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策士策に溺るる……

 いよいよお待ちかね、浮音たちによる真犯人との対峙です。

 二、三日ばかり経ってから、浮音は府警の懇意の刑事、牛村警部と女将親子に協力を仰ぎ、事件終息を正式に告げる集いと称して関係者を元の小見邸へ昼食に招いた。もちろん、その中には疑惑の人物、小見彰も含まれていたのだが――。

「実は、ここにきて、真犯人に関する意外な証拠が見つかったのです」

 軽い宴席が済んで、有作が持参したサイフォンで淹れたコーヒーで皆が一息ついているところに、牛村警部がそんなことを言い出したのだからたまらない。あっという間にその場は静まり返ってしまった。

「ほう、意外な証拠! 親父殺しの汚名を着せられた身としては、ぜひとも聞きたいものですね」

 ゆるく整髪料でまとめた髪をなおしながら、当てこすりのように言う彰へと険しい目線をくれる菅谷親子を横目に、警部は話を続ける。

「数々の証言をもとに、小見さんのアリバイが立証されたのは確かでした。ただ、よくよく考えてみますと、そもそもお父様の死亡推定時刻そのものがかなり怪しいのです。なにせ遺体は、転がっていた電気カーペットの熱が原因で、司法解剖はしたものの、正確な死亡推定時刻が割り出せたとはいいがたいのです」

「――極端な話、一度出たように見せてからまた戻って、絞め殺してから電気毛布をかけて出ていく、なんてことも可能ではないんですよね」

 警部に続いて瑞月が、彰の当夜の動きを記した、手帳のメモを彼へ見せながらつぶやく。

「君たち、無礼だぞ! そんなことを言うためにわざわざ呼んだのか。だいいち、あれはどうなんだ。父が習慣にしていたという、湯たんぽの残り湯を捨てた痕跡というのは――あれはどうなんだよ!」

 顔を真っ赤にして激昂する小見に、浮音はまぁまぁ、と、袂から手をのぞかせてなだめる。

「その件なんですが、僕のツレがさっきから上で実験中でしてなぁ。ぼちぼち上、行ってみまひょか?」

 いつの間にか姿を消していた有作の行方が分かると、一座はそのまま二階へ上がり、六郎の部屋だった一角で待ち構えていた有作の元へと向かった。

「――カモさん、大当たりだよ。うまい具合に溶け出してる」

 窓の外へと一同が目を向けると、屋根瓦の上で大学ノートくらいの大きさをした、薄い氷が日向を浴びてじわじわと溶けているのが見えた。

「これがアリバイを無に帰す、トリックの真相ってわけですわ。湯たんぽに使うのと同じ井戸水でうすい氷をこさえて、殺害のあとでここへそっと置く。いくら夜で日差しがないといっても氷は解けるから、あとはそれが勝手に、晩から朝にかけての冷え込みで凍るのを待てばいい。遺体は電気カーペットで温められて死亡推定時刻もややブレる。これで見事、同時刻のアリバイも強固になるっちゅうわけや。ここらでひとつ、素直になったら如何?」

 この毒っぽい浮音の物言いが、いくらか鎮んでいた彰の神経を逆なでた。

「君たちはなんだ、私をこんなところまで連れてきて、今更過ぎた事件を蒸し返す気かね」

「ところがどっこい、それだけやのうて、ちょっと怪しいハナシもあるんよ。――瑞月ちゃん、きみの仕入れた情報、皆さんへ教えてあげて」

 浮音が目線をくれると、瑞月は手帳を手繰って、

「一年前、あなたが事務所から遠く離れた、寺町の電気店で配電盤用のヒューズを購入していたのを、ご店主が覚えていたそうです。小型サイズで、なおかつ高アンペアに対応している、かなり珍しいタイプのものを探していたということで、よくご記憶でしたよ」

「現場検証の書類を中京署に頼んで見せてもらったら、なぜかこの部屋の安全器にだけ、高アンペア仕様のヒューズが取り付けてあったそうだ。当時はホトケさんが、カーペットを使う時にすぐ飛ばないよう、横着して取り付けただけだと片付けられていたが、今にして思えば、契約用のブレーカーより高い数字にしておけば、多少きつくカーペットをかけておいても、そう簡単にはヒューズが飛ばないからな。よく考えたもんだよ」

 瑞月に加えて、牛村警部も内ポケットへ忍ばせた書類のコピーをちらつかせながら彰へ迫る。

 が、とうの彰は愉快そうに肩を揺らして、

「それならきちんと説明はつきますよ。そのころ扱っていた物件に、ここみたいにまだヒューズを使っていた物件がありましてね。いちおういざという時のためにと、近所のその店で買っておいただけですよ。わざわざ調べをつけたようだが、時間の無駄だったようですね――」

 彰の自信に満ちた返答に、決定的な証拠を掴んだと思い込んでいた菅谷親子の顔はどんどん青くなっていった。と、その時、

「――あっ」

 開け放っていた窓からの冷気をしのぐため、目盛りを最大にしていた電気ストーブがヒューズを飛ばしたのか、部屋の明かりとストーブが一時に落ちてしまった。

「どうしよう、ヒューズが落ちちゃった。おじさん、替えてくれない?」

「彰さん、お願いできませんか。ちょっと水仕事をした後だから、私も手が湿っていて……」

 親子の頼みに彰はちょっと苦い顔をしたが、すぐに部屋を出ると、そのまま玄関先にある配電盤のところへ向かい、何のためらいもなく、六つ並んだ真ん中の安全器を開いて、真下の靴箱の中にしまってあった道具箱の工具で新しいヒューズと手際よく交換してみせた。

「義姉さん、これで復旧できましたよ。そろそろいい加減、契約とブレーカーを変えたらどうですか――」

 安全器を戻し、振り向きながら背後にいるはずの義姉へ声をかけた彰は、そこに集まっていた菅谷親子や浮音たち、そして何より、先頭に出ていた牛村警部に気付いた彰は、半歩後ろへ下がった。

「な、なんです、こんなに集まって……」

「――みんな、今の見たな?」

 牛村警部の言葉に、その右隣へ一歩踏み出た浮音が、ああ、しかと見届けたで……と、薄く笑いながら答える。

「あんた、どうして切れたヒューズの安全器がそこだとわかったんだ。そこにゃあなんの目印も書いてないんだぞ?」

「どうやら、最後の最後で仕掛けの糸がもつれたようやな。ご愁傷様……」

 警部と浮音の言葉に、彰の顔がどんどん青くなっていくのが有作たちには分かった。一年にわたる空白ののち、小見六郎殺しの真犯人として、小見彰が罪を認めたのはその直後のことであった。


 はたして全体の絵解きは如何に? 続きは次話で。

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