最終話「二度別れた元彼女と三度目のやり直しを」
繁華街からは離れる為、買い物が面倒だが、治安が好い区画に木で骨組みを作り、レンガを組み合わせるという手法で作られた一軒屋がある。
その家は収集癖のある占い師が自宅兼倉庫として借りていたが、彼女は旅先で帰れぬ人となってしまった。
それを知った不動産屋は契約に基づき、残されていた家具の撤去を始めるも、彼女の集めていた品の一つ。何時、何処の国で作られたのかが分からない。
斬新というよりも、あまりに奇抜としか言いようが無いデザインの鏡の中に、作業員が引きずり込まれ、救出まで数日を要するなどの事件が発生。
予定よりも大幅に遅れての八月の最後の金曜日の夕方に、家の鍵を受け取れた新たな住人達。
時代錯誤ともいえる古風なドレスを纏った金髪の美女と、美青年と見紛う端正な顔立ちの黒髪の美女は、疲れきった顔で、大人三人が並んで座れる大きさの長椅子に腰かけていた。
「ねぇ」
月を薄っすらと隠していた雲が流されるのが合図だったかのように、黒髪の美女が言葉を発した。
「ああ。そうしよう」
天窓から射しこむ月明かりが金色のウェーブのかかった髪、続けて、流れるような黒髪を照らす。
「まだ、何も言っていないんだけど」
「俺も同じ思いだったからな」
「ならさ……もっと早くに言って欲しかったな」
黒髪の女性の言葉に金髪の女性になってしまっているアキラは困ったな――と言いたげに形の良い唇を歪めた。
そして、避けたかった話題だ――と書いてある顔で、ゆっくりと語り始める。
「向こうに。俺達の住んでいた方の地球に戻ってから……って思っていた」
「そっか」
「けど、やっぱり、そう簡単にはいかないようだからな」
街を二分する勢力の一つ。
大手商会の代表と会ってから、今日までの間にも、幾つかの事件に巻き込まれ、何度かは自分から飛び込んだ。
その過程で、自分達のように別の世界から、この世界へ。それも治安の悪い街へと来た日本人達と会う事も出来た。
だが、帰還の為の手掛かりは――。
顔を曇らせた金髪の女性が食い千切る勢いで唇を噛み、その握られた拳が震えているのを見て、黒髪の女性はその心情を察する。
「ん。そうだね」
軽く一言を告げると、勢いよく体を捻ると同時に、その右掌を隣の女性の肩に押しつけ、そのまま、押し倒すように力を入れた。
「ッ!?」
もし、床に座っている状態であったならば、即座に体を捻る事が出来た。
否、今でも出来る。
だが、今の状態でそれをやると、もつれ合う様に床に転げ落ちるかもしれない。
それを恐れたが故に金髪の女性は抵抗を出来なかった。
「おぃッ」
月光が顔を顰めた女性を照らし、直後、月明りは人影に遮られた。
「焦る事なんてさ……。無いじゃん」
覆い被さるような体勢で話しかけた黒髪の女性の手が、起き上がろうとしていた金髪の女性の肩に伸びる。
脱出しようと思えば出来る。
だが、未来への不安、無力な自分への怒り、眼前の女性への申しわけなさ。
あまりに多くの負の感情が抵抗力を奪って、金髪の女性は為すがままとなり――。
「あッ」
せめて、抗いの一言ぐらいと思うも、それも出来なかった。
血のように綺麗な真っ赤な唇を、覆いかぶさった黒髪の女性に封じられてしまったが故に。
** § **
二度の付き合いと別れを経た後も、いろいろな意味で好ましき友人関係を続け、今夜、三度目のやり直しを決めた。
アキラにとって、凛子とは、そのような女性だった。
だが、今、彼は格闘ゲーム『カーミラ』での愛用キャラ・女吸血鬼に酷似した衣装を纏うだけでなく――女性の肉体となっていた。
心が紛れもない男性であったとしても、同性に強引に唇を重ねられる。
そんな事態に思わず――目をつぶってしまう。
凍りついたかのように体を硬直させ、為すがままとなる。
だが、唇が感じとった違和が故に、その目をゆっくりと開いていった。
「今のアキラも、アキラだけどさ」
唇と唇が重なる寸前。
だが、触れ合わない状態で二人は見つめあう。
「それでも、やっぱり、女の子とは……ね」
そっと体を浮かせた凛子はアキラの唇に自分の指を当てたまま、語り終えると意地悪げに微笑んだ。
「だから、本当のキスはお預け」
そして、とても寂しげに、悲しげに告げると、その体をすっと離れさせた。
「ああ」
アキラは安堵の表情で一息を吐きながら、静かに上半身を起こす。
「そうだな」
だが、その声には僅かだったが、残念だという思いも溶け込んでいた。
「まだまだ、買い揃えが必要だけどさ。こんな立派な生活拠点を確保出来たんだし」
凛子はそう言うと、堅い木を使った食器棚と四つ足テーブルが置かれたダイニング・ルームへと歩き出した。
先に宿屋を確保していた彼女の所に、アキラが転がり込んでの半同棲生活。
部屋は二人で暮らすには充分過ぎる広さがあり、宿の女将達にも良くしてもらっていた。
だが――。
口にする事で現実になるとばかりに、どちらも話題にはしなかったが、自分達が原因でのトラブルに巻き込む可能性。
不安の種は日々つきまとった。
しかし、家を借りようにも、街に現れたばかりの新参者という事で、不動産屋達には色眼鏡で見られてしまう。
信用が無いと断られるなら、まだマシな方で、法外な賃料を請求する者、愛人としての振る舞いを求める者が多かった。
だから、アキラはケインを頼り、レッジェ商会に仲介を依頼。
その際に代価として、とある依頼を受け、無事に解決していた。
「ああ」
空返事ではない。
だが、真剣とも言えない。
そんな声音で返事をしたアキラは、凛子が職人街の家具店で真っ先に購入した品。
成人二人分程の横幅があり、全身をくまなく映せる姿見に目を向けていた。
(この異常な状況で、コスプレ用の道具を買うか?)
凛子の適応力を羨むべきか、呆れるべきかを迷ったアキラは複雑な表情をする。
「焦らないでさ。ゆっくりとね」
凛子は向けられた目に気づくと、慰めんとばかりに優しく声をかける。
それでも、彼は苛立ちを隠せない顔で紅い唇を噛んだ。
「ッ」
その痛みが冷静さを呼び戻す。
技術が偏った発展をしていたり、ゲームの登場人物のような力を持つ者達が日常に溶け込んでいる。
街中で顔を合わせた瞬間、殴り合いになりかねない相手も少なくない。
そんな異質な世界の危険な街。
だが、そこには、純粋に力と技を競い合える好敵手達も少なくなかった。
そして、何より――。
夏場用の薄手で、薄っすらと緑系が混ざったスウェット姿で首を傾げたボブカットの人物。
端正な顔立ちに短く刈った髪型の為、ぱっと見には美少年にも見えるが、隠しきれない胸部の豊かさが女性だと主張している。
そんな凛子とじっと見つめ合いながら、アキラは静かに考える。
(これ以上を望むのは贅沢か)
「ああ……。そうだな」
心の底から、そう思う事が出来たからこそ、天窓から射しこむ月光の下でゆっくりと満足気に笑みを浮かべた。




