お好み焼き屋の一幕
本編中のお店は名前こそ出ていませんが同じ場所に実在します。美味しいのでお近くへお寄りの際はぜひとも……。
いくらか気分の収まった恵一と別れると、二条駅をかすめ、堀川通から烏丸今出川のほうへ流れながら、浮音は重たい足元でアクセルとクラッチを切り、ラッシュアワーと夕闇の迫る千本通へ愛車・シトロエン2CVを走らせた。そのまま解散をするのはどうもしまりが悪いという浮音の提案で、一行は今出川の家へは戻らず、烏丸通を南へ下って四条へと出、駐車場にシトロエンを止めてから、寺町のアーケード下にある馴染のお好み焼きの店へと繰り出したのだった。
「こうも陰気やと、次の振り出しもよう出来んわ。ひとつ景気よく、ブタでもイカでも、好きに焼いて食べてこうやないの」
運転のため、革のブーツへ履き替えた足を組みながら、浮音は羽織の袂をまくり、臨戦態勢に挑む。一通りの注文も済み、遅ればせながら運ばれてきたお冷のグラスを手元へ置いたまま、浮音たちは気分を変えようと他愛もない世間話に興じていたが、そのうちに浮音が、はて……と、煙草を持つときのような仕草のまま固まってしまった。
「カモさん、どうかしたの?」
「――佐原くん、きみ、あの家でヒューズを替えたやろ。あの家のアンペア契約、なんぼか覚えとるか」
浮音の問いに、背の低い恵一の代わりにヒューズを交換した有作は、こめかみへ指をあてながら、
「たしか一五アンペアだったよ。あれじゃ、一度にたくさん家電をつけたら、すぐにヒューズが飛んじゃうね。けど困ったよ、安全器が六つあって、どれにも部屋が分かるような目印がないんだもの。あちこち開ける手間がかかって大変だったよ」
「でも妙ね。たしか、キーパーさんが見つけた時、部屋の明かりもまだもついてたって、どこかの記事に載ってたはずよ」
瑞月が補足すると、浮音は腕を組んだまましばらく黙っていたが、やがて、ははあ……と、口元へ笑みを浮かべてみせた。
「――浮音くん、何かわかったの」
グラスに入ったワインをなめていた瑞月の問いに、浮音はまぁな、と、得意げに答える。
「瑞月ちゃん、ちっと当たってもらいたい人らがおるんやけど、どやろ?」
「――本場のポートワイン一瓶でどう?」
ドライな態度の幼馴染に、浮音は頭の後ろへ手を組んで、証拠がつかめりゃ安いもんや、と、ケロリと返す。
「この寒い中、一人っきりで歩き回るンはどうも億劫でなぁ……あれ?」
「あら、袂がびしょぬれ」
ふと、袂に妙な違和感を覚えた浮音は、瑞月の指摘に慌てて袂を引き上げた。見れば、お冷のコップがすっかり結露して、テーブルの上に小さな水たまりを作っていた。それがいつの間にか、羽織の袂を濡らしていたのだ。
「あーあー、こらひどい」
「カモさん、ハンカチ貸そうか」
有作からハンカチを借りると、浮音は濡れた袂を苦々し気にぬぐった。が、それをよそに有作はコップの中に入った氷を掴みだして、
「珍しいなあ。ずいぶん小さい氷だよ、これ」
と、板チョコをひとかけにちぎったくらいの大きさの氷を二人へと見せた。うっすらとレモンの果肉のようなものが見えるところからすると、どうやら香りのついた、ちょっと変わった作りの氷らしい。
「こないなことせんでも、普通にレモンと四角い氷を入れときゃええのに……」
そこまで言いかけたところで、浮音はハタと固まり、湯気を立てているブタ天とコップの中間地点をにらんでいたが、そのうちに勝ち誇ったような笑みを浮かべて、
「――二人とも、さっそくこのあと、作戦会議といこか。まずはこいつを食べてから、やな」
と、慣れた手つきでブタ天を四つに割り出すのだった
【解説】
電力会社が居住者と契約して設置するのが、契約した数値以上になると切れる「契約ブレーカー」。
それとは別に、各部屋の使用電力が許容値を超えた時に落ちるのが一般的には区画(部屋)ごとのブレーカー、
この場合は安全器ということになる。たいてい、契約ブレーカーのほうが許容範囲は広い
ので、使いすぎると真っ先に区画ごとのヒューズやブレーカーが切れたり落ちるようになっている。