閑話「とある日のゲームセンターにて」
そのゲームセンターの開店は約二十年前、宇宙からの侵略者と戦うゲームが社会的ブームを起こした頃だった。
歴史のある店でも、時代の流れには逆らえなかったのだろう。
経年劣化で痛んだ外壁、手動で開け閉めする扉。
老舗店といった雰囲気なのに――店の入り口から見える範囲に並ぶのは、格闘ゲームの対戦用台ばかり。
一見、凡百のゲームセンターと変わり栄えしない。
だが、店の中程からは、格闘ゲーム以外の新作と準新作がジャンル毎に分けられて並ぶ等、店のオーナーの性格が表れ始める。
レトロゲームと呼ばれるような往年の名作を並べる最奥の区画には、(株)POPCOがアミューズメント業界に参入する際、投入をしたピエロ型ポップコーン製造マシン。
数十年前にリリースされた初期モデルまでが現役で稼動をしている。
かと思えば、正式リリース前のゲーム機のロケテスト台が、何の予告も無しに店頭に置かれる事も珍しくない。
そう。過去と現在と未来が入り混じっている――混沌とした店だった。
ならば、人在らざるモノ達が、何食わぬ顔で出入りをしていたとしても、何ら不思議では無いだろう。
店内に幾つかある自動販売機コーナーの一つ。
そこには、メイクをすれば女性役も出来るだろう中性的な顔立ちだが、シャツ越しにも鍛えているのが分かる男性。
その隣に女性だけの劇団で男役を努められそうな端正な顔だが、豊かなボディーラインの麗人。
一人としてファッションは被っていないのに、何故か、統一性を感じさせる雰囲気を漂わせた少年達。
店のロゴが入ったジャケットを着ているが、缶コーヒーを片手にしているので、休憩中なのだろう小太りの男性。
そして、他にも、数名の若者達が集まっていた。
その奇妙な一団に最初に気づいたのは、誰だっただろうか?
そう。彼等は奇妙としか、表しようがなかった。
質感があまりにリアル過ぎて、素顔であるかのような黒羊と白山羊の被り物をし、揃いの燕尾服を着た長身の男性達。
二人を従えていると一目で分かる。
人とは思えない程に美しい貌で、鮮血をイメージさせるデザインのドレスを纏った金髪の少女。
(ハロウィン? いや、時期が違うよな)
(コスプレ姿で街中を出歩くのって)
(外国ではお盆に、あんな仮装をするのか)
彼等を目にした若者達は心の中で思いを呟きながら、自分達の方へ――否、自販機コーナーに進んでくる一団を興味深げに眺めていると――。
「ねぇ。いろいろなキャラが戦っているけれど、あの中の誰が一番強いの?」
少女は格闘ゲームの対戦台の方を指差しながら、可愛らしい声で尋ねた。
(随分と日本語が上手いな)
皆が同じ事を思うほどに、発音は流暢であり、質問の意図は明確に伝わった。
そして、この時、問いかけられた者の多くは『このゲーム』で、『このキャラ』を使えば『並ぶ者無し』と自負する――格闘ゲームプレイヤー達だった。
けれども、彼等は良識ある人々である。
「違うゲーム同士だから、比べようが無いよ」
何時もならば、誰もが、そう返していたはずだった。
自分の好きなキャラが最強だ!――と心の中で思っていようと、当たり障りの無い発言をし、大人の対応をするはずだった。
だが、何故か、不思議な事に、皆が自分の好きなキャラを無性に推したくなった。
まるで、何かに憑かれたかのように。
または、人に出来るとは思えない貌なのに、笑っていると分かる誰かに操られているように。
そして、皆は――もし、言葉で分からせられないなら、拳で分からせてやろう――と思う程に、自分の推しキャラの強さを語りたくなった。
「例えば『カーミラ』の女吸血鬼とかが、最強に近いと思う」
口火を切った中性的な容姿の男性に、彼の全てを否定せんとばかりに、周りの若者達が射抜くような目を向ける。
けれど――。
「飛び道具、対空技、突進技。全てを備えているキャラが一番、多くの状況に対応を出来るからだ」
特定のキャラ名を出しつつも、こういうキャラが強いと抽象的に語った。
語る事が出来た。
出来てしまった。
そして、彼の一言が誰かの操り人形になっていたかのように、意志を捻じ曲げられそうになっていた人々の呪縛を解いていく。
「『ラストブラッド』のハルキみたいに、対戦での使用禁止ルールが張り出されるキャラ。メーカーの想定外の強さを発揮する奴が最強さ」
今にも、男性に殴りかかりそうになっていた大学生らしき若者。
彼が無意識に握っていた拳を不思議そうに見つめながら、語り終えると、そのようなキャラとの対戦経験を思い出した人々が苦い顔で唸り声をあげた。
「相手の能力を弱体化させて、使い勝手をおかしくさせる。そういう『御江戸バスター』の河童みたいな、特殊能力系こそが強い」
そう自信満々に語ったのは、対戦のトラブル仲裁時に殴られた事を思い出し、頬を擦っていたスタッフジャケットの男性だ。
「そうそう。その『御江戸バスター』、入荷予定はないんですか?」
「俺も『入れろよ』って、店長に言ったんだけれどよ」
悔しそうな顔をしたスタッフの顔を見て、中性的な顔立ちの男性は入荷が絶望的なのだと理解し、溜め息を吐いた。
** § **
最初は偶然、自販機前に集まっていた数名での雑談だった。
だが、今や、店にいた半数以上の人々が集まり、凄まじい熱気を発し、一種の戦場のように盛り上がっていた。
そのような中、心底、つまらなさそうな貌の少女が一人。
すると、ポップコーンが詰まった。
否、溢れかけている紙容器がすっと、差し出された。
「ん」
少女は不機嫌顔のまま、従者の一人が差し出した容器を受け取る。
「バター醤油こそが至高」
「素朴な塩味こそが究極」
各々が抱えるポップコーンの味付けを賞賛する獣マスク達に挟まれながら、人とは思えない貌の少女は、素材の味を活かすプレーンのポップコーンを頬ばり始めた。
「『レコード』や各シリーズのキャラを集めた『ラスト・マン・スタンディング』。94年から始まって、毎年、参加作は増えるけども……結局はYKK内のだけだ」
「『POPCO VS YKK』が出るなんて、噂もあるけど、未だに正式発表は無いしな」
「それだって、二社だけだぜ。格ゲーを出している会社、幾つあるって話だよ」
「操作方法が八方向レバーと複数ボタンって、共通項はあっても、必殺技を超えた技の扱いとか、細かいルールは違うぜ」
「各社の格ゲーキャラを集めて、共通のシステムで戦わせる。そんな、夢のようなゲームは無理だよな」
無理。
その一言に現実を突きつけられたと言わんばかりに、全員が腕を組み、諦めきった顔で溜め息を吐いた。
瞬間、人とは思えない貌の少女が元気一杯で走り出す。
一度は失敗した悪戯を、今度こそ、成功させんとばかりの悪い笑貌で。
「お兄ちゃん達は、もし、それを出来るなら……やってみたい?」
その問いに答えてはいけない。
頭の中に何故か、警鐘が鳴り響いていたのに――。
「そうだね」
「ああ」
「おうよ」
議論に参加していた若者達の何人かは即答してしまった。
「いいね」
「やりたい」
返事を思いとどまっていた何人かも、結局は答えてしまった。
少女の問いかけに答えなかった。
否、何も言葉を発せられなかったのは、見てはならない何かを見てしまった――という顔をした者達だけ。
「うん。お兄ちゃん達が推すキャラで一同に集まって、戦う事になったら、面白いよね」
人とは思えない貌の少女の問いに応えてしまった若者達が、その言葉に違和感を抱く。
(俺達が推すキャラで集まる?)
だが、誰もが――。
(凄い自然に発音を出来るけど、日本語は何だかんだで複雑だからな。外国人が話す時は、多少、言い方が変になる事もあるだろう)
そう勝手に納得してしまう。
そして、燕尾服の二人組みが、君達はとんでもない失言をしちゃったねぇ――と言いたげな呆れ顔で、やれやれというジェスチャーをしている事。
人間に出来るはずがない貌で楽しそうに笑う少女の口が、まるで、裂けたかのように大きく広がっている事。
そのような、あまりに不自然で、異常で、奇怪な光景すらも、ありふれた場面のように受け入れてしまった。