第2話:調子が狂いっぱなしである。
玉座の間の窓から外に飛び立ち、城壁を飛び越えたところで地に降り立つ。
王城の周りには、白を基調とした大きな屋敷が建ち並んでいる。
城の周りに貴族や裕福層を固める。人間どもの一般的な配置だな。
そのまま道なりに外側に歩いていくと、水の張られた堀に着いた。
堀の幅は10メートルほどで、貴族区画と城をぐるりと囲んでいる。
壁ではなく、堀によって景観を損なわないようにしているのか?
魔王との戦争状態にある状況からしたら、いささか防御面に問題があると思うが。
まあ、腕を一振りしたら都市なんて一瞬で消滅させられるから、壁なの問題としないが。
この世界を楽しむと決めたから、そんなことはしないがな。
堀に架かっていた橋を渡り、城下町に出る。
貴族街のような静けさはなく、人が入り乱れている。
人間社会の中に混じるなんて、滅多に無い……というか、ほぼ初めてのことなんだが。
ふむ。ナティアの願い通り、魔王を倒したあと、我が密かにこの世界の魔王として君臨し、この世界が破滅までどれだけ抵抗できるか楽しもうと思ったが、人としてこの世界を楽しむとしよう。
いきなり魔王の元に行って、はい、さよなら。では、面白くないしな。
他の村や街も見てみたいと思い、防壁の門まで来たが、そこに居た兵士に止められてしまった。
「外に行くのか? 住民証は持ってるか?」
「なんだそれは?」
「住民権を補償するカードだが。持ってないということは冒険者か?」
「違うな」
「……。この水晶に手を当ててみてくれ。犯罪暦がなければ青く、犯罪を1つでも犯していれば赤く光る」
と、台座に置かれた丸い透明な玉を指さす。
「その犯罪とは?」
「人殺し、放火、他人の財産の破壊と略奪などだな」
ふむ。すべて当てはまってしまうな。
日常的に行っていたから、犯罪と言う認識はなかったが。
ここで水晶に触れてしまうと、真っ赤になるに違いない。
しばらく悩んだ後、魔法でこの兵士を眠らせ、来た道を戻った。
道すがら、すれ違った人間どもの記憶を覗いて、冒険者ギルドに到着した。
ギルドの場所を調べるために、人間を締め上げ尋問を行い聞きだす、なんてことはしなかった。
人として楽しむと決めたからな。
記憶をさりげなく覗くなんて、人らしい行いの第一歩を踏み出せたわけだ。
開け放たれている門をくぐり中に入ると、剣や防具を装備した人間どもが数人いた。
比較的に若い者が多く、男も女も同じくらいな比率なようだ。
鑑定魔法でレベルを見てみると、一番高い人間で30ほど。
はっきりいって雑魚だな。
受付と書かれたカウンターに行き、冒険者になりたいことを伝えた。
「住民証はお持ちですか?」
「いや、持ってないが」
「……この王都のものでなくてもいいですよ? 生まれたときに、その出身地で発行されているはずですので」
「……」
3000年前にそんなものなかったのだが。
いや、そもそもこの世界の住民ですらないのだから、無くて当たり前か。
「また後で来る」
「は、はい。お待ちしております」
そのままギルドを出て、転移を行う。
行き先は王城だ。
転移から抜けると、目の前にナチュアが居た。
突然現れた我を見て、キョトンと放心状態になってしまっている。
ナテュアの自室であろうか? 小さいベッドにはピンク色で花柄がついた寝具が敷かれ、壁の棚には人形や花が飾られている。
そして、ナテュアの目の前には、小さい子供用のテーブルがあり、絵本が置かれていた。
絵本で文字の勉強をしていたのか。
「驚かせてしまったようだな。すまん」
声をかけると、放心状態が解除され、満面の笑みで脚にしがみついてきた。
「おかえりなしゃい。リガードしゃん」
「ただいま」
違う。そうじゃない。
帰ってきたわけではない。
「住民証って知っているか?」
「じゅうみんひょうでしゅか? わたちはちらないでしゅけど、パパはちってるかもでしゅ」
「そうでしゅか~。では、パパしゃんにきいてきましゅね~」
「あい!」
よしよし、と、頭を撫でてやってから部屋を出る。
いかん……。ナテュアの前だと調子がおかしくなる。
気配を探り、国王が居る部屋の扉を蹴破る。
護衛の騎士が扉の両脇に居たが、おかまいなしだ。怯えて震えているだけだったしな。
どうやらこの部屋は執務室らしい。
国王が机の上の書類を掴んだまま、気絶しかけている。
玉座でふんぞり返っているだけだと思ったが、根は真面目らしいな。
市街地も活気に溢れていたし、統治能力は高いみたいだ。
これで他人を見下すところがなければな……。
「どうしてお前から、あんな純真なナテュアが生まれたのか謎だな」
「……は? え?」
「いいか、あの子は純真な心のまま育てろ。さすれば、この国を滅するのは止めてやろう」
「あ、ああ。うむ……」
「じゃあな」
言いたいことを言ってやってスッキリしたぞ。
モヤモヤした心が晴れて、我は部屋を出……。
違う。目的はこれじゃない!