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第02話「工業都市の悪徳"警官"」(3)

 更なる被害を恐れた観客達がテーブルと椅子を壁際に持っていった為、突発的に誕生したリング。

 とっとと決着をつけろ――と言いたげなバーテンに睨まれながら、アキラと紺色の男は凡そ、二メートル程の間をあけて、そこで対峙をしていた。


(だいぶ前後左右に動きやすくなったけど)


 アキラは右目で眼前の男を注視しつつ、左目を片付け損なわれた――利用者のいなかったテーブルと椅子にやった。


(ポツポツと残っているのが面倒だな)


 足をとられる。後退を阻まれる。そして、上から叩きつけられる。

 かつての事故を思い出して、顔色を悪くしたアキラを見て、怖気づいたと考えたのだろうか?

 紺色の男はニヤッと笑うと、右手に握った棍棒を誇示するように突き出した。

 だが、直ぐに自分の自惚れを痛感させられる事となる。


 アキラは右足を前に大きく一歩踏み出したが、その動きは床まで届くスカートの中で行われた事。

 紺色の男が気づいた時には、間合いに入れており、左足先を相手の右足首に草を刈る鎌の様に振るってもいた。


「ゥ」


 紺色の男は僅かに顔を歪めると同時に、右手首を時計回りに捻って、薙ぎ払うように棍棒を振るう。

 奥歯に何かが刺さったような顔をしながら、アキラは死角(スカート)の中で次の動きを始めていた。

 円を描くように動く棍棒の二、三手先の位置へと動き、空を切らせ、右足先を今度は脚の外側からではなく、内側に向けて振るった。


(やっぱり、ロー対策で何かを仕込んでいるな)


 最初の一振り目で感じた疑念が確信に変わり、渋い顔をしていた。

 そして、紺色の男もアキラの狙いに気づいたのだろう。

 ガムを更に激しく、クチャクチャと噛み鳴らすと、刺そうとばかりの勢いで棍棒を突き出した。


「ちッ」


 背後に跳ぼうとした瞬間、履きなれない長さのスカートの裾を踏まれてしまった為に、中途半端にしか跳べず。

 避けるのが無理なら――とアキラは何時ものように腹筋に力を込めようとするも、柔らかい女の腹部に一突きが入ってしまう。


「ぐっ」


 腰を細く見せる為のコルセットを着けていようと、防具としての効果は期待出来ない。

 アキラは覚悟していた以上の苦痛に顔を歪めるながら、再度、床を力強く蹴る。

 スカートを縫い止めていた(くさび)から、強引に抜けるや、鳥の羽が風に舞い上げられたように後へと跳んだ。

 直後、振り払われた棍棒の先端が空を裂いた。


(この体が軽いのだとしても……跳び過ぎだ)


 アキラはステージでのアクションを行うつもりで跳び――結果、跳び過ぎた事に困惑の表情を浮かべた。


(路地では、こんな細い腕なのに強姦未遂男を片手で吊り上げられた)


 自分の手を恐々と見ている美女(・・)を見て、紺色の男は苦々しい顔に、何かを迷っている様子になった。


(細身だし、腹筋も無い。鍛えている体じゃないのに、この運動能力。姿だけでなく、身体能力まで、ゲームのキャラと同じなのか?)


 三メートル程の間をあけて対峙する二人。最初に場を動かしたのは――。


「ウラァッ」


 殴打武器を持つ分、リーチが有利になっている紺色の男。

 彼は棍棒を握る右手を勢いよく振り上げると、右足を大きく踏み出すと共に腰を沈めて、円を描くように右手を下へと回した。


(すっぽ抜けた? いや、違う!)


 致命打になり難く、かつ、少なくない痛みを与えられる箇所。

 臀部(でんぶ)と並ぶ女性(・・)の肉厚な部分――ドレス越しにも目立つ豊かなバストを狙って、男は野球で言うところのアンダースローで棍棒を放っていた。


(ガムを噛み続け、ボディープレスをし、今の『警棒』を投げるモーション。まさか……そんな)


 心ここに在らず――な状態であろうと、体が男性から女性に替わろうと、一度身につけた技術は失われてはいなかった。

 アキラは無意識に手刀の一振りで警棒を撃ち落とすも、使ったのは利き手ではない左。

 狙った方向、自分の後ろに弾き飛ばす事は出来なかった為、床を跳ねた棍棒が持ち主の足元へとコロコロと転がっていく。


(この『警官』は『クレイジーギア』のステージ3のボス?)


 『クレイジーギア』とは――。

 主人公が右に右にと進み続け、進行を妨げる大勢の敵を倒していく。

 ベルト・スクロール・アクションゲームと呼ばれるジャンルを代表する作品の一つである。

 ステージ最後に待ち構える個性豊かな敵達の中に、都市を支配しようとするギャングに協力する悪徳警官が――紺色の男に極めて酷似したキャラクターがいた。

 そして、格闘ゲーム『カーミラ』と同様に(株)POPCOの代表作の一つでもある。


(なら、ここはPOPCOのゲームの中の世界?)


 自分の置かれた異常な状況を理解する為の手がかりを得たかもしれない。

 その喜びで対峙している相手から目を逸らして、周りの光景に目をやってしまう。


(地元のゲーセンには入らなかったけれど、新作にファンタジー世界を舞台にした協力プレイ推奨のゲームもあったな)


 だが、アキラはその思いを振りはらわんとばかりに、左右に頭を振った。


(感電事故であの世に行くなら分かる。だが、ゲームが現実になった別の地球に行く? そんな馬鹿な事があるか! けど、ならば、目の前にいるのは?)


 スカートのおかげで相手に気づかれる事は無かったが、アキラの足はまったく理解を出来ないのではなく――中途半端に理解出来るが故の異常さに震えていた。

 もし、紺色の男に注視されていたならば、その喉が何度も唾を飲み込む動きをし、手が震えていた事に気づかれただろう。

 勝負の決め時と一気に攻め込まれていたに違いない。

 だが、幸いな事に相手は新たなガムを口に放ると、棍棒を拾わんと屈み――顔面を床に叩きつけられてしまっていた。


「クチャクチャ、うるせぇんだよ!!」


 アキラが助けた女は紺色の男に飛び蹴りを叩き込むや、その背を踏み台にして、酒場の外へと飛び出していく。

 俺達が言いたかった事を言ってくれた――と満足気な顔をした観客達に見送られながら。


 小雨の中へと消えていった(したた)かな女を見て、アキラの顔は呆然としたものから、迷いを振り切った爽やかなものに変わっていく。


(今の俺がどうなっているのか? は分からない。ならば、あの女のように今、出来る事を全力でやるだけだ)


 そして、大きく深呼吸をした後、小さい息を何度かに分けて吐いた。


(この世界が何なのか? を考えるのも後だ。相手は実体の無い幽霊とかじゃない。殴れ、蹴れ、投げられる。まずは、目の前の問題を片付ける)


 全身の緊張がほぐれた状態。

 あの女性に多少の不快感もあったが、アキラは怒るという感情には至れなかった。

 反対に紺色の男は震えながら、ゆっくりと立ち上がり始める。

 当然、その震えは恐怖でも、ましてや、歓喜でもない。


「その顔を潰すのは勿体無いが……もう、いい」


 殺気に満ちた目と棍棒の先端を向けられ、アキラは腰を落とすと、両の拳をぎゅっと握った。

 右肩の痛みが薄れている事に気づくと、一瞬だけだったが、その柔らかそうな頬を緩ませる。


(ラウンド毎に体力が全快する格闘ゲームみたいに、傷が治ったりはしないにしても……。この回復の速さは助かる)


 ドスン、ザスン。

 地響きのような音をたてながら、紺色の男が警棒を大きく振り上げながら、一直線に走り出す。


(『クレイジーギア』のは警棒を使った攻撃とボディープレスしか使わなかったが、今、目の前にいる奴は)


 空いている左手に、足、頭、歯という攻撃手段を持つし、体型を活かせるタックルもある。

 アキラは相手が何を仕掛けてくるのが分からない為、その一挙一動を見逃すまいと集中。

 だが、深読みをし過ぎていた。

 大きく重い物を上空からぶつける事は単純だが、極めて効果的な攻撃である。

 バァァン。

 紺色の男はあと一踏みで警棒が当たるという距離で床を蹴ると、軽々とは言えないまでも、天井近くまで跳び上がった。

 バァンと空気を割る勢いで、両手両足を大きく開いて、表面積を更に広げもした。


「また、それかよ」


 アキラは単調な攻撃に落胆じみた声を出すも、右に逃げれば左手で掴まれ、左に逃げれば棍棒を振るわれる。

 前に走れば膝蹴りを叩き込まれ、後ろに下がっても――伸ばした手で掴まれるだろう状況に悔しそうに真っ赤な唇を噛んだ。

 そして、まだ傷む右肩を無理やりに動かすと、苦痛に美しい顔を歪めながら、その肘先を一気に打ち上げる。


「げぇッ」


 一直線の肘で金的を打たれた男と、それを見ていた観客の男達が一斉に声をあげた。


(わるいが……これは試合じゃないからな)


 それでも、アキラは自分のやった事に少なくない抵抗を感じていた。

 体が女性となっても、その心は男性のままの()としては、思うところが少なくなかった。

 故に戦いの最中だというのに、注意が散漫となってしまったのだろう。


「ァ……アゥ」


 後頭部に重い衝撃を受けて、アキラは左拳を突き上げた体勢で前のめりに倒れていく。

 空中で棍棒を振り切った男が、雪山を滑り降りるソリのように落ちていく。


 ファッサ。

 花びらが舞い落ちたような音と共に美女が。

 ズサァァッン。

 屋根から雪が落ちたような衝撃音と共に紺色の男が。

 同時に顔を床に叩きつけた。


**  §  ****  §  **


 最初に言ったのは誰だろうか?

 起こしに行くべきか?――観客達が隣り合った者と喋り始め、少しした頃、床に突っ伏していた金色の髪が少しずつ、揺れ動き始めた。


「くゥ」


 ドレスで着飾った姿には似合わないだろう行為の一つ。

 腕立て伏せをするように、小さく白い両手を床につけると、埃でさえ、化粧の一つだと言える様な美しい顔をあげる。

 その腕立てフォームは、今まで、何万回もやってきたように、とても綺麗で、教科書に載っているような見本的な姿勢だった。


 ドッン。

 拳を床に叩きつけた音と共に、紺色の男が苦痛と羞恥が入り混じり、土埃で染められた顔をあげる。

 それに気づいた美女は四つん這いのような姿勢をとると、勢いよく、両足を跳ね上げて、そのまま逆立ちのような姿勢に。

 そして、重力に引っ張られたスカートの中身が露わになるのを待っていた観客達の前で、華麗な宙返りを決めた。


(出血はない……だが)


 アキラは棍棒を振り落とされた後頭部を触り、血の感触が無い事に安堵するも、視界が朦朧としている事、少なくない頭痛に恐怖を感じていた。


(頭部の内出血? そもそも、死体に血の循環があるのか? いや、今はそれよりも)


 思考がまとまらない中でも、アキラの体は無意識に――。

 否、筋書きがあっても、時にアドリブも必要とされるヒーローショーでの殺陣(たて)

 一切の筋書きの無い戦い――試合での経験に基づき、次の手を打つ為に動く。


「くそっ。何なんだ。この女は」


 紺色の男は悪態を吐きながら、体を起こすと、視界の端に転がっていた棍棒に手を伸ばしたが――。


「ガァッ!!」


 その指先を蹴り飛ばされ、直後に、顔面にも(かかと)での一撃を打ち込まれて、ガムを吐き出すと同時に苦痛の叫びをあげた。


(よしッ)


 右足で棍棒を壁際まで蹴り飛ばした直後で、軸足を床につけていなかった状態。

 空中で体を捻っての左回し蹴りとなるも、少なくない手ごたえがあった。

 着地と同時に満足気に笑みを浮かべたアキラの足首に向かって、紺色の男の手が素早く伸びるが――。


「せィ」

「ちぃッ」


 アキラはその動きを見逃さなかった。

 後ろに跳ばれた為に、(くう)を掴んでしまった紺色の男は悔しげな表情で、ゆっくりと立ち上がる。

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