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第05話「用心棒」(3)

 元々色白の肌が更に白くなった。

 但し、雪と言うよりも、蝋細工のような暗みがかった白。

 その為、長髪の金色(こんじき)と唇を彩る(くれない)が更に際立っている。

 顔色は悪いが、しっかりと両足で立っている。

 右拳を突き出しながら、左拳も腰に構えている美女(・・)となったアキラがローブを纏ったエルフと、全身を堅い皮の鎧で固めたドワーフの視線の先にいた。


(ワシの一撃を受けておいて、もう、立ち上がりおった。少しは鍛えておるようじゃな)


 ドワーフは純粋に賞賛するという笑みを浮かべるも、即座にそれは野卑たものへと変わる。


(なら、締まりも期待出来るな)


 物欲しそうな目は美女(・・)のティーカップを乗せられるくらいに、後ろ腰が水平に出っ張っている。

 時代錯誤なスカートに隠された中身に向かっていて、髭だらけの口御馳走を前にしたように涎を零れ落ちさせていた。


(脳まで筋肉が詰まっていようと、流石に女相手には手加減をするか)


 下品な笑みを浮かべたドワーフを見ながら、エルフは苦笑を浮かべると、深い艶のある赤色のビロード製のジャケットら包まれた双丘(そうきゅう)に視線を移した。


(格ゲーキャラだから? それとも、女吸血鬼(カーミラ)の回復力か? どっちにしろ……本来の俺だったら、さっきの一撃で終わっていた)


 アキラは今の自分の体(・・・・・・)を嬉しく思う事に戸惑いながら、今にも、後ろに倒れそうになるのを必死に堪える。

 二人には気づかれなかったが、長年の付き合いのある凛子には、距離が離れていようと隠すのは無理だった。


(アキラ)


 今直ぐ、階段を駆け下りて、真横に立ちたい――と願う。

 けれど――。


(私がピンクやホワイトの『中の人』として、レッド(アキラ)の隣にいたのはショー)


 現実の戦いと筋書きのある戦いの違いは分かる。

 そして、()の強さを知っているが故に、二人の強さも分かる。


(今、私が行ったところで)


 無意味どころか、動きを妨げる邪魔にしかならない――と分かる。

 何も出来ないのが辛くて、もどかしくい。

 だから、ただ手摺をぎゅっと握り締める。


「しぶとさが勝利の秘訣だと?」


 侮蔑ともとれる問いかけをドワーフにされるも、凛子は何も答えなかった。

 ただ――。


(だけど、私は信じている。ううん。知っている)


 静かに見守る。


「ふぅ~」


 芝居がかった大袈裟な溜め息を吐いた後、エルフは両手を大きく開いた。


「君は良くやった。それに強い。だからこそ、我々に勝てない事も分かるだろう」


 無駄な争いは止めようとばかりに、柔和な笑みをアキラを向ける。


「ちょっと、一晩、我々二人の相手をしてもら――ヴェ」


 左足を素早く踏み込ませるや、それを軸として振り上げられていたアキラの細い右足先。

 ルイヒールの先端を左腿に打ち込まれ、床に転がされてしまう。

 だが、並外れた回復力を得ていようと、万全とは言い難い。

 しかも、怒りに任せての衝動的な行動だったが故に――。


(くそッ! 外したッ!!)


 狙った箇所、脇腹に当てる事は出来なかった。

 だが、本来の威力の半分も無い攻撃でも、エルフは悶絶顔で足を抱え、床をごろごろと転がり続ける。


「娘っ子の。それも腰の入っていない一撃で」


 ドワーフは溜め息を吐きながら、必死に息を整えようとしているアキラの前に、何の構えもせずに進み出た。

 但し、あざといまでの隙を見せて、攻撃を誘っているわけではない。


「ワシのような力も、モヤシのような小手先の技も無い。もう、諦めろ」


 赤銅(しゃくどう)色の金属で覆われた右手が、俯いたアキラの胸元へと伸びていく。

 だが、自分の勝利を確信している顔のドワーフに異を唱える者がいた。


「ヒーローっていうのはね」


 お前は招かれざる客だ――そう言いたげに、ドワーフが面倒くさそうに首を捻る。

 忠告してあげているの――と言いたげに、凛子は苦笑を浮かべていた。


「力が強いだけ、技が上手いだけじゃない」


 その言葉にアキラはゆっくりと顔を上げ、ドワーフは輝きを失っていない黒い瞳を見た。


(こやつ、まだ何かを)


 ぱっちりと大きな両目が、更に大きく力強く、かっと開いた。


(ああ。そうとも。心技体を備えたのがヒーローだ)


 凜とした雰囲気で、美しい顔が鬼気をまとった凄みのある美しさへと変わる。


「そして、悪には屈しない」


 アキラと凛子の息の合った宣言に、ちぃッとドワーフは舌打ち音を鳴らすと、大きく開いた右手を突き出した。

 但し、それは力士のような張り手ではない。

 もはや、拳は必要ない。

 ただ、軽く、一押しするだけでいい。

 現実を教えてやるとばかりの一突き。


(罠?)


 一瞬の迷いの後、アキラは体を軽く後ろに傾けた。

 運動靴程、しっかりとは踏みしめられないが、ハイヒールよりはマシ。

 そのようなルイヒールの踵で床板を蹴ると、跳ねるように後方へと舞っていた。


「ぬッ」


 ドワーフの右手が空を叩き、悔しげな顔をさせるのと、アキラの左足が床に着くのは同時だった。

 宙に浮いていたルイヒールの右先端が勢いよく振り落とされると、ドワーフは苦虫を噛んだ顔で右手を素早く握って、その肘を大きく引いた。

 そして、アキラがスカートを(なび)かせる。


(相打ち覚悟か)


 鎧の重さ故に俊敏とは言い難いが、ドワーフも遅れて走り出したが故に、二人の距離は瞬時に縮まった。


(所詮、娘の浅知恵よ)


 薄笑いを浮かべたドワーフの右拳は素早く突き出された後、大きく開いて、アキラのの胸元へと振り落とされた。

 ジャケット越しに柔肉を鷲掴みにしてやろうと。

 だが、金属で覆われた右手は空を掴んだ。


「なっ!?」


 直後、何が起きたかが分からずに、ポカンと口を開けていたドワーフの体が左へと傾く。

 アキラはスライディングをするように、体を潜らせると同時に細い右足先を、ドワーフの太い足と足の間に差し込んで、中から外へと弾いたのだ。

 重量があろうと、バランスを崩されれば――。


「ぬゥ」


 歯軋り音を響かせそうな勢いでドワーフは食いしばり、体勢を立て直さんとした。

 だが、伸ばしていた右腕をアキラの左手で掴まれ、一本背負いの要領で前傾姿勢にされると同時に、腰のベルトも掴まれてしまう。


「娘ッ子ォォッ」


 自分が麦を詰めた麻袋のように、軽々と持ち上げられかけている事にドワーフの顔が強張った。

 それは怒りよりも、理解出来ない現象への恐怖だったのかもしれない。


「くぅぅっ」


 アキラの両足に力が入るや、小柄だが筋肉の塊であり、更に鎧で重くなっているドワーフが遂に持ち上げられてしまう。

 但し、それは単純な力によるものではない。

 多くの人々によって、研鑽されてきた技。

 重量級の相手を持ち上げる為の知恵も用いた結果だ。


「ぬぅんッ」


 何が起きているかは分からないが、手の届く位置に。

 ちょうど、真下に敵の顔があった。

 だから、自由に使えた左手をぎゅっと握るや、腕の筋肉だけを使って、ドワーフは拳を猛スピードで打ち出した。


「ギッ……ァガァ」


 目を突かれたわけではないが、眼球を叩かれた事で、アキラの手から力が抜けていく。


「ウォォォ」


 掴みを逃れられたが故に、宙に放り出された。

 すっぽ抜けたドワーフは咆哮を轟かせながら、不自然な体勢で落ちていく。

 泳ぐように手足を動かしたが、それは何の意味も為さない。

 ドガァガァァンとテーブルが砕け散り、床が悲鳴をあげた。

 更にドワーフの左手の指数本が嫌な音を鳴らし、最後に顎が不気味な音を発した。


**  §  **


 プロレスで用いられる投げ技の一つ、ボディスラム。

 それはアキラがレッドの『中の人』になる前、パワーキャラのイエローの『中の人』だった頃、何度か使った技の一つだった。

 だが、今回、それを受けた相手は強引に解きにかかった。

 そして――。


 右手の親指も折ったのに、無理に立ち上がろうとした結果、更に数本を折った。

 顎が砕け、声にならない呻き声をあげ、のたうちまわるドワーフ。

 その悲惨な姿をアキラは左目を抑えながら、片膝立ちの姿勢で見ていた。


 今の女性の体となった自分(・・)を強姦する発言もした相手を忌々しげに睨むも、その瞳は自己嫌悪の思いで揺れる。

 この世界の司法制度が未知であり、酒場で遭遇した悪徳警官のような男が取り締まる側の一人だとしても――必要以上の暴力の行使。

 勝手な私刑を執行する事は、アキラの論理感に反する行為だった。

 そんな()の戦いを、振る舞いを宿屋の少年はテーブルの陰で隠れるようにしながら、じっと見ていた。


(そうだ! もう一人の食い逃げ!!)


 勢いよく立ち上がり、その加速を活かすように振り向くと、タイミングの良い事に? それとも、悪い事に?

 問題の片割れが立ち上がったところだった。

 ドワーフに比べれば非力であり、打たれ弱い。

 しかし、どのような奇怪な道具を持っているのかが分からない。


(抑えながらは無理だ)


 多少なりとも、痛みが和らぐ事を願って、アキラは左目を瞑ると右手を前に、左手を腰部で構え、腰を深々と落とす。

 だが、相手が仕掛けてきた時に殴る、掴む、払う、何でも出来るように――どちらでも拳も手刀も作らない。

 エルフも何の構えもとらなかったが、床を転がっている相方に半ば呆けた目をやると、すうっと両手を同時に持ち上げ始める。


「くッ」


 攻撃手段を予測出来ない。

 故にアキラは緊張で体を堅くしたが、エルフは両手を天井に高々と掲げ上げ終えた。

 降参だ――と。


(相方の惨状を見て、抵抗を諦めたのか)


 アキラは安堵の一息を吐きたくなるも、まだ、全ては終わっていない。


「なぁ……。まさか、一セントも持っていないとかは無いよな?」


 食い逃げを阻止出来たとしても、肝心の金を持っていない可能性が残されていた。

 恐る恐ると聞いたアキラに対し、エルフは答えだとばかりにニヤリと嫌な笑いを浮かべる。


「マジ?」


 絵になる程に美しい見事な呆れ顔だった。


「本当に無銭で飲食をしたのか?」


 勘弁してくれ――そう言いたげに溜め息を吐き、俯いた時だった。

 ぷくぅーと風船が膨らみ始めた。

 そう。

 挙げていた両手で素早く、両耳を塞いでいたエルフの口元で。


「せぇィ」


 下を見ていた。

 だが、気配を察知したが故にアキラは反応をした。

 否、反応をしてしまった。

 気合一閃。

 咄嗟に握った拳を打ち込んでいた。

 至近距離で膨らみ始めていた風船へ。

 衝撃を与えると、鼓膜を激しく揺さぶる音を響かせる風船へ。


「――ッ」


 目を見開いた美女(・・)は激しい耳鳴りに苦しみながら、必死に立ち続けようとした。

 だが、遂に耐え切れずに悔しげに両膝をつく。

 そして、エルフは風船が破裂した瞬間に気を失っていた。

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