☆15君が信じてくれるなら
暴走した魔力の風を吹き荒らしているリシェーラを止めるべく、俺は駆け出した。
暴風の中を舞う、割れた皿の破片が頬を掠める。「……っ!」一瞬、痛覚が静電気が走ったような痛みを感じて、俺は左目をしかめた。
今は、こんな小さな痛みくらいどうってことない……!
風に足をすくわれて転びかける度に、ぐっと足の指先に力を入れる。体制が崩れながらも、俺は吹き飛んできたテーブルを避けた。後ろからテーブルが壊れた音が聞こえてきた。
顔を上げれば、リシェーラまでの距離はあと少し。
「リシェーーラ!!」
テーブルを避けるために止めてしまった足を辿り着きたい相手を再確認してから再び踏み出して、少し本当に俺に出来るのかと不安になってしまい、迷いながらも駆け出す足の動きを加速させていく。
此処で迷ったらいけない。
人よりも何も秀でたところがなくても、それでもやれることがあるなら。自分にも出来ることがあるというなら、俺は、俺が出来ることをするんだ————!
体重を足の指先に乗せて、床を踏み切る。床から爪先が離れ、俺の身体は空を舞う。荒れ狂う風の渦の中心で白金の髪が暴れている少女へと手を伸ばした。
「……リシェーラ、捕まえた!!」
お互いの距離が呼吸を感じられる程に縮まり、少女の細い体を抱き寄せた俺は静かに唱えた。
「———— 【盟約発動】」
「ぃ、やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ」
少女の悲鳴と共に、バチンッ!!と電流が弾ける。
(弾かれた!?……それなら……!)
「星々よ祝福の鐘は鳴り終わった。天へと………」
バチン!!
泡が弾けるように、俺の回路に繋げようとした魔力が遮断されてしまう。魔素は魔力から回路を保護する役目も持つけれど、俺には魔素がないから魔導回路に魔力が通るには多少なりとも痛覚を刺激する形で負担が生じる。
盟約を発動させるための正式版……簡略化せずに演唱した分、先ほどの簡易版よりも反動が大きい。全身の魔導回路から絞られたような痛みを感じた。「……っい"!!」俺の口から苦痛が溢れる。
リシェーラは暴走を止めて欲しいなんて思っていない。
「それでも俺は……俺は!!」
グッ……と、リシェーラの腕を強く掴んだ時だった。
青緑色の怒りに燃える双眸が、俺の顔を見て大きく開かれたかと思えば、激しく揺れ動いた。悲痛な表情を浮かべて唇を震わせる。小さな顎が左右に振れ、リシェーラの体が背後へとたじろぐ。
「血が……」
「へ?……血?」
自分の頬に触れれば、ぬるりとした感触があった。手にべったりと真っ赤な血が付着していた。流血を意識してしまえば頬から顎にかけてポタポタと垂れていた事に気が付いてしまう。多分、飛んで来た破片で切れてしまったのだろう。
不思議と傷に痛みはない。
「大丈夫、これぐらいなんともな……」
「ちが……う……。ちがうっ、違う、違う……!違うぅ!」
「お、おい!リシェーラ!!しっかりするんだ!」
顔面蒼白になった目の前の少女は、突然大きく頭を振りかぶった。
「違う!違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う、ちがう!!オマエが傷ついたのは、オマエを傷つけたのは、アイツらだ!!!
「………そう、でしょう?そうなのでしょう?だから許さない。許せない!!盟約なんて、要らない!!」
「俺は要る!!絶対いる!!」
縋り付くような視線を向けられて、俺は自然と反論してしまっていた。だって、盟約がなければ、星巫じゃない。星巫じゃなきゃ、君の隣にはいられないんだ!
「俺はキミの……リシェーラの星巫じゃなきゃいけないんだ!!」
「……リシェーラの……」
不快そうに、まるで納得がいかないみたいに、リシェーラは自身の名前を口に出しながら片眉を吊り上げた。俺の腕を爪を立てて握りしめていた力が、不意に緩む。
今しかないと俺は直感した。
「星々よ祝福の鐘は鳴り終わった」
緊張感が高ぶる中、噛まないように丁寧に、それでいてこの機を流さぬように素早く、唱える。
「天へと通じる路を開け。宿る誓いを証に。共鳴せよ【盟約発動】————!!」
盟約を発動させたことで、リシェーラの膨大な魔力はごっそりと消費されて俺の回路へと流れ込んでくる。
今の少女の魔力が暴走して尖っているせいか。意識が飛びそうなほど、俺の魔導回路が軋んで悲鳴をあげている。
どうしてだか動きを止めていたリシェーラが、ハッとして我に返り、恨めしそうに見上げてくる。
けれど一度、盟約を発動してしまえばリシェーラは接続を切ることはないと俺は確信していた。想いは全部、伝わってしまうから。
「止めなさい……!お願い、やめて!オマエ、オマエは………」
「止めないよ、リシェーラ」
はっきりと目の前の少女に俺が告げれば、困惑した表情を浮かべ「……どう、して……」と戦慄く唇が呟いた気がした。
「俺が……君の星巫で……、助けたいって思うから、君は誰かを傷つける事を望まないって思うから……」
自分でも分かるくらいに、喋り方が辿々しい。改めて自分の想いを言葉にするのは気恥ずかしくて口籠ってしまう。拙い言い方でも、伝えたい事はリシェーラにも分かっているはず。
———— きっといつか、私だけの星巫になってね
君がそう言ったから。救ってくれたから。君が応援してくれていたから。僕は、俺は、ずっと……それだけを夢見ていた。
————貴方を、信じていますカイン
あの日、あの夜、救い出してくれた君がそう言ってくれるなら。言ってくれるから。俺にだって何か出来ると信じてくれているから。
全部全部伝わっているはず。だけど、ちゃんと声に出したい……。
「それなら俺だって!! ——— 俺も君のことを助けたいよっ!!」
リシェーラの魔力はまだ1割も減っていない。
魔導を使用しても、第一段階じゃ足りない。
それなら!!と、俺は決意を固めて息を吸う。
「————魔導回路3段階解放【光】!!魔導回路3段階解放【風】!」
彼女の体内で暴れ狂っている魔力を引き出し、体外で発動しても無害な魔導を利用する。魔力消費が出来ればいいので、魔導自体は不発となるよう取り込んだ魔力を指先から体外へ流していく。砂金のようにキラキラと輝く魔力の軌跡は、リシェーラの魔力風の中へと溶け込こんでしまう。
魔導回路を使用した代償に、落雷を受けた時のような衝撃が一気に俺の身体へ襲いかかってくる。全身の皮膚が血管が裂けるような激痛が内側からも発生した。
盟約を発動させているせいで、俺の痛覚がリシェーラにも共有されている。俺が叫べば、彼女も涙を浮かべて苦悶の表情を浮かべた。俺の腕に少女の爪が食い込む。
「うがぁ!!が………あ"……あ"あ"!!」
「っ、ぅ……。あ"あ"あ"ーーーーー!!」
痛みで意識が飛んで倒れかけそうなお互いを、支え合いながら膝をついてしまう。
声にならない声で俺らは絶叫した。
「「————————!!」」
腕が脚が千切れているのではないかと錯覚してしまう程に意識は混沌としていた。
痛い、痛い、いたい、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい、痛い、痛い、痛い痛い、いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい!!
俺の腕は、脚は、血管が破れてないだろうか。
だけど、ごめん、リシェーラ。
力強く抱きしめた少女から魔力を俺の意志で吸い上げる。
「魔導回路3段階解放【光】!!」
「なんで、なんでなんでぇ……ひ………ぅあ……」
小さく悲鳴が溢れる。
先にもたれかかったのは、リシェーラだった。ふらりと頭が揺れ動き、俺の肩へと顔を沈める。
気を失ったのか、徐々に彼女が発散する魔力は静まり始めていく。それと同時に、俺を襲っていた激痛も引き始めた。
会場のあちらこちらで、宙に浮いていた物が大きな音を立てて床に落ちる。いつの間にか人々の避難は終わっているようで、人への被害はなさそうだ。
俺はホッとして、息を一呼吸分吐いた。
(………できた……)
「よかった……」
「………う……」
微かに残った頭を陶器で殴られたような痛みと僅かに朦朧とする意識の中で、俺に身体を預けていた少女が動くのを感じた。
自分の身に何が起こっていたのか、覚えているのだろうか。それとも、覚えていないのだろうか。
周囲を何度か見回したリシェーラが、その後で俺を見上げる。少女が見せた、安堵したような表情は束の間だった。大きく開かれた青緑色の双眸に涙がどんどん浮かんでいく。「頬から……血が……」か細く、震える声で視線が彷徨う。
「……え?あ、まだ、止まってなかったんだ……この傷……」
「か……いん、カイン……」
「……俺はここにいるよリシェーラ」
まだ節々は痛みがある。
顔を苦痛で歪めながら、俺は意識を失っていたわけではないらしい少女からの呼びかけに答えた。
「わ、わたし……めんなさい」
泣いて、いるのか?
リシェーラは肩を震わせていた。嗚咽混じりに話していく。
「カ、カイン……ごめんなさい……ひくっ、ごめんなさいぃ!」
「大丈夫、大丈夫だよリシェーラ。この傷は、リシェーラのせいじゃないから……俺が、勝手に……なんていうか、気が付いたら怪我しちゃってただけだから」
澄んだ雫が潤んだ青緑色の双眸からこぼれ落ちていく。止まらない。ひゃくりを上げて肩を揺らして。少女は顔をぐしゃぐしゃにして俺の頬を撫でる。それまで火傷のようにヒリついていた痛みが嘘のように和らいでいった。
「………ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいカイン……!私、貴方のことを傷付けたいわけじゃなかったの……」
「うん。わかってるよ、それくらい。だから、リシェーラのせいなんかじゃない」
俺は、笑いながら袖で涙を拭こうとして。
「……で、でも、今日は、いっぱいカインに辛い想いをさせてしまったのに……。わ、私が……あの場を離れてなければ……」
動作を停止した。
俺の袖は、汚れていた。そういえばテーブルにぶつかって料理をこぼしたり血反吐を吐いたりと、この状況で使っていい袖じゃなかった。
「あ、そういえばハンカチがあったんだった……。その、あんまり泣かないでよリシェーラ」
「う、ぐすっ……ん……」
べそべそと涙を流すリシェーラの目元を蒼いハンカチで拭う。いっぱい泣いて落ち着いてきたみたいだ。俺のハンカチを持ったリシェーラは、自分で目元の涙を拭った。
俺はそっと彼女の頭を撫でる事しか出来ない。
「か……カイン……あのね……」
「ん?」
「————————?!」
恥ずかしそうに口を開いたリシェーラが、周囲に目を奪われて、そのまま急に絶句する。ハクハクと口を開閉させ、また泣き出してしまいそうな顔で俺を見上げた。
(ええ!?もしかして今の今までこの部屋の大荒れした惨状に気がついていなかったのか!?)
「こ、ここここここれ、もし、もしかして全部私が……?」
「………まぁ、うん。そうだね、リシェーラが……」
「そ、そんな……!そうだわ、怪我人は!?パーティは?!」
「お、落ち着いて。君のお兄さん達がちゃんと避難させてるから招待客に怪我はないはずだよ。パーティは、どうなってるのか分からないけど……きっと中止になるんじゃないかな」
「————っ!!」
リシェーラの顔がくしゃりと歪んだ、床に開いて置かれていた手が硬く握られる。
一番パーティを楽しみにしていたはずの彼女が、自分でパーティを壊してしまったんだ。それに魔力暴走の件もある。使用人に怪我を負った人がいることを伝えて、これ以上心身への負担を増やさせたくない。
俺の手は自然と、少女の握りしめた小さな拳の上に重ねていた。
「今は。部屋に戻って少し休んだ方がいいよ。パーティの事もさ全部それから考えよう……?」
「カイン……でも、でも……」
俺はこれ以上何も彼女に言ってあげられなくて、俯いた。そんな俺に、リシェーラは複雑な表情でぎこちなく口元に笑みを作る。「そうね。そう、よね」と自分を納得させるように呟きながら頷いてくれた。
揺れる瞳が此方を見上げる。
「……ごめんなさい、カイン……。少し、疲れちゃったみたいなの。えっとね、だから、その……ふにゃあ……」
「リシェーラ!?大丈夫か?」
力尽きたように崩れ落ちたリシェーラの肩を支える。
「……すぅ、すぅ……」
「ね、眠ってる?」
「すぅ……すぅ……」
返ってくるのは規則正しい寝息だけ。
「————はぁーー……よかった……」
安心したら、なんだか俺の体の力も抜けてきてしまった。
どっと疲れが出てきた。
うっかり俺まで目が閉じてしまいそうだ。
いけない、いけない。ここで寝室までリシェーラを無事に送り届けるまでが星巫である俺の仕事だ。
何度か頬を叩いて眠気に抗った俺は、起こさないようリシェーラを抱きかかえる。
改めて周囲を見渡せば、ひっくり返り脚が折れている机、ビリビリになったカーテン、割れた窓ガラス、散乱している料理—— めちゃくちゃだ、入場した時に感じた煌びやかな景色は何処にもない。
「……くそ……っ」
乱暴な言葉とともに、俺の視界が僅かに狭まった。




