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第09話「ラスト・マン・スタンディング」(2)

 鬱蒼と茂った木々の間で、夜に生きる鳥達が闇に溶け込むようにしながらも、好奇心を隠せないとばかりに目を煌かせながら、眼下を見ろしていた。

 だが、月光の下の静寂が風切り音で裂かれると、年若い一羽が悲鳴染みた一鳴きをして飛び去った。


 そして、対峙していた二人は同時に前へと跳んだ。

 否、自身の身長を超える長さ――190センチ程もある薙刀を握ったケインの方が一瞬だけ早かった。


「ッ!?」


 間合いをとって戦いたいはずの相手の意外な初手。

 戸惑いを露わにしたアキラの体は強張り、構えを作るのがワンテンポ遅れてしまう。


「せぇぇぃッ」


 ケインは左足を地に着けるや、体内の空気を空にする勢いで、右足も勢い良く振り下ろす。

 同時に高々と右上段に振り上げられていた穂を斜めに、袈裟(けさ)斬りをするように振り落としていた。


(あれはハルキの大技の一つ!)


 凛子の目にはケインの姿に、ゲームキャラの姿が重なって見えた。

 身長が違い過ぎるのに、それが気にならない程に動作が同じ。

 否、ゲームキャラの方がケインの動きにそっくりなのだ。


(アキラッ!)


 ゲームでは『肩砕き』と呼ばれていた技は、前方ダッシュ中にしか使えないうえに、攻撃前後の隙も大きいが、体力数割を一撃で奪う威力がある。

 また、同作を元にした漫画では、その名の通りに肩を砕いてギブアップに追い込んでいた。


(嫌ッ!!)


 刀身部分は切断能力が無い模擬刃。

 そもそも、柄の部分が当たるように振り落としている。

 だが、まるで時代劇の袈裟斬りのような迫力故に、元恋人が斬り殺されるように思えてしまって、凛子はぎゅっと目を瞑った。


(ほとんど止まって見える)


 アキラには自分目がけて、猛スピードで振り落とされているはずの薙刀の柄が、あまりにゆっくりに見えていた。

 如何に危険だろうと目で追えるならば、回避する事は出来るだろう。

 だが――。


(まるで、水中にいるみたいだ)


 柄がコマ送りのように、少しずつ動いているのと同じく、アキラも手足も緩慢にしか動かせない。

 もどかしさを感じながら、それでも、必死に腰を落とし、重石をつけられたような左腕を持ち上げていく。


**  §  **


 薙刀が女性向けの武器と言われる理由は、筋力に頼らずとも、敵に痛打を浴びせる事が可能な為である。

 例えば、主力となる振り落としは重力を利用し、薙ぎ払いも遠心力を活かす技である。

 だが――。

 今夜、薙刀を振るったのは重力に頼らなくても、敵に痛打を浴びせる事が可能な筋力を持った成人男性であった。


「ちッ!?」


 月光の下で振り落とされた()を防ぐ為、左肘を盾替わりとして掲げたアキラは痛みに耐えようと必死に歯を食いしばる。


「ッ……グゥ……ァゥ」


 だが、遂に痛みで苦鳴を漏らしてしまう。

 直後、人が自転車に撥ねられた時のようなバァァッンという音が響いた。


「あぐァ」


 そして、現実は非情である。

 美しい顔を歪めたアキラの赤く彩られた唇から、少なくない飛沫が零れ落ち、ほっそりとした体は柄が描くはずだった軌跡に沿うように飛んだ。

 もし、ケインが追撃を決めていたなら、この瞬間に勝負が決まっていただろう。


 だが、彼は堅実だった。

 距離をとらせる為に跳ばせた後、本命の攻撃に繋げるつもりで、避けられる事を前提とした大振りの一撃を繰り出した。

 なのに、易々と防がれた――ように見えたが故に、薙刀での戦い方の定石を選んだ。

 アキラが端正な顔を歪ませ、崩れるように弾き飛ばされる様を見たのは柄を引き上げ、左足を後ろへと退いて、充分に間合いを取った後だった。


(受け切れるかを読み誤った?)


 伝聞で知っている情報に、自分の目と耳で得た情報を加算。

 それでも、相手の戦い方を把握しきれていない。

 故に眉間に皺を寄せたケインは攻めるよりも、観察を優先せんと、右手を刀身側に寄せると斜めに構え、そっと腰を落とす。


(折れてはいないが)


 覚悟としていた以上の痛打で麻痺したような左腕に片目をやりながら、アキラは悔しげに唇を噛んだ。


(とりあえず、観察をしながらやるか)


 手加減はしない――と宣言をしていようと、流石に男同士のようにはいかない。

 故にケインの考えた勝ち方はギブアップを言わせるか、抑え込みでの勝利だった。


「はァッッ」


 苦痛に顔を歪めながら、アキラは気迫溢れる一声と共に左足で踏み込み、反時計回りに腰を捻りながら、右の拳を打ち出す。


「ッ」


 後ろに弾かれたケインは左手で腹を押さえると、重心を安定させんと腰を落とし、右手に握っていた薙刀の石突で地面を突いた。

 手ごたえに少なくない違和感を覚えながら、アキラはぎゅっと握った右手を捻る。


「せゃァ」


 そして、まるで椅子にどっしりと腰をかけているような体勢から、ケインは左足を素早く一振り。

 空を裂いた足の代わりに、彼の体を支えているのは、薙刀であった。


「ァゥッ!?」


 色めいた苦鳴を漏らし、アキラは不意の痛みに襲われた右足首に目をやってしまう。

 ケインから目を離したのは僅かな時間。

 だが、真剣勝負という場では、あまりに長過ぎる時間。

 対価は反対側にも、風切り音と共に打ち込まれた同じ痛み。


(連続ロー!?)


 動きを鈍らせる為、足を攻める。

 それはアキラもよくやるし、よく使われる手でもあった。

 だが、薙刀という武具を握る相手が、やってくるとは考えていなかった。

 それを油断したという失敗で終わらせるか、それとも――。


(早めに手札を見せてくれた事に感謝するべきだな)


 口元を拭うと不敵に笑って、遠心力も重力も使わない。

 ただ純粋な身体能力、手首の捻りだけで振り落とされた柄を、とっさに振り上げた右肘で弾いた。

 それは片手で行われ、しかも、きちんと構えてもいない状態からの一振り。

 蚊に刺されような――とは言えないまでも、当たったところで、大して意味の無い一撃。


「はッ」


 短く、だが、気合を込めて、ケインは体内の空気全てを吐き出すと、後方へと跳んだ。


(当てられようと、弾くよりも、懐に入り込んでおくべきだった)


 アキラが悔しげに唇を噛み、ケインが右足を一歩踏み出す。

 そして、構え方が変わった事に。

 柄の中央に両手を寄せている事に気づけたのはレッジェ、凛子、アキラの順だった。


(あれは私が初めて、彼に一本取られた時の)


 それを打ち込まれた時の事を思い出し、レッジェは無意識に目元を抑えていた。


(あの構え方は薙刀の近接技の)


 それがゲームで見た事のあるものだと、アキラが分かったのは、凛子に僅かに遅れての事。

 だが、瞬きほどの間にケインの手首は目視出来ない程の速さで回転。


「ぁがッ」


 光速で飛び出した石突に腹部を突かれ、顔を歪めたアキラは踏ん張らんとするも、『く』の字のように。

 否、体の柔らかさ故に記号の『(』のようになってしまう。

 全て吐き出させられた体は何よりも優先で新鮮な空気を求めた。

 だが、ケインの攻撃がこれで終わらない事を知っているが故に、アキラは必死に痛みを堪えながら、腰を深く落として構えを作る。


「せぇぃッ」


 石突を引き抜くや、ケインの手首は再び、猛スピードで回転。

 力強く振られた柄がアキラの顔面へ、正確には目元へと向かう。

 と同時にケインは苦虫を噛んだような顔で、チッと舌打ちをした。


「うおりゃぁぁッ」


 咆哮と同時に、回転させたばかりの手首を更に捻り、苦痛で顔を歪ませたケインが柄の軌道を強引に変えた。


「くッ」


 アキラは右肩に一撃を叩き込まれるも、それは本来の一振りには到底及ばないもの。

 故に――。


「ぉゴッ」


 苦痛に染まろうと、それもまた絵になる美貌のアキラの右肘を顎に打ち込まれ、ケインはバランスを崩した。

 そう。

 薙刀の近接技を当てられるという事は当然ながら、徒手空拳の間合いに入ったという事も意味する。


「せぃッ」


 アキラは右足で踏み込むと同時に、素早く腰を右に捻って、左足で風切り音を響かせながら、夜闇を裂く。


「ちっ! うらァ」

「――ッ」


 振り上げた細い足よりも、更に細い足首を柄で打たれ、アキラの美しい顔は苦痛を悔しげなものへと変わる。

 だが、鬼気をまといながら、歯を食いしばった瞬間、ほっそりとした足首を押さえ込もうとしていた柄が浮き上がった。


「これを弾くのかよ!?」


 ケインは全力で振り落としたが、アキラは足の細さというハンデを気迫で埋めた。


「いァァッ」


 振り上げられた美女(・・)の足先は止まらない。

 遂に鳥が水面を立つように薙刀は空へと飛んだ。


「くそッ」


 ちッ。

 悪態の後に舌打ち音も鳴らし、ケインは優雅にルイヒールの足先を降ろしていくアキラの動きを一つたりとも見逃すまい。

 そのような表情で静かに屈みながら、盾にする様に左手を突き出しながら、右手を地面に転がった薙刀の柄へと伸ばしていく。

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