☆18王城にて
エルステラ学園の背後には、この国の主人が暮らす城がそびえ立つ。中央区画は貴族たちの居住区となっているが、その最も中心部には純白の円柱形の土台に支えられた高台がある。高台から新王城の城門までの道のりには、途方もない階段と馬車路が設備されていた。
各階層(階段と土台の横周り)には、王族の親族や居住を許可された大貴族たちが暮らすための敷地が備わる。
そこではわざわざ貴族街や商店街などに降りなくても生活が簡潔出来るよう、大貴族や王族御用達の店舗も並んでいる。
土台の一番上、最も高い場所に建てられた城の中には、幾つか謁見の間があった。
その中のひとつ—— 小さな広間くらいの謁見の間に、一人の青年が玉座に向けて片膝を床に付き頭を垂れていた。
床に敷かれた金色の刺繍が施された柔らかな真紅のカーペットは、玉座の主人の足元まで続く。
玉座の上で揺れる、真紅の靴を履いた小さな足。
「————余の名代、ご苦労であったレオンよ」
「はっ!」
幼さを残した少女の声音に導かれるように、18歳の青年は顔を上げた。
この部屋の片面の壁は全て大きな窓になっており、地平線に沈みかける西日が部屋の中に入り込んで、主の横顔を照らしていた。金色のティアラに太陽の光が反射し、思わず青年は眩しさに目を細めてしまう。
「ご報告、申し上げます。レナリア王女……」
誤魔化すように笑う青年。
玉座に腰掛けていた幼い少女は、「はぁ……」とため息をこぼし、控えていたメイドへ窓に薄いカーテンを下ろすように命じた。
薄い緑のカーテンが下されると、レオンはようやく王女の御尊顔を直視することができた。
真紅と白のドレスを着こなす、魔導人形のような透明感のある肌、幼さの残る丸い顔は大きな青緑色の双眸と小ぶりな鼻と桜色の唇がバランス良く配置されており、肩にかからない程度に伸ばされた薄紫色のツヤのある御髪、頭上には真紅のリボンで止められた金色のティアラが乗っていた。
今日一日、王女は謁見の公務を行なっていた。
その疲れもあるのだろう、レナリアは正していた姿勢を少し崩し、玉座の肘置きにもたれかかった。顔を腕の上に乗せると、もちもちの頬が横に広がる。
「全く……眩しいならそのように物申せ、余はそのようなことで怒ったりなどせぬぞ」
「も、申し訳ございません……殿下。あはは……」
歳に似合わぬ貫禄のある言葉遣いの王女レナリアは、己の従者であるレオンを横目で見つめた。公務の疲れと、とあるパーティに行けなかったからか、ダルそうな、寂しそうな、拗ねているような、退屈そうな目だった。
「良い。……して、どうであった。余を凌ぐ程の力を持つ、あの女の星巫は?」
「あー……。なんと言いますか……」
お披露目パーティでの出来事をどう説明しようかと言葉を濁したレオンに、レナリアは怪訝そうな顔をして椅子に座り直した。
膝を肘置きに立てて、手の甲に顎を乗せる。桜色の唇がニンマリと弧を描いた。
「何か面白い事でもあった様ではないか?レオン」
「……姫が失望なさる顔は見たくありません」
「ほう?余が失望するほどの小物であったと?それはそれで良い、話せレオン」
レオンの先程まで悩んでいた赤い眼が、諦めに変わる。
どちらにしろ、王女の命令は絶対である。
話す・話さないに自分の意志は関係がないのだ。言えと言われたのなら、レオンは話さなくてはいけない。元々、お披露目パーティの出来事を全て話す任務を課されていた事もあり、報告は彼の義務だ。
「では、ご報告致します。リシェーラ・レネジアとその星巫のお披露目パーティについてですが—————— 」
レオンは、自分が見聞きした事を全て話した。
「—————— っぷ……ぷふふ、くくっ」
「レナリア姫?」
話を聞いたレナリアが、声を抑え小さな体を揺らす。頬が赤く染まり、やがて耐えきれなくなったのか「あは、あははっ」と愉快そうに笑い始めた。
「あははっ、ふふ、あはは!あんなに星巫を作らなかった者が急に相手を決めたと思ったら……あははっ!魔素を持たない魔導回路保持者!?」
「姫様……?そんな風に大きな声で笑うなんてはしたないですよ?」
「おっと……。でも、流石としか言いようがないであろう?ふふ、ふふふっ。学園最強の星花が選んだのが、そんな欠陥品のオモシロ星巫だったなんて。くふふ!」
そばに控えていた瑠璃色の髪のメイドが「ひ、姫さまぁ。そんなはしたないですよぉ!じたばたしないでくださいませ!」と、お腹を抱えてケラケラ笑う王女をオロオロと嗜める。
メイドからの苦言に「うー」と唸ったレナリアは、渋った顔をすれば、笑いの沸点を鎮めるために深く深呼吸をする。
「わかった、わかった。……こっほん!待たせたなレオン」
数刻の沈黙の末に、咳払いをしたレナリアはレオンに向き直った。
「いえ、殿下のお気に召したのであれば……」
「……レオン。余はあえて其方に問おう」
「はい」
「いくら星巫が魔素のない欠陥品だとしても、それを使いこなせる能力をリシェーラは秘めている。決して侮れる相手ではない。だが……」
レナリアは細い脚を組み直して、手の甲に頬を預ける。
姫の行動、言葉の一挙一動をただ黙って見守るレオンへ、最後に問いかけた。
「勝てるな?」
姫の声は自信に溢れ、返ってくる青年の返答も、行動の結果も全て己の想定外なんてあり得ない、寧ろそれ以外は考えて居ないようだった。
「は!この忠誠、この身体は我が姫の為に。そして、必ずや勝利の栄光を貴方様に!!」
片膝を床について、握った右手を左胸に置いて軽く頭を下げる騎士の礼を取った青年。その青年を、玉座の上から脚を組んで頬杖をつく齢八歳の幼王女は満足そうに微笑みを浮かべたのだった。
「うむ!よい返事だレオン。さて、これで今日の余の公務は終わりだな?月凪姉妹を待たせてしまっているゆえ、急がねば」
ピョーンっと椅子を飛び降りた王女は嬉しさを隠せない様子だ。
「さ、レオン!早う来るのだ!」
「はい、姫様」
王女の後ろに付き従うレオン自身もご機嫌な王女の様子を、どこか嬉しそうに目を細めていた。




