☆17 しかたがないなぁ。こっちを見てよ
2頭の上等な白馬がカツカツと音を鳴らして、金の装飾がなされた白い馬車を率いていた。
白い馬車の中はクッション性の富んだ赤い着席部、品の良い装飾の付いたカーテンで構成される。乗っている人物の高価な格好や気品からも、馬車の持ち主が並大抵の者ではないことは明らかだった。
赤いリボンで黒髪を飾る少女は、小花が舞いそうなほど能天気な笑顔を浮かべて目の前に座る歳上の青年へと話しかけながら、長く伸びた後髪に手櫛を入れて鎖骨から胸の上へと流す。
少女の横には幾つかの大きな箱が積まれていた。
「はぁ、貴族に人気と噂のメロウシュガーを観ることもできましたし……沢山お話することができて……よかった……。楽しみ、ですね」
「……」
目の前の金髪の青年は、腕を組んだまま、顔はずっと横を向いている。どうやら愛らしい幼い少女の言葉は全く耳に入っていないらしい。
「……レオンさん?」
少女は何を見ているのでしょうかと、純粋無垢な表情で不思議そうに小首を傾げる。後髪以外の肩で切り揃えられた黒髪が揺れた。
青年と同じ外を見てみても、外には彼が目を引くようなものがあるとは思えなかった。
「………」
うーん、聞こえていなかったのでしょうか。そう呟いて、少女は自分を見てもらう為にはどうしたら良いのかを考える。「あっ!」と何かを閃いて、猫の手を作る。
「……にゃおー……がおー……っ、んにゃにゃにゃにゃー」
構って構ってのアピール虚しく、無言の青年はずっと窓の外を見つめていた。
「……レーオーンー、さん?……何を……見ているんです……?」
もちろん青年からの答えはない。
きょとーーんっとした少女は、再びちょっと考え始める。んーっと唇に指をつけて僅かに首を傾げながら眼球を左斜め下に向ける。
それから回答を思いつく。嬉しそうに手を胸の前で合わせ、のほほーんっとした声音で答えを告げた。
床に着かない足がぷらぷら揺れていた。
「あ…わかりました……。レオンさんは、早くレーナちゃんに、会いたいんですね……」
「っ!!……あ、え?し、失礼しましたハルノ様、何かおっしゃいましたか?」
シャボン玉が弾けたように、我に返った青年が赤目を一瞬見開いて窓の外から黒髪の少女—— 月凪ハルノを視界に入れて謝罪をすると、直ぐに佇まいに落ち着きを取り戻していく。
「どうやら私としたことが……レディの前で上の空になってしまったようです。お恥ずかしいですが、お相手がハルノ様でよかった。このような醜態を見せられるほど気を許している相手は、作ろうとしても作れるものではありませんから……」
「ふふっ、レオンさんは……本当にレーナちゃんのことが、好き、なんですね……」
「今ので、どこからそんな話になったんですか!?」
「えぇーとぉ……きっと、今日の一日中から、です」
「今日の朝から!?」
「……間違えました……。きっと今日の予定が決まってから……です?」
「えぇ、そうですよね……って、歳上を揶揄われるのはおやめ下さいハルノ様。お声がけを無視してしまったのは謝りますから」
「帰ったら、いっぱいレーナちゃんと一緒に過ごせると……いいですね……」
純粋無垢な少女が花を綻ばせた様に、えへへっと楽しそうに、嬉しそうに優しく微笑む。
桃色の花が少女の周囲にホワホワと浮いているような幻覚を見てしまった青年は、唇を閉ざして眉間に小さなシワを寄せた。連日の書類仕事のせいで自分は少し疲れているのかもしれない、そんな風に思っているらしく二本の指先で眉間のシワを伸ばす。
「はぁーー……それにしても、魔力暴走をするとは……。会場でも聞きましたがハルノ様にお怪我は?」
「会場で言った通りない、です……。お庭に行った時も、特に……」
「ハルノ様が庭から葉を頭につけて土で制服を汚して戻ってくるとは思いませんでしたよ。えぇ、本当に……元から会場でドレスに着替える予定でよかったです」
「ご、ごめんなさい。猫と、お話をしようと思って……」
肩を窄めて幼い少女は気を落とす。
年下の少女をショゲさせてしまい、立ち所にレオンはハルノを怒れなくなってしまう。猫と話ってなんですか、くらいは続けようと思った口を開けては何も言えずに閉じてしまう。
「はぁ……。いえ、何もそこまで落ち込まなくてもいいんですよ。貴方に何かあったとあれば、レナリア姫が悲しみます」
「は、はいっ……ほっとしちゃった。よかった、です」
「……それに、レナリア姫は最近お忙しくしています。それ故にいつもにましてユリア様や貴方に会える今日を楽しみにしていましたし……」
ハルノは分かってしまった、口元を手の甲で隠した青年が薄く微笑んでいるのが。
「ふふ、仲良しさん、ですね……。此方こそ妹が楽しそうでした……いつもレーナちゃんは仲良くして下さって……有難いです」
「っ……!ですから揶揄うのはやめてください。いえ、レナリア様も妹君のおかげで楽しく学園に通えていますから……」
「ふふっ……♪ああ、でも早く今日のことをレーナちゃんにお話したいです。レーナちゃんが気にしているお方の事を……」
「そう、ですね……」
ハルノが笑うだけで、ほわーん、ぽやーんとした穏やかな雰囲気が馬車に充満する。
レオンとハルノを乗せた白い馬車は、王城に向けて進んでいった。
構ってー!と手招きしてみた。




