第1話:魔王を倒すために召喚されたぞ
目の前には、聖剣を構えた年齢40を超えたであろう人間の男性が、今にも飛び掛ってきそうな気迫で立っていた。
その勇者と呼ばれる男性を先頭にして、右隣には大きな盾を構えた男性、後方には教会と呼ばれる機関のシスター服に身を包んだ女性と、黒いローブを着込み、魔道の杖を構えた女性が居た。
その3人も、すでに40歳を超えているであろう。
この者たちは、幼い頃からこの俺の元へと辿り着くために旅をしてきたのだろう。
鑑定の魔法でこやつ等のレベルを覗いて見ると、ふむ。レベル80前後。なかなかの強さだな。
旅の中で魔物と戦い、我が配下も退け、ここまでレベルを上げたか。
「魔王! 今こそお前を倒し、世界の平和を勝ち取る!」
勇者が吠えよるわ。
この魔王城の玉座の間まで辿り着き、レベルもそこそこ上げた自信ゆえかの。
だが……。
右手に魔力を少しだけ顕現させ、人差し指で弾くと、それだけで目の前の勇者共は粉々になり、灰となって消えていった。
人間の40歳でレベル80まで上げたのはなかなかだが、我は年齢3000を雄に超え、生まれたときから魔王なのだ。
そんな我のレベルは999999である。
もちろん、元から高かった訳ではない。
幾度と無く我に戦いを挑んできた魔族を打ち負かし、この魔国を平定。
人間達が勇者と呼ばれる存在を何度も送り込んできて、その全てを返り討ちにしている間に、こうなった訳だ。
「リレイズ!」
蘇生魔法を唱えると、勇者に倒された我が配下達が玉座の間に整列して復活し、一斉に跪く。
「お前達のレベルは蘇生魔法の副作用で半減している。修行するなりして回復させ……ぬ?」
突然、我が足元に魔法陣が現れた。
この世界とは別の世界に繋がっている召喚魔法のようだな。
拒否して魔法陣をかき消すのは簡単だが、3000年も生きて退屈していたところだ。退屈凌ぎに乗ってやるか。
「リルベラよ。魔王代理を任せる。我は少し遊んでくる」
「は!」
部下の返事を聞き、我は魔法陣から溢れる光に身を任せた。
一瞬で景色が変わった。
転移魔法を使ったときの感覚と一緒だな。
「おお! 成功したのか!?」
周りの魔導師のローブを着た数名の男達が歓喜の声を上げている。
失敗するかも分からなかったものを使わないでほしいものだがな。
赤い絨毯の敷かれた床から視線を上げると、玉座に豪華な着物を着た男がふんぞり返って座っていた。
歳は30代後半といったところだろうか?
「国王の御前だぞ! 跪き頭を下げよ!」
「は?」
側近であろう騎士が言い放ってきた。
召喚で呼び出しておいて、何だその言い分は?
「その格好からすると、どこぞの村から呼ばれたのだろう! 下民が頭が高いぞ! 早くしないか! うお?!」
その騎士が振り下ろしてきた槍が根元から粉々に弾けとんだ。
さらに睨みつけてやると、その騎士は虚空を見詰め、不気味に笑い始めてしまう。
少し殺気を当てただけで精神を壊してしまったようだ。
たしかに、呼ばれる前に勇者と戦ったときに着ていた服は、部屋着でラフな格好だったけどな。
見た目も、3000歳を超えているが、人間的に見て10代後半のようだしな。
まぁ、そんなことよりもだ。
「何か我に用があって呼んだのか?」
殺気を抑え、国王とやらに問う。
「う、うむ。命令だ。魔王を討伐して来るのだ。お前はその為に召喚された勇者だ」
「……なんだって?」
思わず聞き返してしまったではないか。
可笑しな話だ。
この世界の魔王を倒すために、別世界の魔王を勇者として召喚するとは。
しかし……。
「何を命令してるんだ? それがものを頼む態度か?」
ほんのちょっとだけ魔力を開放してやると、吹き荒れた魔力が周囲に居た人間達を吹き飛ばした。
それを見る限り、この世界の人間どもは、すげぇ弱いということが分かった。
その人間どもの国がまだ存在しているということは、この世界の魔王もそれほど強くないということか。
「いいか。魔王を倒すために呼ばれたなら、我はその魔王よりも強いということだぞ?」
「か……金なら出すぞ。魔王を討伐したなら、貴族として領地を与えてやろう!」
「そういうことじゃないだろ……」
「いくら強くても身分もない下民であろう!」
「もういい……」
召喚されて少しは楽しめるかと思ったが、興が冷めた。魔王ごと、この世界を破壊しつくしてやる。
と、手始めにこの周囲を吹き飛ばそうとしたら、なにやら玉座の奥の扉の向こうが騒がしくなった。
「姫様! そちらに行ってはいけません!」
「ぬ?」
若い女の声が聞こえ、そちらに目を向けると、扉を開けて小さい女の子が走ってきて、我の膝にしがみついてきた。
4~5歳ほどの幼女だ。ピンクのフリフリが沢山付いたドレスに、髪型はリボンでツインテールに纏めている。
幼女はキラキラした瞳で我を見上げている。
「こんにちは! あなたがゆうしゃさまでしゅか? おねがいしゅましゅ。このくにのみんなをまもってくだしゃい!」
我は咄嗟にしゃがみこみ、この幼女と同じ視線になるように努力した。
「上手によく挨拶できまちたね~。我の名はリガード。おじょうちゃんのお名前はなんでちゅか~?」
「ナチュアでしゅ!」
「ナチュアちゃんか~。魔王はこのリガードが懲らしめてやるから、安心しにゃちゃいね~」
「おねがいしましゅ!」
侍女に手を引かれ、部屋を出て行くまで我に手を振ってくれているナチュアに、我も最高な笑顔で手を振って見送った。
さて、この部屋に残っている者たちに言うことは1つ。
「いいか? 今後、死にたくなかったら、今見たこと聞いたことは忘れろ」