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第06話「晩餐会への招待状」

 一騒動が収まり、喧騒が戻った。

 否、先程の戦いを(さかな)に盛りあがる宿屋の一階に野太い声が響く。


「馬鹿な真似をするんじゃない」


 ポコォォンと拳の音も続いた。


「母ちゃん。だってよ」

「だってじゃない」


 そして、もう一度、同じ音が鳴り、その発生元の少年は頭を抑えると屈み込んだ。


女将(おかみ)。その辺で許してやれや」

(かあ)ちゃんの飯を馬鹿にされて、怒るなんて、親孝行な息子じゃないか」


 一部始終見ていた客達が口を揃えた事で、女将は握っていた拳をそっと降ろす。


「お客さん達に感謝するんだね」


 ふんと鼻息を鳴らすと、客達の使い終わった食器を積み始めた。


「坊主。格好良かったぞ」

「おう。酒を飲める歳なら、奢ってやったところだ」


 はやしたてられ、顔を赤くした少年は山積みの食器をひったくる様に掴むと、厨房の方へと走り去った。


(凛子の言っていたとおりだな)


 彼らのやり取りを左目元を揉みながら、見ていたアキラは苦笑を浮かべた。


「ね。悪い子じゃないでしょ」

「ああ」

(だからって、触ろうとしてきたのは忘れないけどな)


 アキラは騒動が一段落した後、部屋に戻り、変身をし直していた凛子に同意をすると同時に立ち上がる。

 複数個所を骨折した相棒を放置して、逃げるという選択は出来なかったのだろう。

 気絶から覚めたエルフは本当に降伏。

 迷惑料も含めての支払いを済ませると、唸り声をあげるドワーフに肩をかして宿屋を出て行った。

 ただ――。


(エルフの方は分からないが、あの顔は逆襲を考えている顔だった)


 去り際に向けられた血走った目を思い出しながら、階段を昇っていたアキラは嵐の到来を予感したように顔を曇らせる。


「また、連れ込むのか」

「兄ちゃん。黒髪と金髪、別嬪二人を相手に出来るなんて若ぇな」


 男性の姿に変身している凛子が客達にはやしたてられ、女性の姿になっている自分が好色の目を向けられる事にアキラは唇を噛んだ。


(早く、元の世界に。俺達のいた地球に帰って、男の体に戻りたい)


 自分が言われているわけではない。

 そう頭で分かっていても、納得は出来ない。

 複雑な感情が入り混じった顔で、アキラは二階への階段を昇り終えた。


**  §  **


 元々置かれているベッドの横に、追加料金で借りる事が出来た簡易ベッドを並べても、移動には不自由をしない広さはある。

 だが、アキラは襲撃者の可能性を危惧し、簡易ベッドを元々あったベッドの反対側に配置。

 一足先に果実水を手にしていた凛子の所へ。

 天窓から射しこむ月明りを浴びているテーブルの所へと歩いて行った。


「河童? 頭にお皿を乗せてる河童?」

「皿を乗せているんじゃなくて、髪の無い頭頂部が皿に見えるんだった」

(頭皮も無かったと言わないほうがいいよな)


 生で河童を見てきた。

 否、殴り合いをしてきた経験者の言葉に、凛子は目を爛々と輝かせる。


「ねぇ」


 これ、似合うと思うんだ――と際どい女性用の衣装を押しつけられた時の事をアキラに思い出させる声だった。


「駄目だぞ」

「まだ、何も言っていないんだけど」

「だが駄目だ」

「むぅ~」


 凛子は女性だけの劇団で、男性役が似合いそうな凛々しい顔には似合わないが、見た者全てに――。


(可愛い)


 そう思わせる表情で頬を膨らせませた。


「痴漢だぞ。わざわざ、見に行くか?」

「河童だよ。わざわざ、見に行くよ!」


 唾を飛ばす勢いでアキラがまくしたてれば、凛子も同じように返す。


「まだ生きているんだよ」

「俺は今日まで、ミイラと呼ばれているのも含めて、河童を見た事は無かった」

「もし、脱走してもさ」


 ちょっと、(おご)ってよ――とばかりの軽い声と表情だった。


「アキラが守ってくれたらいいんだよ」


 ああ。心配するな。

 決まりきった返事と、俺が守ってやる――という自信満々な顔を凛子は待つ。

 だが、何時までたっても、返事はない。

 戸惑いの顔を向ければ――()は険しい顔で、口をぎゅっと結んでいた。

 だから、何があったのかを察して、途端に顔が強張る。


「強かったの?」


 ぎょっと目を見開き、恐々と尋ねてきた凛子に、アキラの口は躊躇いがちに動く。


「ああ。試合なら……ドクターストップで、俺の負けだった」

「そんなに強いんだ」


 凛子は半信半疑というよりは、七割は疑っているという声を出した。


「流石は日本を代表するような妖怪」

「ん?」

「え?」


 何かの見落としに気づいたという顔でアキラが声を出すと、凛子は変な事を言った?――と尋ねたげな思案顔になった。


「河童は河童でも、俺達みたいに格ゲーのキャラだ。正確には『御江戸バスター』の」

(俺も最初、同じ勘違いをしたけどな)

「え! あのグロイ表現の」


 嫌な事を思い出させないでよ――と言いたげに、恨みがましげに顔を顰めると、凛子は手元にあったカップの中身をそっと口に含んだ。


「ああ。POPCO以外のキャラがいるとは思わなかったからさ。吃驚したよ」


 凛子は顔をきょとんとさせた後、中身をもう一飲みした後にカップを置き、空いた右手を開いた左手の上にポンと振り落とした。


「そっか……。私は此処がゲームセンターの色々なゲームが、現実になったような世界だと思っていたけど……アキラはそう思っていたんだ」


 そして、くすっと可愛らしく笑う。


「アキラはPOPCOが大好きだもんね」

「やっぱり、凛子は俺と会う前に他社のゲームキャラと会っていたのか」

「うん。私が会ったのは」


 そこで言葉を切ると、凛子はゆっくりと口を開き直した。


「助けてくれたのは『レコード・ア・ウルフ』のアレッサンドロ・レッジェさん」


 一度は考えたが、同性の別人だと分かった。

 そのはずだった名を聞き、アキラはぎょっと目を見開いた。


『レコード・ア・ウルフ』とは――。

 養父を殺された兄妹と、その仇であり、全米の裏社会に影響力を持つレッジェ。

 彼らを物語の中心とし、(株)YYKを代表する一つとなった格闘ゲームのシリーズである。

 TV放映用として二作と、劇場用として一作のアニメも作られた。


「ちょ! ま、待ってくれ!!」


 アキラは嘆願するかのように、必死な形相で叫んだ。


「この街を二分する一つ。レッジェ商会の代表はヴァッファンクーロ・レッジェだろ?」


 状況を理解出来ずに、アキラは唾を飛ばす勢いで問いかける。

 凛子は目を見開くと、ゆっくりと口を開けるも直ぐに閉じ、躊躇いがちに緩慢に開いた。


「アキラ。それ、ヴァッファンクーロって」

「ん?」

「人前ではさ」


 遠い目をしながら、心底呆れている声で語る。


「言わない方がいいよ。特にイタリア人の前では禁句」


 意味は分からないまでも、ヴァッファンクーロが拙い言葉だ。

 それを悟ったアキラは、レッジェのフルネームだと言った少年への苛立ちで唇を噛んだ。

 だが、直ぐに――。


(いや、嘘を教えたつもりもないのか? ただ、悪口を言っただけで)


 考え直すも、納得しきれない顔で静かに腕を組んだ。

 すると、凛子は可愛らしい咳払いをしてから、話を再開する。


「ただ、レッジェさんだけどさ。『ウルフ』のとはさ。ちょっと、違うんだ」


 凛子の言葉にアキラに訝しげな表情をするも、黙って聞き続ける。


「前に言ったよね。ゲームだと背景画でしか登場していないって」

「ん?」


 アキラはこの世界で凛子と再会出来た時の事を。

 昨日の事なのに、まるで、何ヶ月も前のように思うのを不思議に感じていた。


「ああ。そう言っていたよな。Gセンの増刊号の設定集を読まないとって」


 そう答えた直後、アキラは右拳をぎゅっと握り――。


「そうか」


 椅子を倒しかねない勢いで立ち上がった。


「ラスボスとしてゲームに出た時の姿じゃなくて、肖像画の若い頃の」


 パチパチパチ。

 今にも、拍手喝采をしそうな程に、凛子はニッコリと微笑んだ。

 だが、アキラは別の難問を見つけてしまったという顔で腕を組む。


「酒場にいた『クレイジーギア』の悪徳警官に似た男は、ゲームの設定に近い警邏業で……立場を悪用している感じだった。なら、若いレッジェも、後に暗黒街の帝王と呼ばれるような奴なのか?」


 凛子は何かを言いたげに口を開くも、アキラが自分で答えを見つけるまで、何時までだって――という表情で口をそっと閉じる。

 ()は唸り声をあげそうな程に顔を顰めると、部屋の中をぐるぐると歩き回りだした。


「けど、凛子を助けてくれた」


 遂に、うーん――と声をあげながら、天井を見上げると同時に足を止める。

 眼力に気圧されたかのように、ポトリと落ちたイモリが、ささっと走り去った。


「単純に善と悪に分けきれるのは、子供向け番組のヒーローと悪役ぐらいなもんだ。会った事が無い相手を伝聞だけで、どうこう言うのが間違いか」


 そう答えを出すのを待っていたかのように、凛子は静かに口を開くと――。


「そのレッジェさんが『会いたい』って」


 赤い蝋で封印が施された真っ白な封筒をアキラの眼前へとやった。


「さっき、使いの人がさ。届けに来てくれたんだ」


 ぎくしゃくした動きで、躊躇いがちに、アキラは受け取った。


(あぁ。一階で会った薙刀男か)


 蝋に押されたReggeという印を見ながら、話しそびれた男の事を考えるも――。


「だが、俺に? 何で?」


 何故、このタイミングで?

 腑に落ちないという顔で首を捻った。


「仕事もしないで、昼日中から、軒先にたむろ。商店街の景観を損なっていた人達を片っ端から、のしていった時代錯誤なドレスの婦人に興味があるみたい」


 凛子は全ての謎解きを終えた名探偵の様に得意げに語る。

 但し、その手には、開封済みの同じデザインの封筒が――全ての答えを記した物があった。

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