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第05話「用心棒」(1)

 アキラは引き上げた河童が気絶している間に、縄を入れていた麻袋を上半身に被せ、その上から拘束。

 逃げられなくした後に酒場の裏手へ届けたが――。


「この妙な生き物が犯人だって!?」


 スキンヘッドのバーテンを困惑させた。

 だが、異常に生臭い――という被害者達の語った特徴と一致する事で、彼は半信半疑ながら引き取りを承諾。

 直後、目覚めた河童は二人がかりで物置に放り込まれた。


「もし、通訳が必要ならば……も商会に伝えて欲しい」


 そう言い残したアキラが宿屋へと戻ると、言い争っているのではない。

 だが、穏やかではない雰囲気が外へと漏れていた。


(うぅー。早く、お湯で体を拭きたい)


 今、足を踏み入れるべきではないだろうと分かっても、不快感に負け、アキラは扉をくぐった。


「母ちゃん達は俺が守る。お前等なんかに一セントも払うか」

「家族を大事にするのは良い事だ」


 一人は使い難そうな長剣を背負った少年、宿屋の息子だった。

 もう一人の黒髪でアジア系の長身――180センチ以上だろう青年は場違いというよりも、時代が違うといった方が正しいだろう。

 イタリアンスーツのような洗練されたデザインの蒼い服を着ている。

 そして、彼もとても長い何らかの武器を背負っていた。


(あんな、室内では使い難そうな武器が流行っているのか?)


 長物のメリットとデメリットを考え、首を傾げる女性(・・)の肩まで下りている髪が風で揺れ動く様は絵になるような美しさだった。

 ドレスに点々とついた泥さえも、アクセサリーだと言えば通用しそうな姿に気づき、酒を片手にした男達が一斉に、囃したてる口笛音を鳴らす。

 ちらりと視線をやっただけなのは件の少年と青年だけだ。


(いや、それより、あの黒髪……こんな所に日本人? もしかして、俺達みたいにゲームキャラになった奴なのか?)


 元の世界に戻る為の手がかりを得る為、同郷の人間と会いたい。

 切に願ったからって、一晩に何人もに会えるなんて、偶然はありえない――とアキラは首を振った。


「だけどな。その思いだけで、誰かを守れるなんて思うなよ」


 青年はそう言うと、突き刺さんとばかりの勢いで、右手の人差し指の先を少年に突きつける。


「ゥ」


 体を縮み上がらせた少年は倒れこむように尻餅をついた。


「困ったら、何時でも、レストラン・ナポリターノに来な」


 青年は薄笑いを浮かべると、胸元のポケットに左手をやり――。


「金さえ払えば、誰だろうと、俺達が守ってやるからよ」


 真っ白な名刺を抜き出すと、いまだに起き上がれない少年に投げ渡して、静かに歩き出した。


(中国の斬馬刀? いや、日本の薙刀か)


 すれ違った青年が背負っていた武器を見て、最初にアキラが連想したのは漫画で中国の武人が使っていた大太刀。

 だが、直ぐに、とある格闘ゲームの中ボスが使用していた物だと気づいた。


(声をかけそびれたな)

「何だよ。ねえちゃんも、あんな外見が良いだけの屑野郎がいいのかよ」


 貰ったばかりの名刺をビリビリに破いていた少年に、唾を飛ばす勢いで声をかけられた。


「屑野郎?」

「あいつは街の支配者気取りの片割れ、レッジェ商会の使い走りだよ」

(用心棒稼業。やっぱり、こんな物騒な街だと需要はあるんだろうな)


 きちんと噛まなかった為に、何かを詰まらせたかのように、アキラは喉に手をやった。


(ただ、レッジェ。レッジェか)


 アキラは『この世界』――並行宇宙にある別の歴史を辿った地球は、(株)POPCOの作ったゲームが現実に反映されたような世界である。

 そこに別の地球から、自分が来た為に、この世界に合わせた姿に変化をさせられたのだろうと考えてきた。

 だが、他社の格闘ゲーム『御江戸バスター』のキャラクターと遭遇した事で、考え方が変わり始めていた。


(きっと、もっと多く会社のも反映されている。だが、あのシリーズの第一作のラスボス・レッジェは財団の長。この街にいるのとは立場が違い過ぎる。メジャーリーグの強打者にもいたし……イタリアではありふれた姓なのか?)

「なぁ。代表のフルネームは分かるか?」


 アキラは床に散らかした紙屑を、ばつの悪い顔で必死に集めている少年に呆れ顔で問いかけた。


「ヴァッファンクーロだよ」

(ああ。やっぱり、偶然か)


 当たって欲しくなかった予想が外れてくれた安堵と、見知った知人(・・・・・・)がいなかった僅かな残念さ。

 それらが混ざり合った顔でアキラは一息を吐いた。


「ありがとうな」


 もし、イタリア語を多少なりとも知っていたならば、ヴァッファンクーロが強い罵倒を意味する言葉だと分かっただろう。

 だが、残念ながら、アキラはそれに気づけなかった。


(絶対悪なんて存在は子供向け番組の中だけだし、ゲームのレッジェは二作目以降では必要悪として描かれた。だから、この街にいるのも)


 喜んでいいのかを迷う顔で、アキラが軋む階段を昇り始めた時だった。


「こんな飯で金をとるのか」


 怒号の主はローブ越しにも分かる程の痩せ身の男。

 彼は皆の視線を集めると、手に持っていた皿を勢いよく――ガチャーンと床へと叩きつけ、座っていた椅子を壊す勢いで倒しながら、立ち上がる。


「そうだ! 酒も拙いぞ!!」


 そう叫んだのは小太りで、髭が豊かな男。

 彼は木製のカップを片手で握り潰し、その手から、ポタポタと滴が零れ落ちる。

 頭には重そうな兜を被り、全身を足先まで一目で分かる程に強固な分厚い革で。

 その手は赤銅(しゃくどう)色の金属を覆っている。

 と言っても、義手ではない。

 肘の付け根から指先までを覆うという作りの篭手で、部分的に生身の部分――日焼けした肌が見えている。

 但し、何故か、右手にしか着けていない。


「おい! こらッ!! (かあ)ちゃんの飯が不味いだァッ!?」


 顔から湯気を出しながら、歯を剥き出しにした少年が二人の方に向かっていく。

 周りの客達は其々の酒や皿を見て、褒めるでも、貶すでもない表情をしていた。


「全部、食っているじゃねぇか!」


 小年はふんッと荒い鼻息を噴きながら、テーブルに残されていた無事な皿を指差した。


「母ちゃんに謝れ!!」


 そして、ぎゅっと腕を組むと、ドヤ顔を決めたが――。


「ふんッ」


 小太りの男に金属で覆われた右拳を腹に打ち込まれると、突風で煽られたように後ろへと転がった。


「生意気なガキめ」


 椅子に座ったまま。

 腰を回転させる事で、乗せられる加速が無い状態。

 純粋な腕の筋力だけで、少年を軽々と弾き飛ばした小太りの男が面倒くさそうに立ち上がる。


「くそぉ」


 薄手のローブの男の痩せてはいるが、身長が190センチ以上はある。

 反対に小太りの男は160センチに届くかどうかだろう。

 対照的な二人組みは痛みに顔を歪めながら、必死に立ち上がろうとしている少年を見下ろす。


「客商売をするならな。もっと、マシな飯や酒を用意するんだな」


 そう言い残し、二人は悠々と出入り口に向かって行く。

 だが、それを遮らんと真っ赤な人影が飛び降りた。


**  §  **


 ショーでの定番の登場の仕方の一つ。高所からの飛び降り。

 足の細かい動きを妨げるドレスに、一瞬の躊躇いをした後、力強く床を蹴ってアキラは跳び上がった。

 更に手摺を踏み台として、酒を片手にしていた男達の真上をも。

 そう。

 宿に戻った時、好色な目を向けてきた男達の頭上をスカート姿で。

 当然ながら、皆が視線を上に向け――落胆の表情をしていた。


(古臭い)

(何時の時代のだ)

(脱がせてアレが出てきたら)


 何時もの感覚で跳んでしまったアキラはばつの悪い顔で、げんなりした表情の男達に気づかないふりをしながら、一目見れば二度と忘れないだろう美貌を二人組へ向ける。


「何じゃ?」


 小太りの男は問いかけるも、要件は分かっている――と言いたげに、腰に提げていた(つち/ハンマー)に左手を伸ばしていた。


「食い逃げなんて止めろ」

「食い逃げではない」


 ローブの男は溜め息混じりに言うと、頭を覆っていた――視界を妨げる可能性のあったフードを脱いだ。


「金を払う価値が無いから、払わないだけだ」


 長い耳を外気にさらした色白の男は、やれやれと付け足して言いたげな表情で金髪を揺らした。


(エルフ? それに重量級体型の髭)


 アキラは視線をローブの男の相方に向け直し、その腰に提げられていた槌に注目。

 槌と言っても、木工細工で使う為のではない。

 建物の解体用程に大きくは無いが、対象の骨を砕くぐらいにしか使えないだろう重々しさがある。


(この二人は『メイズ・アンド・モンスターズ』のドワーフとエルフか!?)


『メイズ・アンド・モンスターズ』とは――。

 通称M&M。

 世界最古のロールプレイング・ゲームの一つとして、名をあげられるファンタジーの名作をベースとして(株)POPCOが製作した横スクロール型のアクションゲームである。

 本作は豊富なアイテムにより、キャラクターを個性的に成長させる事が出来るし、道中の選択肢次第で正義にも、悪にもなれるといった具合に自由度が高い。

 そして、最大四人同時の協力プレイをウリにしていたが、配置スペースの問題だろうか? それを行えるゲームセンターは少数だった。


(エルフの方は……ローブの下が分からない。距離をとって戦う中遠距離戦特化? 近接戦もこなせる混合型?)


 アキラの観察するような目を不快に思ったのだろうか?

 エルフは素早く、身を屈めると、懐に右手をさっと潜らせた。


(片手で使えて、ローブ内に仕舞える武器。ナイフか?)


 アキラも腰を落とし、右手で作った手刀を前面に、ぎゅっと握りこんだ左拳を後ろで構えた。

 だが、エルフが懐から取り出したのは、コルク栓で封をされたガラス瓶。

 意図が読めずに困惑を露わにした美女(・・)に、男らしさを見せようとばかりに、素早く栓を抜くと、泡立つ液体を一気飲みした。


(身体能力を一時的に向上させるような興奮剤?)


 直後、エルフが毒霧を噴出す前のプロレスラーのように口をすぼめるのを見て、アキラは前のめりに屈んだ。


(いや、相手に噴きつける薬剤。目潰しとかか?)


 アキラは顔に当てられないように左右に体を揺らしながら、踏み込んで行く。

 宙を泳ぐ金色の髪を見ながら、エルフは両手を己の長耳へ伸ばしていった。

 プクゥ。

 気の抜けるような音と共に風船が、膨らませられたガムのように飛び出す。

 そして、予想外の光景に目を見開き、強引に足を止めた為に(つまず)きかけたアキラの見開かれ眼前を通り過ぎて行った。


「なっ?」


 対峙している相手に問いかけるように、アキラは声を漏らす。

 エルフは返事だとばかりに、膨らませていた二つ目の風船を放っていた。

 頭の動きで揺れた黄金の髪。

 その先端が僅かに触れただけだった。

 だが、ゴム風船が針の一刺しで簡単に割れるように、それも簡単に割れた。

 部屋を振るわせる程の大音量を伴って。


「ウッアォ」


 眼球を激しく揺らしながら、アキラの両足が前後左右に不規則に動く。

 そう。まるで、床が崩れだしたかのように。

 半ば無意識に動いているのだ。

 そこに狙って当てるのは困難だろう。

 三個目の風船は大きく逸れて、ふわふわと宿の外へと飛んで行った。

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