あの夏の日
夏休み。
同窓会というほど堅苦しいものではないが、何となく集まる方向で話がまとまり、久しぶりに再開した高校時代の悪友共。
場所は近くの居酒屋。中には常連もいるような馴染みの店だ。
皆一端の社会人になり、早い奴はガキまで作ってる。
気楽な俺はまだ結婚どころか、彼女もいない。
集まったのはヤロウばかりなので、俺が女を作らない事に話題は集中した。
「お前、高校の時モテてたよな? 何で彼女いねえのさ?」
「そうだよな。何でだ?」
「まさかお前こっちか?」
「ちげーよ! まだ俺がガキなだけさ」
するとその頃一番親しかった信二が言った。
「もしかして、お前まだあれ引き摺ってんのか?」
「おい!」
隣にいた晶が信二を嗜めるように睨んだ。信二は、
「あ」
と小さく叫び、黙り込んだ。
「あの事って何だよ?」
「何でもねえよ。気にするなって」
晶は俺の空になったコップにビールを注ぎながら陽気な顔で言った。
「お、ありがと」
俺は零れ落ちる泡をズズッと吸い、一気にビールを飲み干した。
同窓会モドキは大いに盛り上がり、二軒目の店に行く話に発展した。
「翔の知り合いの店でさ。結構いい子がいるぜ」
すっかり酔いが廻った幹夫が言った。すると翔が、
「夜行くからそう思えるのさ。昼間会うとビックリするぜ」
俺達はそれに爆笑した。
「あ、そうだ、こっちが近道だ」
神社の脇まで来た時、翔が行った。
「ここを通り抜けた方が早いんだよ。俺のいつものコース」
「ええ? やだなあ、こんな真っ暗なところは。俺は遠回りでも道を行くぞ」
信二が言った。すると翔は、
「お前昔から怖がりだったよな」
「関係ねえよ! 暗くて足元が見えねえから、やめといた方がいいって言ってんの!」
しかし信二の「抵抗」も空しく、俺達は神社を通って向こうの通りまで出る事になった。
「どうせならさ、一人ずつ行く事にしねえか?」
酔っ払いの幹夫が提案した。
「おお、肝試しっぽくていいねえ。こんなに蒸し暑い夜は、絶好の肝試し日和だな」
陽気な声で晶が賛成した。信二は嫌そうにしていたが、また「怖がり」と言われたくないのか、何も言わなかった。
ジャンケンで順番を決めた。俺は運の悪い事に最後になった。
「畜生」
そう呟いて、一番手の信二が境内に入って行った。
「出るぞ出るぞ、信二!」
「うるせえよ!」
翔の煽りに信二は怒鳴り返した。
次にその翔が、そしてその次に晶が、さらに幹夫が続いた。
「さてと」
俺は幹夫の姿が見えなくなったのを確認してから、境内に足を踏み入れた。
「あれ?」
いくら進んでも幹夫の姿が見えない。
(俺を嵌めたのか?)
高校時代、仲間同士でよくこういう悪戯をしたものだ。
俺は酔いが廻るのも構わずに走った。
境内を抜け、反対側の通りに出た。しかし誰もいなかった。
「おい、冗談が過ぎるぞ!」
俺は大声で怒鳴ったが、誰も反応しない。
「どういうつもりだよ・・・」
俺はイライラして周囲を見回した。
「蓑輪君?」
「え?」
俺はハッとして声がした方を見た。
「やっぱり蓑輪君だ。私よ、飯山由美子よ」
俺は酔いでかすむ目を凝らして、その女性を見た。
「ユミか?」
懐かしい響きだった。ユミはニコッとした。トレードマークの八重歯はまだあった。
「こんなところで何してるの?」
「お前こそ何してるのさ?」
「私、この先にあるお店で働いてるのよ。母子家庭は大変なんだから」
「へえ」
俺達はどちらからともなく歩き出した。
「さっきまで信二達と一緒だったんだ。居酒屋で飲んでたんだよ」
「信二君達?」
ユミの顔色が変わった。
「どうした?」
「蓑輪君、忘れちゃったの、信二君達と一緒にツーリングに行った時のことを」
「え?」
「皆崖崩れに巻き込まれて死んだのよ」
俺は驚愕した。思わず背中に手をやった。
「貴方も巻き込まれたけど助かったの」
「ああ」
俺はいろいろ思い出していた。この背中の傷、その時のものか?
俺だけ助かった・・・。そうなんだ・・・。
親に聞いても話してくれなくて・・・。
しかも俺はそのまま引っ越して・・・。
「思い出した? 信二君達はもういないのよ」
「ああ」
「危なかったわ。きっと貴方を連れに来たのよ。今日が命日なんだもの」
俺はユミのその言葉にゾッとした。
「ここよ、私の働いてる店。さ、入って」
「うん」
俺はユミに導かれるまま店の中に入った。
「俺があんなことを言い出さなければ・・・」
翔が悔し涙を流しながら言った。晶が、
「お前のせいじゃねえよ。偶然だよ」
「だってさ、まさかあの神社が待ち合わせ場所だったなんてさ。それにあの日がユミの命日だなんて・・・」
「だからどうしようもなかったんだよ! 蓑輪とユミはクラス公認の仲だったんだ。俺達の友情の力より、ユミの蓑輪への愛情の力の方が上だったんだよ」
「でもさ・・・」
それでも尚自分を責めようとする翔を晶は遮った。
「あの時、信二がユミの話をしかけたのを止めた俺にも責任がある。いつまでも誤魔化して来たから、ユミが怒ったんだよ」
その言葉に一同は静まり返った。
俺は全てを思い出した。
ユミを後ろに乗せ、ツーリングに出かけた事。
そして崖崩れに遭い、ユミが死に、俺だけ助かった事。
事故のショックでその時の記憶を全て失っていた事。
友人達が気を遣って俺にユミの話をしないようにし、両親も居た堪れなくてその町から引越しをした事。
「やっと、やっと会えたね、蓑輪君。ううん、瞬。もう一度一緒にツーリングに行こう」
ユミの顔は穏やかで、俺に恨みがあって会いに来たとは思えなかった。
でも俺は構わない。ユミとならどこにでも行ける。
俺とユミは高校の制服に着替えていた。
そしてバラバラになったはずの俺のバイクは新車で現れた。
「行こう、ユミ」
「うん」
俺達の乗るバイクはどことも知れぬ広い道路を走った。
道はどこまでも続き、果ては見えなかった。