☆10 複雑な気持ち
俺は、事態を把握してようやく立ち止まった。
「あれ……、ここどこだ?」
これから先に続く通路も、通って来た通路も同じ景色が続いていてどうにも分かりにくい。来た道を戻ろうとして確か何度か廊下を曲がったはずだ。
えーっと、そしたら、あっちからきて、えっと……あっちに曲がるのか??脳内で広げた幼児の描いたような地図はカケラも役に立ちそうにない。
「はぁ……困ったな。こんなことなら、準備の段階から嫌がらずにもっとリシェーラの家に足を運んで構造を把握しておくんだった……」
永遠に続いていそうな廊下で途方に暮れる俺は、現実逃避も兼ねて窓から青空を見上げた。
——— そう、今日はついに来てしまった、お披露目パーティの当日である。天気は快晴。雲はゆっくりと行進している。
下を見れば、既に開場したリシェーラの実家であるこの屋敷には、昼前から着飾った大勢のゲスト(主に天族の有力貴族)が来訪していた。
(キラキラすぎて目がチカチカしそうだ……)
朝から何も胃が受け付けず、ちょっと気晴らしに散歩でもと適当にブラブラしていたら案の定、大規模な屋敷の中で迷子になってしまった。絶賛迷子中の俺は、廊下の先にて華美で高価な服を着て談笑している客人に気が付かれないようひっそりと移動する。
柱の影に隠れてこそこそと彷徨う俺の耳に、貴賓室から会場のホールに案内されていく客人の会話が入ってくる。
「まぁ、まぁお久しぶりですわね皆様。ねぇ、聞きました?末っ子の御息女がついに誓いをなさったのですって」
「ついにレネジア家の御息女も立派な星花になられたか。いやはや、どんな星巫なのか、楽しみですな」
「羨ましいわ、ご兄弟三人とも星花に開花されて……流石は二大公爵家に次ぐ侯爵家の系譜ですこと」
「今日は、王女殿下の付き人であるレオン様もいらっしゃるのですって……!」
「まぁ……!それは早くご挨拶しなくちゃ」
此処に集まる客人は、こんな廊下を彷徨っている俺がリシェーラの星巫になったなんて思わないだろう。
(参ったな…‥)
そろそろ俺も着替えなくてはいけないのだが、大勢の使用人は慌ただしそうに廊下を行ったり来たりしているし、とてもじゃないが話しかけられる気がしない。
「あ、いたいた……カイン……」
「ひぃ!」
ちょうどその時パタパタと俺の方へ近寄ってくる足音が聞こえてきた。ひぃ!としゃがみ込んでいた体全体を跳ね上げた俺が顔を上げてみれば、ルーナだったのだが。なんだぁ、ルーナかぁ……では終わらない。
「……なんだ、ルーナか……ルーナ?」
「こんなところにいたんだ。リシェーラさんがお冠だよ、カイン……。カイン?おーい、カイン?」
銀色の長髪の一部を頭の上で二つのお団子にし、ツノのようにみたてた髪型。紫と桃色の可愛らしい衣装—— 胸元中央に紫色のリボン付き。そこから輪を描く薄紫色の半透明な羽衣が腕に巻き付いている衣装は、スカート丈が短く、柔らかい素材の長めのブーツからは太腿の中へと続くベルトが隠れていた。
なんだかこう、異次元の存在が舞い降りたみたいな感じだった。
「……もしかして、カインってば、ルーナのこの格好に見惚れちゃってるの?どう、可愛い?可愛いかな……?」
ルーナはここぞとばかりに上機嫌で様々なポーズを取ってみせる。ポーズの過程でクルクルと回ったルーナの背中には、天族の証である白い羽が生えていて、腰には衣装に付けられた桃色の布製の柔らかいベルトがひらひらと揺れ、まるで尻尾が2本あるように見えた。
「……そ、そういう答えにくいこと聞かないで……」
「二択なのに……」
ルーナは垂らしている銀色の髪を掴むと、腕を交差させ顔の周りに巻きつける。唇を尖らせているが、頬が赤くなっていた。さっきいろんなポーズを俺に見せつけるように取っていたが今更羞恥心がやって来たんだろうか。
「……ふぅん……じゃあ、リシェーラさんに聞かれてたらなんて答えるつもりだった……?」
「……リシェーラは今関係がな………」
可愛いなんて口籠もってしか言えない自分を隠すように顔を背けて、リシェーラは今関係がないだろうと答えようとした俺は、はたと、自分の置かれていた状況を思い出す。
見たことがないルーナの意外な姿に目を奪われてしまっていて、ちょっとの間だったけれどすっかり忘れてしまっていた。そうだ、着替える前に時間が合ったから屋敷の探検に出ていた自分はそのまま迷子になっていたのだった。
ま、不味い!あれ、そういえば、さっきルーナがリシェーラが怒ってるとかなんとか言ってなかったかな!?
「どうしよう、これ以上戻るのが遅くなったらリシェーラに怒られる……!」
きっと顔が青ざめていたであろう俺を、ルーナは眉を下げ腰に手を置いて「しょうがないなぁカイン……」と小さな笑みをこぼしていた。
「私が、リシェーラさんのところまで連れて行ってあげる」
「……自分の家みたいな顔してるけど、ルーナも招待客だよね?」
腰に手を当てて胸を張ったルーナは、何故だか得意げで、自分の家を案内してあげるよくらいの勢いだった。
「細かいことは気にしないくていいよ……。寧ろこのくらいの広さで迷っちゃうカインの方に、ルーナはダンジョンの中で大丈夫なのか聞きたくなっちゃうんだけど……」
「細かいことは気にしないでくれよ……。ダンジョンは迷っても意外と平気なんだ」
「それ、あんまり言わない方がいいよカイン……。カインが迷ってれば迷ってる分、その間にどんどんダンジョンは地上へ落下していくんだから」
「うぐ……迷ってる間に、災妖星に出くわすかも、だし……」
「まぁ、災妖星はダンジョンのどこにいるか分からないっていうもんね……」
手を繋いで俺とルーナは子供の頃の様に適当な会話をしながらテクテクと歩いていく。どこか胸の奥が温かくなり、懐かしさを感じてしまう。
でも、その次に思い出すのは先日のこと。図書塔でルーナに八つ当たりをしてしまったこと。
(……つい、自然体で話してたけど、謝らなくちゃいけないんじゃないか??)
俺は俯き始めた顔を上げて、この胸の内を必死に伝えようと口を開いた。
「ル————!!」
「謝らないで」
「っ……!?」
まるで心を読んだみたいに、ルーナが声を被せる。
俺より一歩前に進み出た少女の表情は、髪に隠れてしまっていて俺からは見えなかった。
「カインが悪いわけじゃないから……。謝らないといけないのはルーナの方でしょ?」
繋いでいた手。そのお互いの手が少し湿り始める。
ルーナの手を離そうとしたけれど、小さく震えているのが伝わって来てしまって、俺はギュッと握り直した。
「もし、さ。ルーナが話したくなった時があったらでいいから。いつか話してくれる、かな」
「————カイン……」
「ん?」
「そこ、ちょっと危ないけど……」
「へ?」
銀髪の少女が振り返った。フワリと髪が舞って、柑橘系の香りが漂ってくる。だから少女の微妙な顔つきの表情の意味を、言葉の意味を考えず、香りに気を取られて反応が遅れてしまった。
「ああもう!!カインは一体、どこに行っちゃったのかしらーーー!」
「へぶぅっっっ!!!」
俺は、金のドアノブがついた(リシェーラが力いっぱいに開いた)白い扉に吹き飛ばされた。
「まったくもう!もう!もうすぐパーティが始まっちゃうのに、何処に行ったのよ!まだ見つからない……あれ、ルーナさん?」
「………あーあ………。はぁ、私が見つけて来てあげた」
「え?どうして床なんて指をさして……って、きゃーー!カインーー?!なんでそんな所で寝転がってるのよ!」
「……貴方が今さっきドアで吹き飛ばしたからだけど?」
ぐ、くふぅ。
今の気分はあれだ。死にかけの虫みたいな。
「いったぁぁぁぁ……」
寝違えった時みたいに痛む首筋をさすって起き上がる。吹っ飛んで負ったかすり傷よりも、当然ながらドアが直撃した頬と捻った首の方が重傷だった。
ズキズキ、ヒリヒリ、ジンジンと皮膚の外からも内からも痛覚が攻防戦を繰り広げている。涙が出そうだ。
「カイン、安心して。今、私が治してあげるわ……」
お慌てで(リシェーラの方が半泣きだった)側まで駆け寄ってきて膝を地に付き、俺と【盟約発動】を行うリシェーラ。
(あれ……?)
リンクが発動しているおかげで、リシェーラの祈りによって傷が回復すると、俺は気持ちに余裕もできて周囲へと目が向けられるようなった。けれど、どうしても目の前の白金の髪の少女に視線が留まってしまう。
鮮やかな青色の布に水色と白色の配色がなされた、甘さと落ち着きの雰囲気があるドレスを着込み、編み込みのハーフアップをされた緩くウェーブのかかった白金の長髪は、ドレスと同じ配色の花達で飾られている。
ドレスの丈はしゃがんでも足元まで隠れてしまうくらい。厚めで上品なスカートの生地から、フンワリ軽い生地が顔を覗かせていた。
(か、かわ……ひぃ!!)
思わず見惚れてしまったが、ルーナからの無言の圧力にビビりまくった俺はリシェーラから顔を逸らした。耳が異様に熱くなっていく。
———— 顔を背けて、目の前の少女に抱いてしまった感想は胸の中に封印した、ばすだった。
「……か、可愛い……かしら……?」
し ま っ た ! !
ダンジョンの中でやらかした事を、もう一度やってしまった。
今は【盟約発動】中。俺のちょっと和らいだフニャーとして浮ついた気持ちが、あろう事か本人であるリシェーラにも伝わってしまったはずだ。
ぽ、ぽ、ぽぽぽっと真紅に染まる頬に手を置いて、リシェーラはチラチラと俺の方に期待を込めた視線を送ってくる。
「……ちょ、ちょっとだけ張り切って準備しちゃったのよ。どう、かしら……?」
モゴモゴと口籠もりながら問いかけてくる少女から俺は徐々に顔を逸らす、心の中では汗がダラダラと大量に流れていた。
右を見ればキラキラとしたリシェーラの眼が、真正面を見れば今にも俺のことを射殺ろさんとする極冷の視線が。しかも、どっちからも色々な雑念が送られて来てるような。なにこれ、怖い!
肌がじとりと汗ばんでいる気がする。
今日は心地よい風が吹いていて、地肌の汗を冷やし体温を奪っていく。
暑い寒いの状況に、俺は耐えきれず唇を震わせて……。
「……だ、だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!リシェーラ、盟約を解除してくれぇぇ。解除、よぉぉきゅぅぅぅ」
大きな口を開けて喉の奥まで開いて俺は叫んだ。
長い廊下に、声が反響していく。
この後、使用人さん達に支度を整えてもらっている間で冷静になった俺はふと、迷子になるほどの広さがある屋敷のどこまで聞こえたんだろう俺の心のうちを詰め込んだ叫び声は、なんて事を考えてしまった。
「———— なぁ、これ本当に大丈夫かな……」
高級な生地から作られた洋服に袖を通した俺は、衝立から顔を覗かせたリシェーラへと落ちかない気持ちごと吐露すれば、「……えぇ!大丈夫よ!」と満面の笑みを浮かべてきた。
それ、大丈夫じゃない時のアレじゃないですか?
「ねぇ、これ、本当に、大丈夫かな……!?!?」
「えぇ!カインによく似合ってるわ」
俺の前に鏡が運ばれてくる。
ほら確認してみて下さいなと言わんばかりに、鏡の前へと立たされてしまった。
自信ありげなリシェーラと、私たちやりきりましたっみたいな達成感で額の汗を拭う使用人さん達に背中を押されて鏡を見れば、ラメの入った青ピンで軽く整えられた灰色の髪、榛色の双眸が不安そうに揺れる中性的な顔立ちの少年が、自信なさげに服を弄りながら鏡の中に立っていた。
リシェーラのドレスの鮮やかな青色よりも深い色合いの瑠璃色と白の衣装—— 銀色の装飾がなされた、上着の丈が長く、右肩からシルクの白い布を垂れ下げた衣装に、手には短い白手袋、腰からはツヤのある黒い皮ベルトと俺の銀色の細剣である《妖星武器》が下げられている。
「ルーナも、今のカイン、すごくいいと思う……」
「そ、そう?あ、あはは……。あははー、ちょっと、照れ臭いな……」
あまり自信が持ちきれなかったが、お世辞を言われている気もしないし、きっとそこそこ見られるくらいにはなったのだろうと鏡から目を離す。
(……見たくないな……)
現実で笑って褒め言葉を受け取る背後で、鏡の中の俺が、そう言った気がした。
もう一度、振り返って確かめる気もない。
鏡に背を向けたまま、俺はパーティ会場へと向かった。
パーティはこれからだい!




