☆16 ただ、君の姿を探して駆け出す
俺は庭にいた。
それもパーティ会場に面した庭でもなく玄関前に広がる庭だ。客人の馬車が周回するための道が整備され、出迎えと見送りをする場所。
もはや屋敷から追い出される形で、俺は中央に設置された噴水の縁を椅子代わりして腰掛ける。(まだ屋敷の敷地内にいると思いたい。一応、大輪の花は植えられているので庭なのだろう。決して追い出されたわけではないと思いたい)
やる事もないので、西に太陽が沈み始めている鮮やかな夕暮れの空を見上げながら呆けていた。昼には青空を飛んでいた鳥の群れが巣へと帰っていく。
「……はぁ……。あーーもう!何してるんだよオレェ!」
つい、いつもの癖が出てしまった。
疲れて眠ってしまったリシェーラを部屋に送り届けた俺は、彼女の姉に、自分の兄さんに俺の役目は終わったとすげなく言われて、何も言いかえせずに立ち尽くしてしまった。
直ぐに動かないのが良くなかったのか、リシェーラの姉であるセレンは不愉快そうな表情で周囲の使用人を見渡した。俺の事を扇子で指しながら指示を出す。
「何をしているのかしらぁ?もう充分だわ。リシェーラちゃんの事は心配せずにお帰りなさいな。誰か、案内してあげなさい」
「……あの、でも、リシェーラ様のお心はきっと目覚めた後が一番不安定になるかと……。お二人のお邪魔にならないところでしたら、置いておいても良いのではありませんか……?」
そう姉さんが口を挟んでくれなかったら、無一文で外に放り出されて俺は何処にも居場所が無くなるところだった。
進言した顔色の悪い姉さんは胸の前で懇願するように両手を握りしめて、声は小さく震えていた。
実は俺を助ける度に姉さんが怒鳴られていたのを知っている。だから、兄さんに後で怒られていないか心配だ。大丈夫なら、いいんだけど……。
「……あー……今日は、いい天気だなぁ……」
ギリギリ追い出された訳ではない俺は、空を飛ぶ鳥の数を数えながら、全く感情を込めずに言ってみた。
別に誰かの返事を期待した訳ではないのだが……、意外な(意外でもないが)人物がクスクスと笑いながら一人寂しく黄昏ていた俺に声を返してくれる。
「ん……ほんといい天気……。さっきの荒れた天気……というか、荒れた風の天気が嘘みたい……」
「ルーナ……!?」
少女の息が少し切れている。肩で浅く呼吸をしているのを見るに、もしかして探してくれていた?いやいや、そんな事……あるわけ……。
「あれ、もしかして着替えたのか?」
「……そう、着替えたよ。今日のパーティの時のは舞台用の衣装だから……」
夕陽色に煌めく銀髪を後頭部で二つに結って、今はいつもの学園の制服に戻ってしまっている。ぎこちない笑顔に、俺は察してしまった。
そういえば、ルーナが制服以外の服を着ていたのは再会してから考えると今回が初めてだった。学園にいるからその姿は当たり前だったけど、もしかすると私服というものを持っていないんじゃないだろうか。
ずっと図書塔に篭って授業には参加していないようだし、俺やリシェーラ以外とは話している雰囲気もない。学園は基本必修の授業というものはなく、好きな授業を取ることが出来る。
けれどそれでも何の授業に出ていないし、星巫もいないとなると流石にその後の進路にも関わってくるはずだ。
……なんだか心配になってきてしまった……何心だろう。
「……ねぇ、カイン?……聞いても、いいかな」
「ひゃい!な、なに?」
「……?」
「い、いやぁ。ははっ、なんでもーないよー……」
ふぅん……そう、と返事をして俺のことを訝しむルーナに対して、俺は何も言わずに乾いた笑いを浮かべて誤魔化す。誤魔化されてくれたのか、ルーナは小さく溜息を吐くと、俺の隣に座った。
「……リシェーラさんは……?」
「リシェーラなら、今は部屋で眠ってるよ。大丈夫……魔力暴走の疲労と魔力を少し使いすぎただけで怪我もないよ」
「ふぅん……そう……」
「うん」
「……側に、居なくても良いの?」
「……いや、えと……その、なんていうかさ。兄さんや姉さん、それにリシェーラの兄姉もついてくれててさ……」
「追い出されたんだ」
「直球過ぎない!?いや、間違ってなくはない……けど……なんか、さ……その……」
言葉を選ばなくてはいけない気がして、俺の台詞は尻窄まりになっていく。どこに目を置いたらいいのかわからなくて、視線を彷徨わせた。
「———— カインは偉い……ううん、すごいね」
「へ?そんなわけないよ」
「本当……カインって」
目の前の少女は、膝を曲げた腕を腿の上置いて頬杖をつく。それから不貞腐れ気味に口を尖らせた。
え、なんか不機嫌……なんで?
俺が困惑していると、ルーナは此方を一瞥し深い溜息をついた。あれ?なんか、呆れられた気がするのだが、気のせいだろうか。
「そういえば、ルーナの舞台を見てなかったでしょ……」
「ぐは!」
じとーー。半目になって目つきで俺のことを咎めてくる。
ぐさり!と心が痛んだ。頭の中には数種類のしょーもない言い訳——ちょっと体調が悪くなってとか、呼び出されちゃってとかが光の速さで浮かんでは消えた。
じとーー。
ひぇっ!圧が怖いっっっっ。
こちらの内心なんて、全て見透かしているような目つきだった。
誤魔化しは通用しないと瞬時に悟った俺は、勢い良く頭を下げ、両手を頭部の前で合わせた。
「ごごごごごめん!!ごめんなさい!」
「………」
しばしの沈黙。
やっぱり、すごく怒っているのだろうか。
少女の心境がわからず、胸の中に渦巻く不安が鼓動を鳴らした。
やがて静かに俺の名前をルーナは呼んだ。
「……カイン……」
「はひっ!は、はい……!」
「……しょうがないなぁ、いいよ」
ほっ、よかった許してもらえたのだろうか。
俺は安堵して頬が緩む。
「カイン」
「ん?」
「———— リシェーラさんが、早く目を覚ますといいね……」
「え?あ、うん。そうだね」
一瞬、何か言おうとした事を躊躇ったような気がしたけど気のせいかな……なんて疑問を抱きながら、俺はルーナの言葉に頷いた。
リシェーラが目を覚ましたら、きっと俺は屋敷に入ることが許可されるのだろう。彼女が目を覚ます前にこれ以上追い出されなければの話だけど。
「まぁ……このまま追い出されちゃったら、学園の図書塔に来て……ルーナは待ってるから」
「あははー!やっぱりルーナも追い出されると思う?」
「うん、すっごく思う。本当にそう思うよ」
「そ、そんな……ばっさり言わないでよ……切ないじゃんか。やっぱり怒ってる?まぁ、でも、そうだよなぁ……こんなところに居ても仕方ないよな……」
「怒っては、ないよ……。じゃあ、ルーナと今から一緒に学園に帰る?」
「いや、もう一回リシェーラのそばに居られないか掛け合ってみるよ!廊下に立っているだけでもいいから、せめて屋敷には居させてくれって頼み込んでみる」
「……そ、っか……」
そう言うと思った……と、ルーナの唇が動いた気がした。
何か言った?なんて聞く前に、彼女が俺の事を呼ぶ。
「カイン」
「ん?」
「今日のカイン……とっても、格好良かったよ……」
「え!!あ、ありがとう……なのかな……」
「学園に帰ってきたら、図書塔に来てね。ルーナは、待ってるから……」
「失敗する前提!?……あははっ、ありがとうルーナ。でも、学園へ行かないように頑張ってみるよ」
リシェーラは俺を救ってくれて、信じてくれて。そんな彼女を俺でも助けてあげられる事がきっとまだあるはずだ。
そう、俺だって。
「———— 俺は、俺だって、やればできる子なんだから!」
「……っふ、ふふ………ぷははっ!あはは!」
どーんっと胸に拳を置いて自分を鼓舞してみせた俺を、ルーナはお腹を抱えて笑い始める。
え!ちょ、今、笑うところありました!?
笑われると恥ずかしくなってきた俺は首筋を摩って唇を閉ざしたが、あまりにもルーナが笑うのでもごもごと口を動かしてみる。
「………そんな、笑わないでよ……」
「ふふっ、ご、ごめん、ごめんなさい。拗ねないで?だって、カインが使命帯びた小動物みたいだったから……はぁ、お腹痛い……」
目尻に浮かんだ涙をルーナは拭った。大笑いしたせいか、頬は薄らと赤く染まっている。
「じゃあ、そろそろルーナは行かなくちゃ……馬車も来たみたいだし……」
「あ、うん……」
ガラガラと回る車輪の音と馬の足音が聞こえ、そして艶のある黒い車体の馬車が屋敷の正門からやって来たのが見える。学園から馬車を呼んでいたらしい、手綱を持つ御者の格好は学園の授業員の制服を着ていた。
「頑張ってねカイン。私は、カインの味方だから……」
一度立ち上がるも、茶の鞄を持つために腰をかがめたルーナは、俺の事を応援してくれる。顔を上げた時には眠たそうな双眸が優しく微笑んでいた。
「うん、頑張るよ」
「あ、でも……追い出されちゃったら、本当に私のところに来て良いよ……?」
「頑張るってば!!」
まだ言うか!
腹から声を出した俺へ、ルーナは短い舌を悪戯げにチラリと見せた。揶揄われた俺も立ち上がり、彼女の背中を何度も押して馬車の前に連れて行く。
「もー……帰るんだろう?ほら、早く馬車に乗っちゃいなよ」
「ふわぁー……そうだね。今日は頑張ったからもう眠いよ」
欠伸を噛み締めながら馬車に乗り込んだルーナは、俺の閉めた扉の窓から顔を出す。座ったら一気に眠気が来たのか、今にも寝てしまってしまいそうだった。
「またね、カイン」
「ああ、また学校でなルーナ」
軽い挨拶だけを最後に交わす。
俺が車体の側から離れると、別れの挨拶の終了だと判断したらしい御者が手綱をピシャリと跳ねらせ、馬車は庭の噴水の周りを回ってから真っ直ぐに屋敷の門へと走っていく。
俺は馬車の姿を最後まで見る事はなかった。
なんとなく空をもう一度見上げると、鳥の群はもう見えなくなっていた。
もうすぐ夕陽も沈んでしまう。
俺も、俺の居るところに帰ろう。
「よし!!俺も行くか!」
ルーナの乗った馬車に背を向けて、俺は屋敷へと向かった。
「その飾りは、そっちじゃなくて倉庫の方にしまっておいて!」
「会場の修繕は、どこまで終わってるの?」
「客室にいらっしゃるお客様への対応はどうなっている?」
「お客様が、怪我の痛みを訴えていて……」
「さぁ、今日中に仕事を終わらせるんだ」
玄関の扉をくぐれば、目の前に玄関ホールが広がる。中央には赤い絨毯の敷かれた幅の広い階段があり、階段の踊り場からは両脇に道が分かれ2階へと繋がっている。
メイドさん達に注意されるかと思いきや、追い出された数刻前と変わらず怪我人による人手不足やパーティの後片付けや何やらで忙しいらしく俺の事なんて見えていないかのようだ。行き交う使用人さんから邪魔だという目を向けられる事はあっても行動を止められることはなかった。
慌ただしい使用人達を大変そうだと横目でみやりながら中央の階段を登った。
3階の階段は、2階のフロア内に設置されている。
「リシェーラの部屋は3階だ……から」
中央階段の踊り場で足を止め、階段の斜め先にある今から向かう2階の通路へと何気なく目を泳がせた俺は、その目を見張った。
「っ、カイン!!」
「リシェーラ……」
リシェーラと俺のお互いの声が被さる。
2階フロアの通路に設置された手すりから胸より上を乗り出した、白く柔らかい生地の寝巻きに身を包んだ白金の髪の少女も、目を丸くして驚いた表情を浮かべてはいるが嬉々とした声音で俺の名前を呼んだ。
彼女の背後の廊下からは、「リシェーラ様!!お待ちください」という姉さんの慌てた声が響いている。部屋を飛び出して来たのか白金の髪には寝癖がついたままだ。
「リシェーラ様、部屋にお戻りに………っ!まだ安静にしていなくてはいけません!」
「来ないで!!みんな、みんな嘘ばっかりだわ!」
廊下から姿を見せた姉さんが、驚愕した。血の気が全身から抜けたように顔が青ざめる。姉さんの姿を見たリシェーラが目の前の手すりの上に跨ったから。
手や体が少しでも滑れば一大事になりかねない。
「ああもう、リシェーラはなんでそんなにお転婆なんだよ……」
口早に本音が溢れ、気が急ぐ。
自分のつま先が二回ほど赤い絨毯を強く叩く。
「リシェーラ!!絶対、受け止めてみせるから!!」
悩んでいる時間もなく、俺は両手をめいいっぱい広げた。
目を瞑ったリシェーラが俺めがけて勢いよく跳躍する、同時に姉さんは泡を食って少女を掴もうとしたが、その手は空を切り。「きゃーーー!!リシェーラちゃん!?」姉さんの後ろから現れたセレンが悲鳴を上げて卒倒しかけた。
白いネグリジェがふんわりと空気を含み、白金の髪が踊った。
そして、白い羽が宙を舞う。
「———————————— ………っ …… 」
受けとめる側の俺は、惚けてしまった。
普段は小さくなっているリシェーラの背中に生えた天族特有の白い羽が、今は彼女を助けるように大きく広がっている。
その一瞬が……まるで絵画を切り抜いたようで……。
「カイン!!」
リシェーラの声にハッと我に帰る。
こちら側の手すりも超えて、少女がふんわりと俺を抱きしめるように落ちてくる。徐々に羽は小さくなっていき、俺が少女の身体を抱きとめる頃には元の手のひら程の大きさに戻っていた。
「カイン、カイン、カイン……!」
「り、リシェーラ……ちょっと、ぐるじぃ……」
子供みたいにぎゅーーっと抱きついて名前を呼ぶ。
嬉しいのだけど、リシェーラは首に腕を回してるので力が込められる事に絞められていき、危うく窒息しそうだった。
リシェーラは俺の話を聞かないで、顔を上げると矢継ぎ早に質問してくる。
「カイン、カインは私の星巫を辞めたりしないでしょう?私の星巫よね?私だけの星巫よね?まだ盟約は残ってるでしょう?」
「り、リシェーラ……落ち着いて……」
抱えたままだった少女をゆっくりと床の上に降ろして、どうどうと手で制す。視界の端で姉さんのセレンが、心配しているように急いで階段を降り始めたのが見えた。
(ああ、そっか……リシェーラは、やっぱり分かってないんだ……)
「それでも……俺は……」
胸元のペンダントを取り出して、俺は握りしめた。
「君の星巫を辞めたりなんてしない。だから、大丈夫だよリシェーラ」
俺の言葉に、リシェーラは両頬を赤く染めて花が綻ぶような本当に嬉しそうな表情で微笑んだ。




