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☆プロローグ

 

 —— この、欠陥品が!

 頭に響くのは、いつも言われていたその言葉。


 吹き荒れる風に乗ってきた鋭い斬撃を俺は避け切れず、斬撃は目元の上の額を掠めていく。

 皮膚が切れた瞬間の痛みと、伝ってくる赤い血。


「っ……」


 敵を目の前にして不利な戦況の最中、肩で息をしていた俺は瞳を閉じて深く息を吐いた。


 —— 弱い奴が出しゃばってくるな!

 此処にあの人が居たら、きっとそう言う。


 いつだって。なんだって。

 何をしても、どんな結果であっても、俺の成し遂げる結果は兄や姉より劣っていた。

 だから、

 —— お前は、無能だ。欠陥品だ。家の恥だ。

 そう言われ続けてきた。


 だけど、

 —— そうじゃないわ、自信を持って。貴方ならできるわ。

 と、彼女はいつも言った。言ってくれた。


 あの時もあの時も、彼女が俺のことを諦めてくれていたら、どんなに楽だったろうか。本当に楽になれたのか、どちらがマシだったのかなんて自分でも分からない。

 何もせずにいる日々を送ることだってきっとできた。だけど俺は、こんな俺でも、こんな俺だけど、必要だと言って信じてくれた彼女の期待に応えたいと……そう、思った。


 額から伝う赤い血が入らないように閉じていた瞼を開く。

 幾分か頭がクリアになっていた。

 そうだ、譲ってはいけない、絶対に。


「俺に、力をください。君を、守り抜けるだけの力を————!」


 直ぐ隣に控えるは、白い羽を背に宿した白金の髪の少女。戦いの中で傷が増えて血を流す俺のことが心配だったのか、宝石如く輝きを放つ青緑色の瞳を戸惑わせていた。けれど、俺の言葉を信じるみたいに強く頷き、小さく息を吸って胸の前で白い両手を組み合わせて祈るように言った。


「—— カイン、貴方に栄光を……!!」


「おおおおお————!」


 少女から支援をもらって力がみなぎった俺は走り出しては勢いよく宙高く跳躍した。着地する目標地点には、こちらへと手を伸ばしている三つ目の敵の姿が。

 歪な笑いを浮かべて、俺を見上げていた。


「さぁサァ!!アソビマショう!アソビマショウ!!キゃハハハ!!」


 甲高い笑い声をあげる敵をうつため、俺は空中で銀色の剣を振りかざした。

 はず、なのだが、剣の重みに引っ張られるようにガクリと背中はのけぞる。次いで、がたーーーーんっと大きな音が鳴った。


「——— うが!!」


 タイミング良く、椅子が思い切り倒れた音が大きく響き渡り、頭を強打した俺は「いってぇ」と起き上がった。

 あれ?ここはどこだ?

 訳も分からず、何となく辺りを見渡してしまう。なにか変な夢を見た気がしたけれど、椅子ごと転げた衝撃の痛みで夢の内容は何処かへ吹っ飛んでしまっていた。


「………うぁ……??」


 星が視界の中でチカチカまたたいている。

 額と床に手を置いて顔をしかめた。


「……昨日は緊張で眠れなかったからな、考え事をしてたらいつの間にか眠ってたな……」


 そのうち、クラクラとした目眩が収まり始めた。

 視界の中で回る星たちを取り払うみたいに頭軽くを振った俺は、椅子を持ち上げて座り直す。頭も体も痛いが、まだ眠い。


「うーーー、あーー……」


 一度寝てしまおうかと考えながら、古ぼけた椅子を揺り動かす度、その椅子の脚は使用限界に達しているのか悲鳴を鳴らしていた。


 掃除だけはされている低い天井に狭い部屋。

 本棚と机、椅子、ベッドはどれも年代もので価値の低い質素な物ばかり。


 此処は王都から6時間ほど馬車で揺られて居なければならない程度に離れた普通の小さな都市。


 皇家よりその土地の自治を賜っている貴族は、小さな屋敷を都市の中に築いていた。

 もちろん俺は今そこに住んでいるわけだが……幾人もの使用人、高価な服に身を包んだ家主とその家族が穏やかに暮らす屋敷の中に居場所はない。

 俺の居場所は、使用人用の裏階段からのみ上がれる今この場所、この屋根裏部屋である。


 今更自分の待遇と部屋の環境を嘆くことはしない。それよりも、気になるのは別のことだ。今日は、俺にとって人生を決める日と言っても過言ではない。


「そろそろ……結果が届く頃かな……」


 座り直してから何気なく手に取った水色の封筒。

 机の上に目を向ければ同じ封筒が束になっていて、その厚さは一冊の本に及んでいた。どの封筒にも、俺の名前が一枚一枚丁寧に綴られていて、中身も封筒と同じように丁寧な文字が書かれていたのを俺は覚えている。


 最後に俺の元に届いたこの手元の手紙も同様だ。

 中身は、ある少女から俺への激励。それが羊皮紙10枚にも渡って書かれている。


「はぁーーーーーーー……っ、これでもう何回受験したんだか……。これでダメならもう俺のことなんて諦めてもらうしかないよね……。いや、流石に諦めるよな……」


 半ば諦めているのは、先日受けた受験ではなく編入試験の合格通知が届くこと。

 既に俺のことを諦めている父親からも、今回の編入試験の結果を以て馬鹿げた受験は終わりにしろとお達しが下されていた。


 親でさえ俺のことを諦めてしまうほど欠陥品でしかないのに、豆に届く手紙の送り主はよく飽きもせず、諦めもせず、見限りもしないものだ。


「本当……なんでこんな俺みたいなのを信じてくれていんだか……」


 頬杖を付きながら少女へ想いを馳せた俺の耳に、屋根裏部屋の扉をノックする音が届いた。


 返事をして扉を開けてみれば、ぶすくれた表情のメイドが「カイン様、注意をしに来ました。椅子を揺り動かすのはやめていただきたいと何度も言ってるじゃないですか!!それからこれは次いでです」と、乱雑に俺の胸へ一通の封筒を押しつけてきた。


 金色の刺繍が入った封筒が、グシャと潰れる。先程から待っていた物が無残な姿に変わり果ててしまって、俺は思わず「あ……」と悲しい声を上げてしまった。


「とにかく!!伝えましたからね!!椅子を揺り動かすのはやめてください!いいですね!?」


 乱暴に扉をしめるメイドに、俺は君の方こそ音を立てているのではないのかと疑念を持ってしまったが、今はそれどころじゃないぞ。この封筒を開けて中身を確認しなくては!


 いそいそと机に戻り、封筒のシワを丁寧に伸ばした後、震える手でペーパーナイフを使って開封する。中には色々書かれた羊皮紙が一枚。

 恐る恐る、折りたたまれた紙を開く。


「 っ!!」


 一番大きく書かれている文字は————、


「———— 嘘だ」


 “合格”の二文字だった。

 見間違いかと目を擦った後に、もう一度ジィッと見つめて確認する。やっぱり文字は間違えじゃないみたいだ。


「……や、やった……やったのか……?俺……俺……」


 手も声も震え、息を吸うことも忘れてしまいそうだ。この感情をなんと表したら良いのだろう。

 安堵、歓喜、感動、達成感、衝撃、そして不審感。一気にいろんな感情の波が押し寄せてきてどの感情を優先させたらいいのか分からなくなってしまう。

 最後には通知書を胸の中に抱きしめて、報われたという安心感の中に酔いしれる。


「は、ははっ。やっと……やっとだ……。やっと此処から始められるんだ……」


 君の隣に立ち続ける日々を。


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