髪には赤い花とリボンが飾られて頭上に収まる金色のティアラが輝いている。
「久しいな、レネジア家の末娘よ。その美貌は相変わらずのようだが、どうやら余に対する口の聞き方を忘れたとみえる」
パッと赤い扇子が、小さな顔の横で花開いた。
同時に幼女の背から大きく羽が広がって、純白の羽が舞った。
「余こそ、この国の王女にして、星花の頂点。そして、リシェーラ嬢、其方を追い越して最強の星花になるその人、レナリア・ネリス・エルティアスである!」
(王女!?)
幼女、されど王女。
王族にお目にかかったのは初めてだが、疑う余地はなかった。
見た目から推測される年齢とは結びつけるのが困難なほど畏怖堂々とした佇まいや声音は立派な王族相応のものだ。
声も態度も、容姿も、大人びた威厳ある風格も、神々しさも、少女を構成するありとあらゆる要素が全ての者を惹きつける。
視線を欲しいままに集めた王女様は、苛烈な笑みを浮かべて宣はす。
「余の民草は地に平伏して忠誠を示すがよい!」
たった8歳くらいの幼女が放ったとは思えない、肌が粟立つような気迫に、その場に居た人間は、俺を含めて皆が膝を地面に付き、首を垂れて平伏した。
彼女以外の他の者が言えば傲慢とも捉えられるその発言も、かの幼女が口にするならば、至極当然の事として受け止められる。
ただし、リシェーラを除いて。
あ、れ……?
俺は横にいるリシェーラが臣下の礼を取っていないことに気が付き、顔を上げた。
リシェーラ!?
王女を前にして、たった一人だけ地に膝を付けずに仁王立ちをしていたリシェーラは、白と青の制服の裾軽く摘んで交差させた足の両膝を曲げて腰を落とした。
王女に奪われていた俺の心をいとも簡単に奪ってしまうくらい完璧で優美な礼を済ませたリシェーラは、王女に対してにっこり☆と微笑んでみせる。
「———— 相変わらず、小さな王女殿下にリシェーラ・レネジアよりご挨拶を申し上げます。ご機嫌いかがかしら、王女様」
リシェーラさんッッッッッッッ!?!?!?!?
俺の身体中から大量の汗が噴き出るところだった。
王女に対してなんて態度なのだと、びっくりを通り越して呆気に取られてしまった。
リシェーラの制服の裾を引く。
「リ、リシェーラ!?王女!おーじょ!!俺たちの目の前にいる相手は王族なんだよね!?」
「そうよ?王族で王女様よ。さっき、彼女もそう名乗っていたじゃない。ほら、カインも立って、私の星巫でしょう?」
「いや、ちょ……腕を引っ張らないで……、あ、ちょ……!!」
立ってしまった。
二本の足が地に着いてしまった。
まじか。
暑いやら寒いやら、青ざめるやら赤くなるやら。
大混乱である。
「お、俺、大丈夫?今日、今この時が命日とかじゃないよね!?」
「カインってば、何を言ってるの?ふふ、平気に決まってるじゃない。大体、この場所まで馬車に乗ってくるのは校則違反なのだし、しかも暴走ささせて突っ走ってくるなんて王女殿下が圧倒的に悪いことをしたのは確かなのよ?どうしてそんな人に臣下として忠誠を尽くすことができるというのかしら」
「い、いやだってさ!!ていうか、そこで朗らかに微笑まないでよ!?笑ってる場合じゃぁ……」
「————っく、くくく……」
「あ、ほら/ふぁ!?」
王女から溢れた小さな笑い声に、得意そうに片目を瞑るリシェーラの呟きと、もう何がなんだか分からなくなってきた俺の奇声が重なった。
「ふ、ふふっ。ふはは!なるほど。其奴がレオンの言っていた女顔の星巫か。よいよい、此方も非礼を詫びよう。だが、しかし!安易に頭を下げるなという教育があるものでな謝罪のみで勘弁願おうか」
年相応に楽しそうに笑った王女は、腰に手を置いて扇子を小顔の横に添えると、顎をしゃくり気味にして胸を張って仰った。
いや、そんなお詫びなんて……と言いかけた俺の口が止まる。
「すまぬ!!許せ」
「や り な お し 、ですよ」
即座に人差し指を立てて頬を膨らませるリシェーラは、小さな子にメッとするような口調で王女を叱った。
俺と王女がともに瞠目する。
「リシェーラ!?」
「なっ!!!余が謝罪するのは珍しいことなのだぞ!?」
「王女殿下は、国内最強の星花である私とその星巫であるカインを馬車で轢こうとしたのですから、きちんと謝るべきだわ」
リシェーラに起こられた王女が今度は、ぐぬぬぬ……と唸る番だった。年相応に膨れっ面になって「余は謝ったのにぃ!」と地団駄を踏む。
「で ん か?」
「ぐぬぬぬ………す、すまなかったぁ……!!」
「はい、許します」
そっぽを向いて小さく謝罪する王女に、黒い圧をかけて無理強いをさせたリシェーラ優しく破顔した。まるで母と娘、いや教師と児童、もしくは姉と妹のやり取りにしか見えなかった。
(あれ……?)
少し微笑ましくなってきた兆しに、俺はふと疑問を持つ。
そもそも王女殿下は何の用があって態々俺達を狙うような事をしたのだろうか。
狙ったわけではなく、偶然?
(でも、王女殿下の年齢じゃあ、高等部はまだ入学できないはずなんだけどなぁ……)
思考を回していた俺だが、その疑問は直ぐに解消される事になった。
「ところで、王女殿下は最近設立なさった小等部の方に通学されているのではなかったかしら?」
リシェーラの素朴な疑問に、王女は大きく頷いた。
「うむ!実はな、リシェーラ嬢がようやっと星巫を持ったと聞いた故、今日は小等部へ向かう前に、余の星巫であるレオンと力比べをさせようと思ったのだ!」
苛烈かつ勝気な王女殿下は、年相応の無邪気な笑顔をリシェーラと俺に向けたのだった。
ひっく。
思わずしゃくりが飛び出す。
ひっく。
いやいや、無理だ。
急になんて事を言い出すのだ、この王女は……!ひっく。
「む?どうした?」
しゃくりを上げる俺に、首を傾げる王女。
断られるなんて微塵も思っていないのだろう。
そして、顔を引きつらせた俺が助けを求めるように隣の少女を見れば………。
「……あ、終わった……」
リシェーラは、大いに青緑色の双眸を輝かせて「私のカインと王女殿下の星巫が対決……。星巫同志の対決……!」などと独り言を呟いていた。
絶望感に、しゃくりも収まってしまった。
(………だ、誰か俺の話を聞いて……)
止められる者がこの場には居ないということを悟った俺は、正直みっともなくとも泣きそうになった。
だ、誰か助けてぇ!!と心の中で叫んだ。




