☆11 お披露目パーティ
パーティ会場まで続く廊下を足取り重く進んでいく。
流石に両手両足が一緒に出るわけではないが、踏み出す足は鉄の枷が嵌められたように重く、段々と体が萎縮し始めてきているような気がした。着慣れない衣装のせいだろうか。
(うぐ……絶対違うよな……単に緊張してきたのかも……)
コツコツと定期的に鳴っているのは、リシェーラの履いているヒールのある靴が廊下を踏む音。何となく、俺は隣へ意識を向けた。
いつもよく背中を追いかけているのに、いつもよりおめかしをしている今日のリシェーラは横にいてくれている。
二人揃ってメイドさんに会場までの長い廊下を誘導されながら、足幅2歩分の距離感を保ったまま横並びで歩いていく。
ルーナは何やら別行動らしく着替えなどを行った部屋を出る時に和やかに手を振って送り出してくれた。
「いってらっしゃーい」
「あれ?なんで?」
「うん?」
俺はてっきり行動を共にするのかと思ってしまっていたから、不思議そうな顔をしているルーナに、うっかり「え?一緒に来ないの?」なんて尋ねてしまった。「……カインは、ルーナと一緒に居たいってことかな……?」と、目線を戸惑わせながらも遠慮がちに俺と交わ合わせてくる伏せがちな熱ぽい灰色の瞳、俺の返答を聞きこぼすまいと銀色の髪を耳に掛けた少女の、赤い薔薇色の口元は薄く笑みを象っていた。
案の定、リシェーラがまた怒るのだと思ったのだが……。顔の前で両手を左右に振りながら何度も交差させ、「だめだめだめー!」と俺とお慌てでルーナの間に割って入ってきただけだった。
(……まぁ、怒られずに済んでよかった、のかな?)
足取りが軽そうなリシェーラのゆるくウェーブのかかった白金の髪が、左に右にピヨピヨと揺れている。随分と嬉しそうな雰囲気を振り撒いているけれど、桃色のツヤのある唇は薄く笑みを浮かべて、身体の重心はブレている様子がない、足捌きはあくまでもお上品で気品がある優雅な仕草だった。
どこからどう見ても良いところのご令嬢だ。
気品ある少女の姿に、ホゥ……ッとため息を零したくなる。
俺も、しっかりないと———— !
「うりゃ!」
べしん!!と頬が音を立てて、ジンジンと痛む。
「カイン!?何をしてるのよ、そんなに勢いよく自分のほっぺを叩くなんて!」
「あ、あはは。気合い入れーみたいな?」
「よく分からないけど……あぁ、もうほら、赤くなってるわ」
怒っているような、心配しているような表情でリシェーラが赤くなっているという俺の頬をそっと優しく撫でてくる。
「!」
(リシェーラの手……、すごく冷たい……)
全く緊張していなさそうなのに、そう見えるだけで実はリシェーラもかなり緊張しているのだろうか。それとも、俺の気持ちがリンクもしていないのに伝わってしまっていたのだろうか。
リシェーラも……緊張しているんだ……。
そっか。
冷たい。
ひんやりしていて顔の体温がじわじわと奪われていく。
ひやーーん。
ん?
ひやーー。ヒヤヒヤー。
ん??んん?
冷気が凄まじい。顔が凍りつきそうだ。
んんんんんん?????
いや!!おかしい!!
「———— 冷、つめっっっっっった!!!何!?氷!?氷の手なの!?」
凍傷になっちゃうよ!!!
ヒリヒリとする頬に張り付いている少女の手をひっぺはがす。冷えた頬を温めようと陽を求め、日差しの差し込む窓際に張り付いた。少女の手の代わりに当てた自分の手が温い。思わず自分自身の体温に、ほ……っと、安心してしまう。
「ふふふー!私は元々天族だから、力が使えない星花といえど、手から冷気を出すくらい簡単なのよ」
嗚呼、せっかくお上品で気品あるご令嬢だったのに、一瞬にして、腰に手を当てて自慢げに胸を張る子供っぽいヤンチャお嬢様になってしまった。
「………」
「……カイン?え、あ、もしかして冷たすぎちゃったかしら。ごめんなさい、普段あまり魔法の力は使わないから、加減が出来ていなかったのかしら……」
「え!!あ、大丈夫!!何ともないよ」
面食らってしまっていただけなのだが、黙ってしまったことで彼女を不安にさせてしまったらしい。直ぐに否定したのに、信じてもらえずリシェーラは簡単に引き下がってくれなかった。
「……カイン、大丈夫?本当に?ほんとのほんと?」
「大丈夫、大丈夫!ほら、この扉を開けたらパーティ会場だろ?……俺は平気だから」
何度か目の問答で、リシェーラはやっと頷いてくれた。それから、リシェーラは豊かな胸の上に握った拳を乗せると一度深く息を吸って口から短く吐いた。
「開けて—————」
ゆっくりと、使用人によって開かれていく扉。
少しずつ動いていく扉の先から差し込んでくる光が、徐々に大きくなっていく。
鼓動が速い。カラカラになり狭まった喉へ無理に唾を飲み込めばゴキュリと音が鳴った。
完全に開いた扉の先に待っていたのは、
「———————————————————— ! 」
別 世 界 。
階段が付いて二階建てになった大きな白宮の広間を、気品溢れる貴族が高価な服に身を包んで埋め尽していた。広間の窓は開放されており、自然の先には太陽の光で草花は鮮やかに輝く。
白いクロスを敷いた猫足のテーブルの上には銀色のケーキスタンド、沢山の一口サイズの料理、白い皿が置かれている。
俺は甘く爽やかな会場の空気を深く鼻で吸って、浅くなっていた呼吸を整える。
触れたことのない世界に、胸が高鳴った。
キラキラ、キラキラ。目の前の世界全てが輝く。
何度も、何度も、何度も、たった一枚の窓ガラスを挟んだ外側から見つめていた眩しい世界が、広がっていた。
俺なんかが、入ってもいいのかな?
暗い一抹の不安が過ぎる。
「カイン?みんな私たちを待っているわ……!さぁ、行きましょう」
ひるがえる少女の白金の髪が、シャンデリアの照明と部屋の中に満ちる光を反射して眩しい。背中から生えた純白の羽が慈愛に満ちていて。笑っている宝石のような青緑色の双眸は、愉しげだった。
「リシェーラ……」
俺はいつものように手を引かれて、まるで光の方向へ導かれるように、のったりと戸惑いながら足を踏み出した。
一歩、そしてもう一歩、扉と廊下の境を越える。
「まぁ、見て……!リシェーラ様よ。大きくなられて……」
「お相手の星巫は人族よね、どこの家の方?あんな灰色の髪のご令じょ……ご子息?なんていたかしら……」
「さぁ……知りませんね。レネジア家といえば、エルドアのご令嬢かご子息なのでは?ご兄弟同士もそうですからな」
「人族のエルドア家に、あんな子いたか……?」
誰もがリシェーラと俺を横目で見やる。パーティを楽しんでいるフリをして、俺らに興味津々だ。扇子で隠した口は噂話が止まらない。
(聞こえてるんだよなぁ。ていうか俺、女の子にでも見えてるの!?)
流石に軽く落ち込んだ。
「ふふふーこんなに人が居るなんて驚いたでしょう?」
「え?あ、うん……びっくりしたよ色々」
得意げなリシェーラに、傷心気味だった俺は、てきとうに相槌を打ち、気が付いた時には「そうでしょう、そうでしょう」と嬉しそうなリシェーラと会話が食い違っていた。取り敢えず合わせることにしよう。
「ふふっ、今日のためにお兄様やお姉様にも協力してもらったのよ。先ずはカインに紹介するわ、あの雛壇にいるのが私のお兄様とお姉様で……あ!カインの兄姉が星巫よね、会ったことくらいあるかしら?」
俺の、兄、姉が、リシェーラの兄と姉の星巫。その話を聞いている時、ちょうど会場内の雛壇に俺の兄さんと姉さんらしき人が居るのが見えてしまった。温かい気持ちも空気も冷たく鋭くなった気がした。
「いや、ないよ」
「そう……、ならちゃんと紹介しなくちゃよね!」
「あ、うん。そう、そうだね」
「ふふっ、緊張しなくても大丈夫よ!お兄様はちょっと意地悪だけど……今日の為にいっぱい協力してくれたのよ」
壊さないようにしなくちゃ。
この微笑みも、きっと嬉しくて楽しい彼女の今の気持ちも。
壊したくない。
密かに、拳を握りしめた。
「あははっ。なら……ちゃんとお礼を言わないとだな」
できるだけ口角をあげて笑うようにしながらリシェーラと話して歩いていると、いつの間にか雛壇にいる人の顔が見えるくらいの距離になっていた。
肌を焼き焦がすような尖った視線を感じて雛壇を見上げれば。嫌悪に満ちた表情をした冷徹無常の兄の姿があった。
「っ……!」
兄さんが俺を見てる。
雛壇に上がる為の階段を、俺は足を震わせながら一歩一歩登る。
「お兄様、お姉様!ごめんなさい遅れてしまったわ、きゃあ!」
兄姉といっても、謝りながら礼儀正しくスカートの裾を上げて礼を取ろうとしたリシェーラに、一人の女の人が飛びつく。驚くリシェーラはそのまま抱きつかれて身動きが取れなくなってしまった。
「リシェーラちゃーーーーん!やだぁ、可愛いわー!最高だわぁ!」
リシェーラによく似た顔立ち、赤い薔薇の花飾りが映える濃い金髪、星花の証である青緑色の瞳、今日のパーティの主役かと見間違えそうな派手な赤いドレスのお姉さんは、リシェーラを抱きしめながら興奮気味に頬を擦り寄せていた。
「お、お姉様……!!苦し……っ。もう、今日はお客様もいらしてるのよ!恥ずかしいわ」
「やーーん!お姉様の愛の表現に恥ずかしがっちゃうリシェーラちゃん、可愛いわぁ」
そうか、この過剰な愛情表現をしてる人がリシェーラのお姉さん……!
「お姉様!お行儀良くして欲しいわ……!」
招待客からの微笑ましい視線を感じてなのか、兄姉以外の俺や俺の兄さんや姉さんが側にいるからか、ぬいぐるみみたいに抱きつかれているリシェーラは頬を赤く染めてお姉さんを嗜めようとしていた。
でも、叱ってくる妹すらも可愛いのか、逆効果だったらしく、より戯れつかれてしまった。
「ちょっぴり怒った顔も最高だわーー!やっぱりリシェーラちゃんは天下一の妹ね」
「……もう!!お姉様!!」
リシェーラがいい加減にしてと言いたげな口ぶりで姉を呼んだ時、側で彼女らをうんざりした顔で眺めていた男が動いた。
「おいリシェーラ。キサマは遅れてきただけではなく、この俺に挨拶がないとは、どういうことだ?」
白金の髪を手櫛で直しながら随分と横柄な口調だった。
なんかこう、リシェーラを捻くりまわしたような、眉目秀麗ながら性格は尖っていそうな印象を持たせる男だった。
「あ!ごめんなさいレイヤお兄様。お待たせしちゃってるものね。直ぐにお客様にも主催としての挨拶を……」
「はん!そんなもの、俺が代わりにしてやった。パーティはもう始まっている。悪く思うなよリシェーラ、キサマはせいぜい自由にパーティを楽しめ」
「え?!パーティはもう始まってるって……私とカインが来ていなかったのにどうして……!」
パーティの序盤には主催者が客人の前で挨拶—— パーティの開始を宣言するのと等しい—— をする場があるらしい。本当だったら俺も、リシェーラの隣に立ってこの雛壇の上で軽い挨拶をする予定だった。
主役の自分たちがいないのに、その挨拶は既に終わっているなんて聞かされたリシェーラは愕然として「私、そんなに遅くなんて来てないわ!」と薄笑いをしている兄に目尻を吊り上げた。
「おいおい怒るなよ、リシェーラ。お客様を待たせちゃいけないだろう?寧ろ感謝してもらいたいくらいだ。キサマだってお客様も含めてパーティは楽しいものにしたいだろう?」
「それ、は……」
彼女の兄は、ムキになっていたリシェーラを優しく諭す。
言葉とは裏腹に、何故だか小憎たらしい。いかにも妹の失態を拭ってやった心優しい兄といった構図になってしまっているが、その裏にある良くない感情は明け透けで歪だ。言葉に詰まるリシェーラも、きっと俺と似たような違和感を感じているのだろうか。
「どうせ、挨拶なんてパーティの中で嫌ってほどされるんだからな。開会の挨拶でお前の挨拶がなかったくらいで、誰も気には留めるわけない。この優しぃーお兄様に感謝してパーティを楽しんだらどうだ?」
あ、コイツだめだ。殴ろうか。
「———— 、そうね…!ありがとうお兄様」
初対面のリシェーラの兄が不愉快で、頭がスッと冴えてしまった俺の横で、少女は小首を傾げがちに純粋な笑顔を浮かべた。
「!」
目を丸くした後、苦虫を噛み潰したように表情が曇るレイヤ。ぐっと言葉を詰まらせると、口角を引きつらせた。
「ふ、ふん!せいぜい今を楽しんでおくことだな!!」
腕を組む横柄な態度と口振りのリシェーラの兄は、この状況も相まって、俺からすればすごい強がっているように見えた。
「—— レイヤ様。パーティも始まっています。あまりこの場で衝突しているように見えるのは少々……」
「ん?おお、そうだな!」
兄さん……!
レイヤの背中側から声をひそめて助言を行う高身長の青年はアルフ・エルドアという名前の俺の兄だ。襟足が長く伸ばされた茶髪は後ろで一つに結われ、俺を一瞥した藍色の双眸はキツく尖っていて何処までも冷たい。
兄さんの背後にひかえるのは、甘茶色の髪を頭の上で一つで結う藍色の瞳の相貌の姉さんだ。今日は兄さんも居るから姉さんはきっと俺に接触するつもりはないだろうな、その証拠に先ほどから俺の方を一度も見ようとしなかった。
(……?でも、なんだか変だ……)
なんだか姉さんの顔が青ざめているような。
「カイン、カイン。お兄様の助言通り、私たちは純粋に今日のパーティを楽しみましょう?」
「え?あ、ああ……うん……」
リシェーラに袖を引かれて俺は彼女を見下ろした。俺の事を見上げてニコニコとしている彼女は、特に何も気にしていないみたいだ。「あのね、あっちに私の好きなケーキがあるのよ。カインにも食べて欲しいわ」と、可愛らしく言ってきた少女は、スカートの裾を優雅に持ち上げ軽く兄と姉に礼を取ると白金の髪をひるがえした。
「カイン、行くわよ。ケーキを一緒に食べに行きましょう?」
「あ、うん!わかった……」
俺はリシェーラに続いて雛壇の階段を降りていく。
(嗚呼、やっぱりな……)
直感で感じ取ってしまった。リシェーラの兄姉を含め、俺の背中に刺さる視線は歓迎されているものじゃない。それはまぁ、想定済みだ。でも、解せない。
わざわざ俺がリシェーラの星巫になったと公表するようなパーティの開催を、どうして許可したのだろうか————?
(学園と同じように様子見をしているのか?でも、欠陥品の俺がリシェーラの星巫だって公表しちゃうのは、レネジア家の面子に関わることじゃないのか?挨拶をさせないほど認めたくないなら開かない方が良いに決まってる……)
それに、先程から招待客が全くリシェーラと俺の所へ近寄ってこない。興味深そうな視線で遠巻きに見つめてくるだけだ。近くにいる客ですら簡単な社交辞令で、そそくさと離れてしまう。
流石のリシェーラも何かを感じ取ったのか、眉間にシワを寄せてお気に入りの苺の乗ったタルトケーキを頬張っていた。力任せにタルト生地へフォーク突き刺したせいで、タルト生地がボロボロ壊れ、フォークの刃がお皿に届いてカンッッと音を立てた。
「……変だわ……。なんだか品定めされている気分よ。なんだか嫌な気分になっちゃうわ!あ……美味しい……」
「あ、やっぱり変だったんだな……こんなパーティとか出たことがないからよくわからないけど……えーっと」
俺も何を食べようか迷いながら、言葉を返す。
目の前で宝石の如く輝きを放っているのは、会場に用意された苺のタルトケーキ、生クリームたっぷりの苺ケーキ、カップケーキ、フルーツタルト、ベリーケーキ達だ。どれもこれも美味しそうだったが、最終的に俺は一番食べやすそうという理由から見た目がカップケーキのような生クリームたっぷりの苺ケーキを皿に取った。
雪山のような白いケーキにフォークを優しく入れて、一口。
「!!!!!」
おお……!意外とさっぱりとした甘くない生クリームで胸焼けしなくて済みそうだ。中の黄金色のしっとりとしたスポンジの中にも苺が詰まっている、見た目に反して甘酸っぱいケーキだった。
「お、美味しい……!」
とにかく、思わず感動してしまいそうなほど、すっごく美味い。
ぱくぱくとケーキを食べる手が止まらず、皿に取ったケーキをあっという間に食べてしまった。
「ふ、ふふっ。ふふふっ」
「んぇ?リシェーラ?」
何か可笑しい事があったのか。リシェーラは突然小さな肩を震わせていた。
「ふふふっ、カインってばそんなに目を輝かせて。んふふ、子供みたいに」
どうやら、俺が原因のようである。
俺は大袈裟なほどにケーキを美味しそうに食べていたらしい。何となく気恥ずかしくなってくる。ケーキのお代わりをしようとしていた手を俺は引っ込めて、テーブルの上に皿とフォークを置いた。
「普段こういうのは食べないからさ、珍しかったていうか。兎に角、凄く美味しかったんだよ……!」
「我が家のケーキは私もお気に入りだけれど、そんな風に喜んで貰えるなんて嬉しいわ」
「うぐ、そんな温かい微笑みをもらったら余計に食べにくいよ……」
リシェーラに揶揄われた俺は、食べていいのよと小さく笑ってくる彼女に勧められたけど、結局2個目のケーキに手を伸ばすことはしなかった。
それよりも……だ。
こうも遠巻きに不躾な視線を浴びているとむず痒い。どうにかならないだろうか。
リシェーラにこっそりと耳打ちをしようとしたが、耳に口元を近づけたところで、会場内が一気に薄暗くなってしまった。
庭に行くための窓は全て閉まり、カーテンが一斉に降りる、風に揺れたカーテンの隙間から太陽の光がチラホラと入り込んでくるが、急激な会場の変化に、何!?という人々のザワつきが大きくなっていく。
俺もその他大勢の招待客と同じように当たりを見渡す。緊張の糸が張り詰める。
コツンと背後のテーブルに腰が当たり、ハッとした俺は側にいたはずのリシェーラの手を握った—— はず、だった。
「……大丈夫だよカイン。これはただの余興なんだから」
「え?あれ、ルーナ!?なんで!?」
リシェーラとの間で、所在不明だったルーナが俺の手を取って楽しそうな顔を浮かべていた。
「見ててね、カイン」
「見ててって……何を……」
ルーナは軽くウィンクして、左腕を真っ直ぐ上へ挙げた。
「———— 唄よ、泡になってしまえ……」
ゆっくりと、交差された左手の指が擦られてパチンと音を鳴らした。
「らーーーーっ。らーらー♪ 」
閉まっていたカーテンが一気に上がると、雛壇の方から広間全体に歌が響いた。雛壇の上には二人の少女—— 空色の髪の少女と、桃色の髪の少女が紫と黄色の可愛らしい衣装を身にまとって壇上へと歩いて向かっているルーナと同じ唄を違う音程で重ね合わせていた。
会場中の誰もがルーナの歩く道を退いてでも作る。
そして、誰かが言った。「メロウシュガーだ!」
メロウ、シュガー?
果物?ケーキ?甘いものですか??
「わぁ、ルーナさん凄いわ!表情もいつもより明るくて本当別人みたいだわ!お話を受けてくれた時には本当かしら、なんて思ったけど本物なのね!」
隣でぴょんぴょんはしゃぐリシェーラに問いかけみる。
「なぁ、リシェーラ。メロウシュガーって……」
「え?カインってば知らないのかしら??ルーナさんって、学園に来る前はとある一座に居た歌って踊るメロウシュガーっていう踊り子の元一員なのよ」
ほへ。
「ゆ、有名なの?」
「もう!すっごく有名なのよ!学園の中でも噂になっているくらいだわ」
「へ、へぇー……そーなんだー……」
し、知らなかった!!
偶に学園内でルーナといると、視線が集まっていたのは理由があったのだと今更ながら分かってしまった。
ルーナ達の弾む音楽とやわらかい振り付けに魅了された会場は、歓喜に沸きたっている。
「—— リシェーラ、ごめん。俺は少し外に出てるから」
なんだか、凄く、歓声に包まれた会場の中にいたくなかった。
「え?カイン?」
「少し、人疲れしちゃっただけだよ。すぐに戻るから」
リシェーラに出まかせを言った俺は、ソッと庭へと移動した。
不思議な生物に出会うとも知らずに。
「—————— えーーと……?あの……初対面、じゃ、なかったですかな?」
草木が迷路の壁にも見えてくる庭園の中、俺は困惑していた。
「えっと……うん、初対面……だった、と、思います……」
ぽやーーんとした表情の12歳ほどの幼い少女が、首を傾げながら俺に抱きついていた。
「あ、えっと……人違い……いいえ、猫違い……かも」
「いや!どう見ても人間なんだけど!!?」
「………んと、そう、みたいですね?」
ぽややーーん、へにゃーーふわーーっとした掴みどころない空気に、俺はガクリと肩を落としたのだった。
「あ……、わかりました。まだ謝罪をしていなくて……、ごめんなさい」
いや、うん、それもそうなんだけど。まず人と猫を間違えるかなぁ普通。
困惑しながら成り行きを見守る俺の前で、肩で切り揃えられた黒髪と長く伸びた後髪を軽く手櫛で梳かしてホコリを払ってから少女はセーラーカラーの襟元に手を置いた。
青緑色の双眸が優しく微笑む。
「ありがとう、ございます。……じゃなかった。ごめんなさい。私、は、猫を探していたんですけど……」
ジッと此方を見つめた末に、困ったなぁという表情で少女は言った。
「うん、と……。あなたはやっぱり猫には見えないかも、です……」
「俺は!!人だ!!」
ふにゃー




