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第07話「少女と老人」(5)

(何で、俺や痴漢(河童)みたいに、短時間に傷が治らないんだ?)


 それが本来ならば自然な事であり、そう考えてしまう方が不自然な事だった。

 異常な回復能力が格闘ゲームのキャラが現実化した際、共通して身につく能力――だと思っていたが故にアキラは戸惑う。


(凛子は大丈夫だよな?)


 疑念は別の疑念を生む。

 頬を冷たい汗が流れるのを感じながら、アキラは恐怖を振りはらわんとばかりに頭を振った。


(いや、『カーミラ』の市松人形はちょこちょこと歩くし、テレパシーを使って会話をしていた。滑るように床の上を動いたり、口を開けて、喋ったりもしなかった)


 自分が知っている事と見た事を整理していく。


(酒場で遭った『クレイジーギア』の悪徳警官みたいな奴のように、この市松人形も、こっち側の地球にいる生き物(・・・)?)


 確信は持てない。

 だが、それが真実である事を願う。

 自分と同じように、別の地球から、この地球に来て、格闘ゲームでの愛用キャラのような能力を得た凛子。

 元恋人も自分と同じように、回復能力がある事を期待しながら、アキラは市松人形を抱えた老店主の隣に屈んだ。

 誘拐同然に掴まれた時も大人しくしていたが、老店主を傷つけられた事で過剰ともいえる反撃を始めた。

 武装した車椅子の攻撃から、自分を助けてくれた恩人であり、床に叩きつけようとした加害者に複雑な思いで目を向ける。


(腹を貫かれ、左半身と右上半身を半ばまで潰されている。幸い、頭部は無事とはいえ……人間なら重傷どころじゃないだ)


 アキラは顔を曇らせたまま、こんな惨事を引き起こした犯人――孫娘を襲われた祖父の方に首を捻る。


(身内を傷つけられて……って気持ちは分かるけど、こんなのはやり過ぎだ)


 そうは思いつつも、単純に憎みきる事も出来ない相手は匍匐前進を強制された状態なのに、既に姿を消していた。

 アキラは言い知れない違和感にとらわれるも、事態の流転は()の都合を考慮してくれない。


「お――ぃ――ゃ」

「お、おォォッ」


 ぼそぼそと声と歓喜の叫びを聞き、アキラは全身全力を使って、風を起こす勢いで体を捻った。


「――爺ち――」


 人間であるならば確実に亡くなっている。

 あまりに痛々しい姿の市松人形がカタカタと本来は開かないはずの口元を上下させる。


「直――て」

「おぅ。おう。任せておけ。ちゃんと、また、治してやる(・・・・・)


 とっくに死んでいるはずの重傷であり、話し方も途切れ途切れである。

 だが、老店主の喜色満面の顔を見れた事で、全身から力を抜き、アキラはほっと一息を吐いた。

 そう。

 安堵で緊張を解いてしまった。

 傷ついた少女を抱えて、カウンターに向かう老店主の後に続いていた。

 故に――。


「ガァ!?」


 背後からの一撃。

 殺気を剥き出しで、飛んで来たのに一矢(ひとや)へ反応を出来なかった。


「ぐっ!!」


 老店主達を巻き込みながら、倒れ込むのを避ける為、猛烈な痛みを堪えながら、腰を落として重心を安定させる。 

 今のアキラには、それくらいしか出来なかった。

 直後、ドスンなんて重い音では無いが、誰かが床に落ちる音が響き、床が軋みをあげた。


「うぅ、痛ッ! ちきしょう!!」


 何が起きたかを知ろうと振り向いた美女(・・)の直ぐ後ろには、あの少女が――車椅子を使う痩せた男の孫娘が、揃えた両足を突き出した体勢で尻餅をつき、悪態をついていた。


(今のは、この子のドロップキックか?)


 その問いへの答えとばかりに、立ち上がった少女は小さい拳をぎゅっと握ると、右肘を振り上げる。

 そして、何の躊躇いもみせずに、女性(・・)の顔へ。

 正確には眉間へと肘を打ち込んだ。


(な、今、何が!?)


 揺れる。揺れ続ける。

 ぐにゃぐにゃと目の前が波打つ様にアキラが戸惑う中、右肘を突き刺したまま、少女は腰を捻って左足を振り上げた。

 狙った箇所に当てる技術だけは身につけているとはいえ――まだまだ成長中の少女。

 体重も無ければ、筋力にも乏しい。


「お爺様ッ! 今のうちです!!」


 しかし、積み重ねられたダメージがあり、左脇腹に手を当てたアキラの両膝は床に向かって崩れ落ちた。

 その揺れる視界の中で、()は物陰から、人影が足早に出てくるのを見た。


(なッ!? お、おい! 普通に歩けるのかよ!!)


 皺の目立つ男は、自分の足で普通に歩いていた。

 奇襲攻撃に長ける少女は、外見を騙るのが得意な祖父の手を掴み、立ち上がろうとしているアキラの隣を走り抜ける。

 そして、店の外へと出ると、呆然とした表情の()にアッカンベーをして、祖父を半ば引きずるように逃げ去った。


**  §  **


 硝煙の代わりに汗の臭いが漂う戦場。

 否、女吸血鬼(カーミラ)、兵器同然の車椅子を使う男、不可思議な市松人形、不意討ち少女が争うには狭すぎたアンティークショップ。

 傾いたテーブルの上から、並べられていた品が時折、パラパラと零れ落ちていった。

 カウンターに寝かせた損傷激しい市松人形の隣に(はさみ)、針と糸、紙と布を並べていく老店主。

 彼の痛ましい顔を見て、じっとしている事が出来なかったが故に、アキラは床に散ったアクセサリーを拾い集めていた。


「マァァァ」


 騒ぎの間、何処かに隠れていた三毛猫が一鳴き。

 カチャ、カチャンとアクセサリーを手で弾き、床の上を滑らせ、遊び始めた。


(お店の売り物を玩具にするなよ)

「ァァァオッ」

「音で気を散らせるんじゃない」


 老店主は難手術に挑む医師のように、ゆっくりと、鋏と針を動かし続ける。

 急に抱きかかえられた猫は不満の一鳴きをするや、するっとアキラの手の中を抜け、その細い肩へと駆け上った。


「あッ! おい」


 三毛猫は抗議の声を無視し、アキラの細い肩の上で前脚を胸元に仕舞う座り方を始めてしまう。


「許してやってください。その子も不安なんですよ」


 アキラは猫を落としてしまわないように気をつけながら、体をカウンター側へと向け、職人の指の速さに目を見開いた。


「何せ、数ヶ月前にボロボロの姿になっていた、この子を連れて帰って来てからは、ずっと、側にいたので」


 老店主の手元で復元されつつある市松人形が自分達のように誰かが変異したものなのか? それとも、酷似した別の何かなのか?

 このような状況で尋ねるべきなのかを迷いつつ、アキラはゆっくりと口を開く。


「その歩いたり、喋る人形は一体何者なんですか?」

「それがね……。私にも、よく分からないんですよ」


 同居人は見知らぬ人――と何事も無かったかのように語る老店主に、アキラは目を見開き、紅を塗った唇をポカンと開けた。


「こういう店をやっていると、命を持った家具の話を聞く事も珍しくありません」


 老店主は鋏で紙に切れ目を入れ始める。


(『M&M』のリビング(生きている)ファニチャー(家具)?)


 対盗賊団ステージの奥部屋に待ち構えていた盗賊ボス。

 但し、ボスとは思えないほどに弱い――を倒した後、唐突に始まる第二ラウンド。

 不規則に跳ねる椅子と、飛び回る丸テーブル。

 文字通りの玉砕攻撃で、大ダメージの体当たりを仕掛けてくる食器。

 アキラは初見殺しの敵達を思い出していた。


(この市松人形は器物百年魂宿る。日本の怪異、付喪神(つくもがみ)ってやつか?)


 アキラは何かの漫画で見たのを思い出しながら、昨夜、出会った河童の事を考える。


(あの痴漢の逆パターン。妖怪みたいな格ゲーキャラじゃなくて、格ゲーキャラみたいな(あや)かしか)

「なら、長年、大切に扱われてきた人形が自我をもっても不思議はありませんよ」


 老店主は穏やかな顔で鋏、糸、布と取り替えながら、修繕を進めていく。


「怖くないんですか?」


 躊躇いがちに問いかけられ、老店主は苦笑を浮かべた。


「流石に今日はやり過ぎたと思いますが……。何時もは、あんな事はしません」

(何時もは……か。骨董品に疎い俺でも、価値があると分かる。そんな品が多いからな)


 店内に目をやりながら、この店を襲った泥棒達が無様に逃げ帰る様を想像していたアキラの肩の上で、何の前触れも無く、三毛猫が立ち上がった。


「あ! 急に立つと落ちるぞ」

「マーーー」


 三毛猫は一鳴きをすると、落下を防がんと伸ばされた白く細い手を避ける。

 そして、()の細い肩を踏み台にして、カウンターへと飛び降りると、すりすりと、その三色模様を市松模様に(こす)りつけ始めた。


(ほんと、猫の身体バランスは羨ましいな)


 ヒーローの『中の人』として、大勢の子供や母親達の前で殺陣(たて)を行ってきた。

 それ故だろうか? 猫という動物の自然体な動きも、アキラはそういう目線で見てしまう。

 チャーン。

 傾いていたテーブルから、アクセサリーの一つが落ちる音が響き、店を襲った惨状をあらためて意識し、絵になるような憂い顔になった。

 その心の内を読んだかのように、老店主は苦笑を浮かべながら、ゆっくりと口を開く。


「こんな小さな子に追い返されたなんて、口にはしたくないでしょうし」

(まぁ……。そりゃな)

「あとでレッジェさんの所にも相談に行きますから、ご心配なく」

「レッジェ?」


 今晩、会う予定となっている男の名を思わぬ場所で聞き、アキラは表情を強張らせる。


(ただの偶然なんだろうけど……。妙に運命めいてるな)

「こういう時の為に保護代をお支払いしているのですから」


 老店主のビジネスライクな語りを聞き、美女(・・)は白い指差を形の良い唇に当てた。

 宿屋の少年はレッジェのやっている”ビジネス”を猛烈に批判していた。

 だが、その一方で、その”ビジネス”を利用している者もいる。

 そのような現実とどう向き合うべきか? を悩みながら、アキラは店を後にした。

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