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第03話「二度別れた元彼女と異世界の夜を」(1)

 格闘ゲーム『カーミラ』で愛用していたキャラクターの女吸血鬼(カーミラ)の姿に。

 性別すらも変わってしまった神月アキラの前に、背の高い女性と見紛う風貌だが、シャツ越しに薄っすらと浮かぶ胸筋が誤解だと語る。

 ラフなシャツ姿で男性のままの神月アキラ(・・・・・)が立っていた。


「え、マジに分からない?」


 アキラ(・・・・・)に問われ、アキラは現状を理解しようと、今まで見てきた映画、読んできた漫画や小説を必死に思い返す。


(うり二つの存在。ドッペルゲンガー? いや、今の俺はカーミラの姿になっているんだから)


 だが、答えが見つからない不安からか?

 体を硬直させ、呼吸すらも忘れたアキラにアキラ(・・・)は肩を落とすと、ため息混じりに首を垂らした。


「『二度別れたけど、やっぱり、もう一度、つき合おう』って言った相手なんだよ。多少、姿が変わっていようとさ……何で分からないのかな?」


 全てを氷解させるような一言。


凛子(りんこ)


 何が起きているのかが分からない。

 だが、二度と会えないと思っていた元恋人が目の前にいる。

 その嬉しさでアキラは喜びの雄叫びをあげようとし、抱きつきたくもなった。

 けれど、思いと裏腹に手足は動かないし、今の気持ちを言葉にも出来なかった。

 だから、深々と溜め息を吐かれてしまう。


「わずか三日前の事だよ」


 そして、糾弾せんとばかりに指を突きつけられた。

 二人の使う言葉は分からなくても、経験から痴話喧嘩だろうと察し、我関せずとコップを拭いていたバーテンの手が止まる。


「いや、思ったけど……。口にはしなかったぞ。凛子」


 あまりにスローモーションな口な動きと発音で、かなり、聞き取り難い。

 長年の付き合いのある人間でなければ、半分も理解出来ないだろう声でアキラは呟いた。


「へぇ~。やっぱり、そう思ってくれてたんだ」


 体の中が熱くなるのを感じながら、凛子はくすっと可愛らしく笑う。

 但し、それは美少女や美人がやれば似合うだろう仕草。

 化粧をすれば女性に変身を出来るような中性的な顔立ちでも、ノーメイクな男性がやれば――。

 チラ見していたバーテンは顔色を悪くして、目を逸らした。


「何よ」


 不満げな声と共に腕を組み、そっぽを向いた元恋人。

 但し、何故か、今は本来の自分の姿になっている――に複雑な目を向け直した直後、アキラの顔は急な貧血を起こしたように青ざめた。


(三日前? 俺はそんなに長い間、あのゴミ捨て場で気を失って……。いや、そんな事より、ずっと、一人で)

「詳しい事は宿で。だから、まずは先に商談を済ませてよ」

「あ、ああ」


 凛子はアキラの心中など関せずとばかりに、暗がりで見難いが掲示板らしき物が掛けられている出入口側へと歩き出す。


「同郷との話は終わったか?」


 憂鬱な表情が抜けきれない中、アキラが申し訳なさそうな顔を向けると、バーテンがゆっくりと口を開いた。


 **  §  **


 アキラは仕事の詳細を尋ねるも――。

 報酬は痴漢を捕らえた時のみで、失敗した場合には、幾ら時間を使おうとも無報酬。何らかの被害を受けても、補償は無い。

 事前に予測出来た通りの内容だった。


 犯人についても、背後から掴みかかり、行為に及び――突き飛ばしで距離をとった後、水中へ逃走する為に容姿は一切不明。

 唯一、分かっている特徴は『妙に生臭い』という事だけ。

 リスクや手間を考えると、報酬が妥当かは判断が分かれるだろう。

 だが、仕事を選ぶだけの余裕がない事もあり、アキラは応諾した。


 そして、変わり果てた姿(・・・・・・・)になってしまった元恋人・凛子に連れられるままに路地を歩き、とある漆喰(しっくい)の壁作りの建物の前で足を止める。

 築数十年といった雰囲気があるが、周りの似たような建物の方に比べれば、老朽化は目立たなかった。


「よぉ」


 客の気配を感じとったのだろうか?

 分厚い扉が内側から開けられ、十代半ばらしき少年が身の丈よりも長い剣を背負って現れる。

 どう見ても、使い難そうな武器以上に、無数のニキビが目立つ少年だった。

 彼はアキラを見ると、ひぅーと下手な口笛を一吹き。


(えら)い良い女を連れて、戻って来たじゃないか」


 自分の胸元に向けられる少年の視線と下品な笑みに、アキラは筋肉が張り詰めるのを感じた。

 だが、当然、それは緊張の為ではない。


「邪魔だよ。見世物じゃないんだから」


 もし、凛子が凄みを利かせなければ、既に就寝している人達も少なくない時間であろうと、アキラが一喝をしていただろう。


「へっ。分かったよ」


 少年は二人を中に入れると、カウンターの裏側にまわった。


「えっと、あんたの部屋の鍵は」


 壁に掛けられていたキーホルダー付きの鍵の幾つかに目をやり、その中の一つを凛子に手早く渡した。


「広い部屋を借りてて、二人でも余裕だから」


 凛子に先導される形で、アキラが年代物の階段を昇ろうとした際、少年は胸と同様に豊かな臀部にすっと手を伸ばすも――。


「痛ェェェ」


 ルイヒールでの一踏みを受け、逃げ去るはめとなる。


「悪い子じゃないんだけどね」


 許してあげなよ――と凛子に苦笑いをされても、アキラのぎゅっと握られた拳は解かれなかった。


 **  §  **


 凛子が借りていた部屋は、四人が寝泊りしても充分な広さがあった。

 奥の壁沿いに使い古された棚が二つ並び、その前に少人数なら、会議に使えるだろう余裕がある木製のテープルが置かれている。

 但し、置かれている椅子は二つだけで、やはり、修繕痕が目立つ。

 月明かりを遮るカーテンの隣のベッドも年代物だったが、その為、布団の白さが際立っていた。


「うーん。何から話す?」


 凛子はベッドに腰を降ろすと、気楽な口調で椅子に腰掛けているアキラに尋ねた。

 だが、彼女(・・)が経験しただろう苦労を考え、憂鬱な表情を浮かべた()の口はゆっくりと開いては、素早く閉じてしまう。


「あっ! その前に」


 勢いよく立ち上がると、凛子は右手の指をパチンと鳴らした。

 すると、不思議な事に彼女(・・)の全身から、(もや)が立ちのぼり始めた。


(スモーク? いや、舞台じゃないんだから、そんな仕掛けがあるわけが)


 もはや、霧と呼ぶべき方が正しいかもしれない。

 何時しか、そのような濃さにまでなるも――映像を逆回転するように、靄は瞬く間に薄くなる。

 そして、アキラの前には白いビジネススーツを纏って、黒髪をボブカットにした美女が立っていた。


「アキラを相手に、アキラの姿で話すのも変だしね」


 何事も無かったのように座り直した凛子。

 女性だけの劇団で、男役を努められそうな顔立ちに戻った(・・・)元恋人を前に、アキラは呆然と佇む。


「堅苦しい?」


 凛子は残念そうに尋ねると、指をパチンと鳴らし、再び、その全身を靄で包み込んだ。

 次に現れたのは、白銀色のライオンヘアーの中から、天に向かってピンと伸びる縦長の黒耳。

 豊かなボディーラインを際立たせる漆黒の衣装と足を彩る特徴的なストッキング――所謂、バニーガールだった。


「ん……。普通のパンツだと、やっぱり」


 そうボソッと呟くと立ち上がり、凛子は挑発するのが目的だとばかりに、豊かなヒップと白い毛玉をアキラに向かって突き出した。

 そして、背中側から入れた指を腰の下へと伸ばし、下着をぐいっと深く食い込ませる。


「なッ」


 アキラは視線が定まらないまま、無意識に声を漏らしていた。


「私がイメージを出来る姿ならば、何でもOKだからさ。リクエストを言ってよ」


 凛子はちょこんとベッドに腰掛けなおすと、胸を突き出す体勢で前のめりに。

 そして、意地悪げな笑みを浮かべながら、目が泳ぎ続けるアキラに問いかけた。


「いゃ、ぃやいぁ……そうじゃない。ちょっと、待ってくれ。理解が追いつかない」

「単純な話だよ。アキラが『カーミラ』の女吸血鬼(カーミラ)になったみたいに、私は最後に使用したキャラのナイトメアになったの」


 そして、さも当然の様に、あっけらかんと告げた。

 だが、呆然とし、口を開ききったまま、固まってしまったアキラを見て、自分の説明不足に気付いたという表情へと変わる。


「アキラの部屋で抜けていたコンセントを差し込んだ瞬間、目の前が真っ暗になって」

(そうか……。俺が走り始めた時には、もう……)

「停電? って思って、アキラを呼んだけれど」

(もっと、早く、声をかけていたら……)

「返事が無いからさ。月明かりを頼りに、窓の方に歩いて」

(ここに来る事は無かったのに)


 凛子は落ち着きの無い子供がやるように、足を前後に揺らし始めた。


「だんだんと目が馴れたから、アキラの部屋じゃないって、分かってはいたけど」


 唐突に凛子は背中をベッドに倒すと、じっと、天井を見ながら、語り続ける。


「外を覗いたら、映画で見る古い工場のような風景。それも驚いたけど……自分の手足が」


 凛子は(にが)い思い出、けれど、今は何故か懐かしみも感じている表情で自分の右手を見た後、左手を網タイツに包まれた脚にやった。


(もや)みたいになっていて」

(やっぱり、凛子も、ゲームのキャラクターの設定通りに)

「悲鳴をあげたら、普通の手足になれたは、なれたんだけど」

(ゲームだと、画面上は靄の塊でしかないけれど、対戦相手には普通の……。但し、恐怖や嫌悪を抱かせる男や女の姿に見えているんだよな)


 凛子は口ごもるも、アキラは何を言おうとしたのかを察してしまった。


「あ! 外ではだ――ヴェッ」


 凛子が人と人が戦う様を魅せる殺陣(たて)を最後にやったのは数年前。

 だが、美容と健康の為、今でも、拳と足を動かし続けている。

 そこに電光石火の如き立ち上がりの加速も加わったのだ。

 彼女の一撃を堪えられる者が何人いるだろうか?


「言うなッ!!」

「みぞおちに入れてから言うなよ」

(外での裸を恥ずかしいと思うなら、家の中でも服を着てくれよ)


 凛子はぷいと顔を背けると、コルセット越しに腹をさするアキラを無視して、語りを再開した。


「服ッ! って、思わず、叫んだら」


 そう言うや凛子の全身を靄が包み込み、数瞬後には男性用の背広にも見えるテーラード・ジャケット、同じく短ズボンのようなナッソー・パンツ姿へと変わる。

 端正な顔立ちに短く刈った髪型という事もあり、美少年に見えるが、上下緑系の生地に薄っすらと混ざるポタニカル柄(植物をテーマとした柄)の柔らかさが。

 何より、隠しきれない胸部の豊かさが女性だと主張していた。


「この姿になっていたの」

(それは二度目の同棲解消を決めて、お別れデートって時の)


 凛子は軽い口調で、何も苦労しなかったのように語る。

 だが、彼女と付き合いの長いアキラは、それをそのまま鵜呑みには出来なかった。


(怖かっただろうな……。けれど、直ぐに元に戻れたのか)


 安堵の一息を吐いた瞬間、何かに気づいた表情に変わり――。


「アキラも、何か経験があるみたいだね」

「ああ。たぶん、感情が高ぶっている時に、ゲームキャラのような力を使えるんだな」


 己が手を恐々と見やるアキラを、凛子は興味深そうに眺める。


「話を戻すね。あらためて中を覗いたらさ。鏡を作っている工房だったから、作りたてのを拝借して、月光を頼りに色々と試してみたんだ」


 月明かりの下、鏡の前で独りで何かをやっている美女。

 それは幻想的なようであり、同時に、見てはならない何かのようでもある。

 どちらと思うかは目撃した人其々だろう。


「そのうち、口にする必要も無いって分かってね」

「どんなキャラでも、直ぐに動かし方を覚える。その才能はこんな世界でも通用するって事か」


 アキラが羨む声を出すと、凛子は顔を歪ませた。


「けど、同キャラ対戦が出来るようになった『ハントレス』で、アキラのカーミラとやったらさ……。私、勝率三割をきるじゃん」

(自慢じゃないが、地元のゲーセンだと同キャラ戦で、俺に勝てる奴は滅多にいないぞ)

「つまり、私は器用貧乏。そのキャラの能力を限界まで使えるアキラの方が羨ましいよ」


 相手の能力が自分より優れていると褒め称えあう。

 それは正に――。


「隣の芝生は」

「青く見える」


 (ことわざ)どおりであり、二人はどちらからともなく顔を合わせると、同時に頬を緩ませた。


「ゲームのキャラクターみたいになったって事は分かったけれど……。分かったって言い方も変だけれどね」

「ああ。だが、他に言いようも無いだろ?」

「うん。そうだね。それで、ここが何処かを知る為に、敷地を出て歩いていたらさ。柄の悪い奴等に物陰に引き込まれてね」

(もっと、早く、目を覚ましていれば!!)


 アキラが悔しそうに拳をぎゅっと握る中、凛子は語り続ける。


「けど、日本人以上に(はかま)が似合う外国人さん達が助けに入ってくれたんだ」

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