第5話:勝つだけが強くなる経験ではない。
漆黒の闇に幾多の星の輝きが覆う夜空の中、我はかつて森だった地の中央に立つ。
静かにこの世界を楽しみたいゆえに、大騒ぎになることは極力避けたい。
森が1つ無くなった程度で、あの大騒ぎだからな。
手を下に向けて、大地に我が魔力を流し込む。
「星の記憶よ。我が呼び声に応え、あるべき姿を取り戻せ。リカバリー!」
我が魔力を媒体にして、地表には草が生い茂り、大地から伸びた大小さまざまな木々が、森を形作った。
あとは魔物達を復活させて……。そういえば、ここは初心者どもの修練の場だと言っていたな。
ふははは! こんな低レベルの魔物共が相手では経験になるはずがなかろう。
よし、ここは迷惑をかけた詫びとして、しっかりと経験がつめるように魔物共のレベルを10くらい上げておいてやろう。
お互いに切磋琢磨して成長しあってほしいものだ。
……また森が吹き飛ばぬように、森全体の強度も上げておくか。
これで心置きなく、初心者も修練が行えるだろうて。
「ここまで来たついでだ。常設クエストの薬草採集をしてからギルドに戻るか」
青々と新鮮に復活した薬草の束を10束ほど確保して、街へと戻った。
ギルドの門は硬く閉ざされ、『本日の業務は終了しました』と、木札が下げられていた。
ふむ。ギルドは深夜になると閉まってしまうというのは、予想外である。
人間は夜は寝るものだと、聞いたことがある。
我には睡眠など必要ないのだが、やることが無いので寝ることにしよう。人間らしくな……。
人間から読み取った記憶を元に、宿屋なるところに来た。
入り口から中に入ると、カウンターに男性が座っていた。
防壁の門番も半分寝ながら立っていたが、夜に眠らない人間も居るらしい。
希少種、というやつだな。
「こんな夜分に客とは珍しい。お泊りかい?」
「うむ。寝床を確保したい」
「今は8人部屋しかあいてないね。雑魚寝部屋だけどいいかい?」
「それでいい」
「じゃ、銅貨15枚だよ」
「む?」
「ん?」
金が必要らしい。
当然、我はそんなもの持ってないので、追い出されてしまった。
仕方ないので、街中にある大木の根元に座り、瞑想しながら時間を潰すことにした。
瞑想から意識を戻すと、太陽はすでに真上に来ていた。
寝坊に似ているな。
人間らしい行いが出来たことに笑みが漏れてしまう。
何故か通行人が我から距離を取り、避けるように離れていったが、気にしないでおこう。
ギルドの素材換金所で薬草を職員に見せていると、体と防具をボロボロにした冒険者が数人ギルドに駆け込んできた。
その中の1人が、受付の職員になにやら叫んでいる。
「だから~! ゴブリン共が凄く強くなってるんだよ!」
「あなた達の調子が悪かっただけでは?」
「そんなわけあるか! ゴブリンが剣と盾を装備してたんだぞ! 今まで棍棒を持ってるところしか見たことないぞ!」
「それだけじゃないわ! 木に矢が当っても刺さらないで弾かれるし、薬草なんてナイフで切ろうとしても傷1つ付かないのよ! どうして木と草があんなに硬くなってるのよ!」
大激怒だな。
そもそも今まで自分よりも弱い敵を倒して喜んでいただけだろう。
よかったではないか。たとえ負けて逃げ出したとしても、自分よりも強い敵と戦ったというものが、経験として自己の強さになるのだ。
薬草が切れなかったのは、ナイフがナマクラだったのだろう。
「リガードさん。換金精算が終わりました。合計で銅貨10枚になります」
「う……うむ」
宿にも泊まれないではないか。
まあ、いい。寝る必要などないからな。
クエストが貼られている掲示板を覗き込む。
ゴブリン討伐のクエストが、FランクからDランクへと引き上げられていた。
Fランクの我では、Dランクのクエストは受けられない。
……失敗した。強くさせすぎたようだ。金が稼げないではないか。
どのみち、証明部位も木端微塵に消滅させてしまうだけだから、別にいいのだが。
「リガード殿! おられますか!」
「ん?」
兵士が駆け込んできて、大声で我を呼んでいる。
「国王陛下が至急お会いしたいとのことです!」
ふむ。
我は会いたくもないのだがな。
ま、今後のことを少し話し合っておいても損はないだろう。