☆13 約束の夜空
始まりは、兄の16歳の誕生日。
その日、エルドア家の邸宅の中では豪勢な誕生日パーティが開かれていた。
見つめる先の窓ガラスからは、室内のオレンジ色の灯りと人々の楽しそうな笑い声が漏れていた。
いいな。
もう少しで6歳になる5歳のカインが、庭の茂みの隙間からこっそり家の中を伺って羨望の眼差しを向けた。
灰色のくすんだ髪には葉っぱが付いていて、パーティには適していないボロの部屋着は土で汚れている。小さな足は幹で傷付いて赤い線が走り血が滲んでいた。
長く伸びた前髪の下には、ヘーゼルナッツの榛色の双眸が寂しげな眼差しを会場に向けていた。
—— いいか?お前は、誰にも会ってはいけない。我が家の恥だからな。
パーティの間、カインは父親の厳命によって家の中にも入れてもらえなかったのだ。それどころか来客の誰にも会わないようにと言われていた。
屋敷の敷地内から出ることも許されていないカインは、身が隠せる庭の木々や花々の間に居座るしかなかった。
「……早く終わらないかな。そしたら姉さんが美味しい食べ物を持ってきてくれるって言ってたもん……」
会場の方をずーーっと眺めていたカインは、やがて体の向きを変えて体育座りをすると、尖らせた唇を膝に付けながらモニョリと独り言を呟く。
「お腹、空いたな……」
最後まで心配そうに弟のカインを見つめていた姉は、家族が少年を置いて部屋を退出する中、一番最後まで残って言った。少年の肩と頬に手を置いて「いい?これはかくれんぼ。パーティが終わったら迎えに行くから待ってて?カインならきっと上手に出来るから。上手に出来たらご褒美に甘い物をあげる」と。
ひもじい。
先程から小さなお腹からクルクルクル……という空腹の音が鳴り止まない。
「……姉さん、遅いなぁ、まだ終わらないのかなぁ……」
5歳の子供が一人で待てる時間は、とうに超えてしまっている。それでも待っていたのは姉の言葉があったからだ。ご褒美をくれると言っていたから。
それでも。
「…‥ちょっとだけ、ちょっとだけ……移動しようかな」
寂しさと羨ましさ、そしてなにより飽きてしまったカインは、茂みを大きく揺らして小動物のように草木の間から顔を出してしまった。
ガサガサと音を立てて、タイルで整えられた庭の道に顔を出したカイン。
「きゃ……!? な、なに!?猫さん? 」
小さな声が響き、少ない街灯と会場から溢れる灯りが照らす薄暗い庭の中で、誰かが身を強ばらせたのが見えた。
まずい、人がいたのか。
直ぐに首を引っ込めようとしたが、幼い頭でも、もう手遅れになっていることは理解できた。既に身体は半分くらい外に出てしまっている、それにお腹も盛大に鳴り響いていたし。
「「…………………」」
静まり返った場。
恐る恐る先に口を開いたのは少女の方だった。
「ね……猫さん、じゃない?あなた、誰?」
「……ご、ごめんなさい。ぼ、僕は……え?」
謝ろうと思った矢先に、カインの目の前に白い一枚の羽が舞い落ちた。思わず顔をあげれば、少女の方も驚いたように目を大きく見張った。
目の前にいたのはひとりの少女。 薄暗い中でも、星の光とオレンジ色に近い灯りを浴びて輝く色素の薄い白金の長髪と宝石のような青緑色の瞳、桃色のドレスの開いた背中から白い羽が生える“天族”の少女だった。
人族よりも上位階級に位置する天族の子に、失礼をしてしまった!姉さんに見捨てられて、父さんたちには怒られる!
恐怖心が心を満たして、身体は強張り、泣きそうになる。
「ご、ごめん……ごめんなさい……」
幼い体は微かに震えていた。
自分の身体を守るようにうずくまって、頭を腕で覆う。
「……見つけたわ……」
頭を守っていたカインの手を、冷たく優しい小さな手が勢いよく包み込んだ。
「え?」
——この日、この時、この瞬間に、運命は変わった。変えられてしまった。
「見つけた私の星巫……! 貴方、名前は!?」
防御を崩しても殴るわけではなく、嬉しそうに話しかけてくる少女を、カインは困惑しながら見上げた。
少女はカインと同じ地に膝を付いて、同じ目線に居た。
「ミ、ミティ?僕は……カイン……」
口ごもりつつも、カインは自分の名前を答える。
「カイン! はじめましてカインッ。私はリシェーラ。リシェーラ・リリジア。天族の星花よ」
食い気味に質問してきたリシェーラの宝石のような青緑色の瞳が、星の輝きのようにキラキラと瞬く。頬は紅潮し、口元は嬉々とした笑みを浮かべている。
「これ、カインにあげる!」
少女は星の形をしたペンダントを首から外して、カインに手渡した。
「星の形の……ペンダント?」
受け取るカインは何処かで見たことがあるような気がして、首を傾げた。
それはそうよと、リシェーラは得意げに答える。
「これはね!自分の星巫なった人に渡すものなんだって、だから私の分はカインにあげるね」
「綺麗……いいの?ありがとうリシェーラ!」
「うん。……ねぇ、カイン。きっといつか、私だけの星巫になってね」
一人寂しく外で待っていたカインは、少女に求められたことがただ本当に嬉しくて、手のひらに置かれたペンダントを握りしめる。
「うん……!いいよ!僕、僕は君の星巫になる!」
「約束だよ、カイン!」
少年少女は、小指同士を絡めて星空の下で約束を交わした。
「うん、約束だ。僕は、絶対に今日のことを忘れない、忘れないよ!いつか君の星巫に絶対なってみせる!」
カインは、この日、この時の少女の笑顔も声も胸を動かした感情も、絶対に忘れたりしないと夜の星空に併せて誓った。
いつか、この誓いが果たされることを夢見て————。
リシェーラとカインでは力が釣り合わないと、親からこっぴどく叱れた上に、カインに対して呑み複数の条件を出されたのはこの後の事だった。




