☆19 日常にはご注意を!①
魔物の低い唸りが、迷宮の中には溢れていた。
落ち着け。
落ち着くんだ。
死の香りが漂う通路に取り残された俺は、じんわりと汗ばむ手で剣を握り直した。手が湿っていて、危うく手の中から自分の《妖星武器》を落とすところだった。
心臓がどくりどくりと不穏な音を大きく立てて、不安や恐怖を煽ってくる。
『カイン、後ろからも来てるわ……』
「っ………!!わ、わかってる!」
背骨に沿って、冷たい汗が流れる。
汗が伝った背筋が恐ろしく冷え込み、ゾワゾワと鳥肌が立っていく。
『大丈夫。大丈夫よカイン、落ち着いて。よく魔物の動きを見て、前の敵を中心に屠るの』
「う、うん……そうだね」
俺は、チラリと隣にいる少女を気にかけてみた。
『……あの……星巫と星花、後で覚えておきなさい……カインに大量の敵を押し付けて自分達は奥に向かうなんて……』
リシェーラの大きな瞳は鋭く細まり、声は淡々としているけれど苛立ちが見え隠れしているし、先ほどから恨み辛みを吐き出していた。
大量に湧いた魔物も魔物で恐ろしいが、水面下で怒りを燃やしているリシェーラの方が怖いような……なんて言ったら。あぁ、ダメだ思った時点でバレてしまうのだった。
うん、魔物怖い、そう、大量の魔物怖いよ!!ということにしておこう。
「グルァ——!!」
「うわぁ!!?」
痺れを切らした、顔が長く歯の鋭い魔物達が飛びかかってくる。
避けようと思っても、前にも後にも逃げ道はない。前後から数体で一度に襲ってきていて避けられるわけがなかった。
「ま、前の敵を……倒す!!」
優先するべきは、前の敵だ。
一度素早くしゃがみ込む。
敵がお互いの肩に噛みついている間に、前の敵の足首を剣で切り裂く。
「ギャァ!!」
俺の上に降ってきそうだった魔物を避けながら、岩肌を踏み込んで割いた足の間を潜り抜けた。
控えていた敵に向けて剣を振るう。
「はぁ……!!」
「ギャァ!!」
もう一体、また一体。
時に横の壁を蹴り付けて剣で弧を描き、魔物の首を取って着地する。
少し動いただけなのに、俺の息は上がっていた。
肩で息を吸って吐いてしまっている。
『カイン……!避けて……!!』
「うぐ……」
リシェーラの声に、俺は剣を握りしめた。
数が多すぎて、このままじゃ俺の体力が持たないよ……!
跳躍してギリギリのところで複数攻撃を避けた俺は、天井の高い洞窟の縦空間を利用し、横の壁を蹴り上げると上空で回転。
剣を担ぎながら俺は、唱えた。
「———— 魔導回路3段階解放……」
身体の内側に、電流が走ったような痛みが鋭く走る。
けれど、そんな些細な痛みにはもう慣れた。
“あの日”。リシェーラが大暴走したあのパーティで味わった魔力の痛みに比べたらなんてことない。(とはいえ、あまり連発はしたくないのだけれど)
でも今は、痛みなんてなかったことにして、こちらを見上げている魔物達へ風を纏った《妖精武器》を振り下ろした。
「【風】————!!」
大渦を巻いた突風が剣から二股に分かれて通路内に放出される。
風は何体もの魔物を次々に屠っていき、
「—————— ギャァギャァ!」
俺が放った風に一体残らず飲み込まれた魔物の断末魔が重なっていく。
地面に降り立った俺は、剣を突き立ててガクリと膝を曲げてしまう。岩肌をの地面はヒンヤリと冷たくて気持ちがいい。
「……はぁ……はぁ………ぅぐ」
肩で息を吸って、吐いて、呼吸を繰り返す。
避けたと思っていたけど、鋭い爪が腕を足を掠めていたようだ。
制服の黒いズボンにシミが広がっていく。
こめかみには汗が浮かび上がってきた。
痛覚が働いて、奥歯を噛み締めた。
『カイン……!!凄いわ!紘夜との特訓の成果が出てるわね』
「あはは……っ、そう、かなぁ……」
『えぇ!少し前だったら、わーーーって泣いて逃げ出して……って今回は逃げ出すことも出来なかったけれど、逃げ出していたでしょう?びしゃびしゃに泣き喚いて』
「ちょっと?そんなに泣き喚いたところを強調しなくても良いんじゃないすかね?」
『ふふっ、ごめんなさい』
しばらくリシェーラとたわいのない会話をしていると、太腿の痛みが引いていく。血も止まったようだ。
『カイン、さぁどんどん行きましょう!』
「うん!」
立ち上がって、大きく頷いた。
リシェーラは片方の拳を高く掲げて、「こういう時は、えいえいおーって言うのよね」なんて冗談を混じえた発言をして、俺へ微笑んでくれている。
「ははっ。そうだね」
今、俺がいるダンジョンは一番レベルの低いレベルⅠの迷宮だ。現状そんな所ですらギリギリの戦闘力しかない俺だが、最近ようやっと、綱渡りするような戦闘力を駆使して探索が一人でも出来るようになってきたところだった。(リシェーラと会話をしながらでも探索する余裕もではじめてきた)
「グルル……」
「ごめん、リシェーラ!魔物だ……」
『頑張って!!カイン!』
剣は中段の構えのまま身体の脇で固定させ、気合を込めた声を発しながら地面を蹴って、敵との距離を一気に詰める。
「やぁあ!!」
狼型の素早い魔物も、レベルⅠの迷宮の中に湧いたものはあまり強くない。
口を広げて犬のように飛びかかってくる敵の口に剣を滑り込ませて横に一線を引くように魔物の身を二枚におろす。
ふぅ。だいぶスムーズに動けるようになってきた気がする。
自分の中で生まれた自信の感情が彼女に流れたからか、はしゃいだリシェーラが背後で「すごい、すごいわカイン!」と拍手喝采でいつもより多めに褒めちぎってくれている。
嬉しいけど、ちょっと照れくさいな……。
ぽり、ぽりと頬を掻いた。
「うぁ!」
そんな時、迷宮が、大きく震え始めた。
近くに控えていた魔物達が順々に消えていく。
大きな揺れの中、立っていられなくて俺は体制を崩し、ぶつかる形で壁にもたれかかった。
(これは……)
ダンジョンが消滅する前兆だった。
誰かが、俺達よりも先に災妖星を倒してしまったのだろう。複数のペアがこの場所に送られているため、今日のように他のペアが先に倒してしまうことも珍しくない。
『……残念ね。今日は他の人に獲られちゃったみたいだわ……』
拗ねたように頬を膨らませるリシェーラ。
なんだか申し訳なくなってくる。
「……うん。ごめん、今日は災妖星のカケラじゃないけど……」
腰に添えたバックに大量に入っているのは、黒いツヤの石ではなく倒した魔物が石化した後に残していく魔石。
星花は災妖星の核のカケラを食すが、全員が手に入れることができるものではない。ダンジョンに潜って災妖星を倒した者が一粒のカケラを優先的に得る権利を与えられている。
幾つもにも欠けた核のカケラの残りは、王族や大貴族などの星花に分配されていく。
その他の星花は、災妖星が生み出した迷宮の中で発生した魔物の核が与えられることになっている。なんでも災妖星のカケラと魔物の核はほとんど同じ効能と成分をもたらすという。ただ、魔物の核の味はかなり落ちるらしかった。
『謝らないで?これでも私はカインが星巫になるまでずっと災妖星のカケラなんて食していなかったのよ?お金を積んでも魔物の核しか食べてなかったわ。それに、味は美味しけれどアレが毎日必要なわけではないの』
それよりも……と続けるリシェーラは、俺が無事に帰還する方が嬉しいと言ってくれた。
「そんなに心配しないでも。俺はちゃんと帰るよ、リシェーラの元へ」
地上に帰還した俺を待っていたのは、リシェーラからの激しいタックルもとい抱擁だった。
「———— お帰りなさい!!カイーーーーン!!」
「ぐぇ!?」
俺の喉からカエルのような悲鳴が上がった。
締まる首元。
生きる為に息を吸い込むと、リシェーラの首筋からほのかに甘い香りがした気がした。
(あ……ちゃんと帰ってきたって感じがするな……)
いつも迷宮から戻った後はリシェーラが抱きついてくるので、いつの間にか彼女の甘い花の香りは俺の中で自然に胸を撫で下ろしてしまうような、そんな帰還の匂いに位置付けられていた。
恥ずかしすぎるし、変な目で見られたくないので、この事はリシェーラ本人にも他の誰にも秘密にしている、というか話せるわけないがなかった。
ややあって、リシェーラが俺の様子を気にして腕の力を緩めると、密着していたお互いの身体が離れ始めた。
そこでようやっと俺は、目の前の天族の少女へいつも通り帰還を告げたのだった。
「けほっ……ただいま、リシェーラ……」
「お帰りなさい、カイン……!」
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