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第02話「工業都市の悪徳"警官"」(2)

 アキラは助けた女と共に年代物の木の扉を通り、喧騒とアルコール臭が外に溢れ出す寸前の酒場に足を踏み入れた。

 広いホールには四人用の四角テーブルと、八人程度が座れそうな丸テーブルが混在で並べられている。

 だが、客同士の諍いで壊される事が多いのだろうか? 程度に差はあれど、どのテーブルにも修理痕があった。

 反面、スキンヘッドのバーテンと向かい合うカウンター席の椅子は、経年劣化の痛みが目立つだけだ。

 調理場に繋がる扉を通って、ウェイトレスの娘達が出入りをし――酔った客達が触ろうとしては、皿を落とさないように器用に動く彼女達に蹴り飛ばされ、嘲笑がとぶ。


(ここは職人の溜まり場?)


 腰に剣をつり下げた男や、鞘を背負った者達もちらほらと見受けられるが、店内の二十人程の客の中では少数派。

 店内の半数超は紐で縛る形式の作業着らしき揃いのものを着て、腰にスパナやハンマーを吊り下げた若者達。

 埋まっている丸テーブルには、年老いてはいるが背がぴんと伸びた熟練工と、如何にもな弟子達が座っていた。

 そして、一番奥の席には、場違い感のあるラフなシャツ姿の男がいる。


(いや、ここが工業地域なのか?)


 アキラはここまで通ってきた道と建物、油の臭いを思い出しながら、こういう酒場には定番で置かれていそうな物。

 ジュークボックスや電光が輝くピンボール台を探したが、どちらも見つけられなかった。


(不思議だ。油の燃える匂いが無い。現代でも、家庭用の燃焼式ランプは換気と臭い対策が必要なのに……)


 酒場の何箇所かに吊り下げられ、夜闇を払っているランプを見ながら、アキラは思考を巡らせる。


(酒場の雰囲気はレンタルビデオで見た西部劇のものだし、会話も英語だ。だが、銃の代わりに帯剣? 一部の科学技術だけが突出? 何なんだ。ここは?)


 周りの様子を観察しながら、カウンター席で今の自分の状況を理解せんとしていると――。


「そのデザイン」


 女性はティーカップを乗せられるくらいに、後ろ腰が水平に出っ張っているアキラのスカートを見ながら、躊躇いがちに口を開いた。


「百年以上前の流行りみたいだけど……。仮装パーティーの帰りってわけじゃないよね?」

(俺も思っていたよ……。ここがコスプレ会場なら、どんなに良かったかって)


 アキラは女性を無視するように、手元にあったグラスの中身を一気に飲み込んだ。


「あっ! ちょ、ちょっと!!」


 女性が驚愕の表情をしたのを見て、アキラは怪訝な顔をし、その反応に感嘆の声をあげられる。


「異世界の人はアルコールに強いんだねぇー」

「異世界?」

(やっぱり、ここは……)


 アキラはSF映画などで聞く――別の歴史を辿った地球を連想していた。


「ああ。それはさ」


 女性の指先はグラスとは別に置かれていた水差しに向けられていた。


「そっちの炭酸水を混ぜながら、飲むんだよ」

(つまり、ウイスキーみたいな)


 アキラはそう納得したが、直ぐに別の疑問も浮かぶ。


(ゲーム『カーミラ』が作家シェリダンの作品(女吸血鬼カーミラ)を何処まで参考にしたのかが分からないが……生きていないから、酒に酔わない? いや、それよりも異世界の人? そういう発想が出来るくらいに、俺みたいな存在も珍しくない?)

「なぁ、俺みたいな」


 その時、全身を濡らした男が酒場の入り口に現れた。


「み、見つけたぞ! 俺の金を返せ!!」


 酒場にいた全員が男に視線を集めた後、彼が指を指している相手。

 アキラの隣に座っている女性に視線を向けた。


「ァ? 値切ろうなんてしたあげく、ただでやろうとした野郎が、ごちゃごちゃ言っているんじゃねぇよ」


 勢いよく立ち上がるや、中指を立てるのを見て、アキラは渋い顔で考える。


(隣り合っていただけの振りをしようか……)


 **  §  ****  §  **


 客達のほぼ全員が幾多の殴打痕を顔に刻まれた男と街娼の舌戦。

 思わぬ見世物を肴に酒を楽しんでいたが、店の奥から、分厚いズボンのベルトを直しながら出てきた太った男に気づくと、一人二人と口を閉じていく。


(あの格好は)


 一度見れば記憶に刻まれる美貌の女性。

 格闘ゲームの愛用キャラ女吸血鬼(カーミラ)に酷似した姿になってしまったアキラは、自分達の方に歩いてくる全身ほぼ紺色の男を見て、海外ドラマで見る米国の警察官を連想していた。


(身長は俺と同じぐらいだけど、あの膨れ具合からすると……体重は百ニ、三十に近いか? ドラマみたいに、毎日、ドーナツを食っているのか?)


 防弾ベストのように見えるが、よく見れば獣の皮をなめして作った鎧で、左肩に身分を証明するワッペンをつけていない。

 制帽のように見えるが、その光沢から、動物の毛で作った物ではなく、金属製だと分かるヘルメットを被っている。

 遠目には如何にもなアメリカンポリスだが、よく観察をすれば違うと分かる。


「強盗だと」


 紺色の男はそう言うと、胸ポケットから取り出した薄青い板状の物を口の中に放り込み、クチャクチャという音をさせ始めた。


(そういう食文化じゃないのか)


 周りの人々もアキラと同様に咀嚼音に嫌な顔をしている。

 違いは顔を歪ませる様さえ、絵になるのか否かだ。


「幾ら、取られた?」

「に、二千ドルだ」


 問われた男は一瞬の躊躇の後、そう応えた。


「ふざけんなッ! 持っていたのは五百ドルぽっちだろうがよォ!!」


 アキラの隣の女はそう言うと、男から奪ったドル紙幣五枚を床に叩きつける。

 紺色の男は双方に目をやった後、下卑た笑みを浮かべた。


「俺が取り返してやる。手数料は六割でいい」


 殴打痕が生々しい男が紺色の男に泣きつくように声をかける。


「た、高過ぎる」

「なら、七割にまけてやる」

(値引きになっていないじゃないか)


 二人の会話を聞きながら、アキラは心の中でツッコミを入れていた。


「残り千五百ドルも返しな」

「ふざけるな! 私は隠し持っていないぞ!! 何なら、調べてみるか!?」


 ランプの光を遮るように立ち、威圧する紺色の男に女性が絶叫じみた声をあげる。


「ストリップショーは他所でやってくれ」

 

 今にも、女性が服を脱ぎだしそうな勢いなのを見かねたのか、スキンヘッドのバーテンが制止の声をかけた。


「女は男よりも、隠し場所が一つ多いからな。念入りに調べてやる」


 紺色の男の言葉にアキラは不快感を強めたが、彼の腰の剣を納めるにはしては細長すぎる。

 だが、拳銃を納めるにしては、縦長で出し入れが難しそうだ。

 奇っ怪なデザインの皮のホルスターが目に入った為、立ち上がれなかった。


「あんたは『旅人』らしいから、忠告をしておくぜ。止めときな」


 男を凝視していたアキラはバーテンに耳元で囁かれ、彼が事態の収拾に動く事を期待した目を向けるも――。


「娼館勤めではなく、街娼を選んだ結果さ」


 冷笑したバーテンに不介入と宣言をされてしまう。


「あいつは警察官なのか?」

「警察官?」


 聞きなれない言葉だ。

 そう言いたげなバーテンの顔を見た後、アキラは宙を見つめてから、血のような赤い紅が塗られた唇を開く。


「あいつは警邏業務をやっているのか?」

「ああ。ここデトロイトの街は東のセントクレア湖側を傭兵団、南のエリー湖側をレッジェ商会が仕切っているが……。治安維持業務は傭兵団が独占している」

(たしかメジャーリーグの強打者に、レッジェってイタリア人がいたっけ。それにデトロイト。英語が公用語だし、やはり、ここは別の地球なのか)

「治安維持ね」


 ドスンザスンと重い靴音をさせながら、ゆっくりと近づいてくる紺色の男。

 女性は助けを求めて、周囲を見回すも、誰もがトラブルとの関わりを嫌がる態度をとっている。


(まだ、分からない事が多いんだ。彼女の協力が……いや、そうじゃない)


 残っていた酒を一気に飲み込んで、勢いよく、立ち上がる(さま)は優雅な容姿には似合わないが、それが逆に絵になった。


(自分がボロボロだろうが、どんな女だろうと見捨てないのがヒーローってやつだ)


 女性は一瞬、喜びの表情をするも、直ぐに、その顔を曇らせる。

 アキラの敗北が確定している――と言いたげに。


「ん? お前、こいつの仲間か?」


 紺色の男は今の(・・)アキラの豊満なバストを見ると、下卑た笑みを浮かべた。

 女装コスプレで参加させられたイベントで、カメラと共に向けられた視線を思い出したアキラが睨み返す。


「そんな年代物の服を何処で手に入れた? お前も一緒に取り調べをしてやる」


 腕毛が目立つ手が素早く伸びたが、バストを鷲掴みにされるよりも早く、アキラが掴みかかる。

 と同時に体勢を崩させながら、懐に素早く潜り込んだ。

 今、()が履いているのは踵部の高い女性用靴といっても、ハイヒールではない。

 中程がくびれ、曲線にかたどられた優雅な靴ルイヒール。

 運動用靴には劣るにしても、踏ん張りは利かせられる。


「うりゃゃァ」


 ほっそりとした優雅な雰囲気からは程遠い。

 聞いた者を困惑させるだろう一声を轟かせながら、巨体を宙に舞わせる事も容易だった。

 バァァッン。

 重量物を叩きつけられた床が吼え、建物は揺れ、何人かが舞った埃を吸って(むせ)た。


「じゅ、柔道だ! 前に見たぞ!!」

「そうだ。黒髪の奴が、あんな風に片手をとるや、投げ飛ばしていた」

「俺の酒に埃が入ったじゃねぇか!!」


 思わぬ見世物に酒場の客達が声をあげる中、アキラは身動き一つしない紺色の男に苦い顔を向ける。


(くそっ。つい、投げちまった。泥の上ならまだしも、こんな板の上で)


 呼吸がし難くなるのを感じながら、ゆっくり、ゆっくりと近づいていく。


(ヘルメットを被っているとはいえ……受け身をとれずに、頭を打ったわけだからな)


 息苦しさだけでなく、急激な喉の乾きも感じながら、身動き一つしない男を覗き込む。


「だ、大丈夫か?」

「馬鹿野郎ッ! まだ、勝負はついてないだろうが!!」


 震える声で恐々と尋ねたアキラに、バーテンが建物を揺らすような叫びを向けた。

 視線を逸らす瞬間を狙っていたかのように、紺色の男は両目をカッと見開くや、その両手をスカートの中へと勢いよく伸ばす。


 完全に気を失っていると思っていた。

 もしかすると、頭部骨折をさせた可能性もある相手に足首を掴まれ、アキラは体勢を崩してしまう。

 だが、()にはヒーローショーの途中、舞台で足を滑らせてしまった経験が何度かあった。

 そして、その度に咄嗟のアドリブを利かせて、ショーの演出だと偽ってきた経験も。


「くっ」


 アキラは両肘で床を突き破らんとばかりの勢いで床を突き、頭を打ちつけるのを回避。

 同時に大きく――女性の体だから出来る柔軟さで開脚。

 紺色の男の手を無理やりに振り払うと、起き上がり中の男の腹を蹴った。


「うぉ」


 不意打ちじみた一撃で男を呻かせながら、アキラは反動を活かして下半身を浮かせ、直ぐに膝を曲げると同時に両手を床につける。

 スカートに足の動きを妨げられながらも、ステージで繰り返してきたバク転と後転。

 それが混ざりあったような動きで、後ろに勢いよく跳んだ。


「よッ」


 ランプの光が突然、何かに遮られたのは、優雅な雰囲気とは真逆の一声を発し、立ち上がろうと中腰になった時だった。


「げッ」


 美しく整っている小さな目鼻立ち。

 凛とした美貌からは想像出来ないだろう声をあげたアキラは、自分目掛けて、降ってくる巨体を避ける為に後方へと跳んだ。

 あッ!――そう言いたげに間抜けな顔をした男が、何もない場所に腹を打ちつける寸前に、アキラはばつの悪い顔で目を逸らした。


 直後、ドォォォッンっという音が鳴り、建物が激しく揺れ、先程以上の土埃が舞って、何人かのテーブルからグラスが落ち、大勢の酒に埃を降り注がせる。

 今のは最初から、当てるつもりは無かった! 一撃で勝負が決まるなんて面白くないからな!!――と言いたげに、紺色の男がガムをクチャクチャやる音をさせながら、悠然と立ち上がった。


(なに、澄ました顔をしているんだ! って言ってやりたい)


 喉まで出かけた言葉を呑み込み、アキラは細い腕を構えていく。


「わしの酒ェッ!」

「まだ、一口しか飲んでねぇ」

「目に砂が!!」


 野次馬達の声など聞こえないとばかりに、二人は向かい合う。


(頻繁にガムを噛み、ボディプレスをしかけてくる警察官には見覚えがあるが、そんなのが現実に存在するはずがない。だけど、あんな怪人役とショーで戦った覚えも無いぞ)


 矛盾する記憶に悩むアキラが浮かべた表情を、どう解釈したのだろうか?

 紺色の男は外見からは想像も出来ない程に静かに、太くゴツい手を腰のホルスターに伸ばしていた。


(日本とは発砲基準が違うんだろうけれど、剣どころか、素手相手にかよ!?)


 アキラは紺色の男が拳銃を抜こうとしていると判断するや、床を蹴って跳ぶと体を屈めた。

 そして、相手の男は拳銃ではなく――警棒のようにも見える棍棒を引き抜いていた。


(速いッ!)


 二人は同じ事を思ったが――。

 相手が遠距離攻撃用の武器を抜いたと判断し、低い姿勢でのタックルをしかけたアキラ。

 近接攻撃用の武器を抜いたら、振り落とす対象が近寄ってきてくれた紺色の男。

 どちらが有利かは明白だった。


(今、俺が動く死体同然なのだとしても、流石に頭をやられたら)


 蘇った死者と(うた)われながら、頭部を潰されると動かなくなる。

 映画のゾンビ達の事を考えながら、棍棒の軌道から外れようと、アキラは素早く体を捻る。

 だが、その先端は投球のフォークとカーブが混ざったかのように動いた。


「ぁがッ」

「その顔を台無しにするわけにはいかないからな」


 紺色の男は右肩を抑えて、中腰で苦悶に顔を歪めるアキラを見下ろしながら、余裕を感じさせる表情で語った。


(アルコールは何の影響も無いのに、痛みは感じる。今の俺の体はどうなっているんだ?)


 苦痛を我慢している様子でさえ、一枚の絵画になるアキラが立ち上がると、紺色の男は感嘆の表情を浮かべ、一度は口の動きを止めた。

 だが、また直ぐに、ガムをクチャクチャさせ始める。


(ひびは入ったかもしれないが、折れてはいない。()相手だと思って、手加減をしてくれたのか)


 腰を深く落とし、左手を前に突き出しながら、体にフィットしている為、細さが強調されている右腕を腰の所にやる。

 普段の()とは真逆の構えを作った。

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