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その9

シャルローネと逢えない、そんな翌朝。

目を覚まして朝飯は何にしようかと考えていたら、目の前でボワンと煙が立った。

煙の中には、ケホケホとむせているシャルローネ。


「あれ? 次に来るのは十日後じゃなかったっけ?」


「すみません、ケースケさん。急にお邪魔して……」


部屋の中の煙が晴れてゆく。


「実は急なお願いなんですけど、お塩を調達していただきたいのですが……できますか?」


「できないことはないけど、どれくらい?」


「はい、十キロほど……」


「なかなかの量だね」


「じつは塩商人の方が手違いで、塩の仕入れを滞らせてしまって……もちろんお礼はいたします」


そんな切羽詰まった顔しなくても……。

それに異世界商人とくれば、塩や調味料を商うのが基本だし。

むしろ煙草なんかよりも入手はしやすい。


ということをシャルローネに伝えて、まずは落ち着かせる。


「塩ならスーパーマーケットにいけば簡単に手に入るから……そうだね、今回は一緒に出掛けてみるかい?」


もちろん柄のよくない街だ。

しかしまだ早朝なので、変な連中も少ないだろう。

それに塩なら、コンビニでも手に入る。


手早く回って二人で二袋ずつ買えば、仕入れも簡単に済むはずだ。

そうなれば、事はすみやかに。

それこそ、まだ早朝と呼ばれる時間帯に行動するべきだろう。


そのように説明すると、シャルローネは瞳を輝かせた。

よろしいんですか? と。

本音を言えば俺の方が、「一緒に出掛けてくれるの?」と問いたいところだった。


それでは、シャルローネに向こうを向いてもらっている間に、スルリと着替えて。

デイパックを背負って準備完了!


「じゃあ出かけようか?」


「はい♪ 私、異世界は初めてなのでワクワクしちゃいます!」


そうだよなぁ、俺の部屋に飛び込んできて、そこから一歩も出ていないんだから。

シャルローネにとっては、事実上初めての異世界なんだよなぁ。

それじゃあまず手始めに、革製のブーツを脱いでもらおう。


「は? なぜですか、ケースケさん」


「この国ではね、屋内では靴を脱ぐものなのさ」


俺は靴を履いてない、自分の足を示した。


「こ、これは失礼しました!」


慌ててブーツを脱ぐシャルローネ。

ストッキングではなく、ハイソックスの綺麗な脚が現れる。

シャルローネはブーツをつまんで、二人一緒に部屋を出る。


アパートとはいえ、屋内廊下でつながった旧式建築物。

故に廊下を挟んだお向いさんが、先日のポン引きのおっさんである。

その他にもこのアパートには、オカマバーのオネェにアダルト動画の監督など、ろくでもない連中が棲み着いているのだけれど、幸いにして早朝の時刻。

誰にも見咎められることなく玄関まで来ることができた。


「ちょいと、足立さん」


そんなことはなかった。

大家のおばさんに見つかった。


「どうしたんだい、そちらの外国の美少女さんは?」


と言ってから、今が朝だということに気づいたようだ。


「人畜無害みたいな顔して、あんたもヤルもんだねぇ。わかるわかる、まあ若いウチにせいぜいガンバんなさいな」


まったくの誤解であるのだが、おばさんは一人で納得して去って行った。


「あの、ケースケさん……変わった御挨拶ですねぇ?」


「いや、あれは御挨拶というか誤解というか……」


「誤解ですか? 誤解でしたら解いておかなくては! で、どのような誤解ですか?」


「いやつまり、時刻は早朝なもんだから、俺の部屋にキミが一泊して……やったぜヨロシク! な一夜をすごしたと……」


いまひとつ理解していないシャルローネだったが、意味がわかると沸騰したように赤くなった。


「けけけ、ケースケさん! ということはあの奥さま、私とケースケさんがねんごろな仲になって結ばれたと!?」


「まあ、そうだね」


シャルローネは小さな手で顔を隠したけど、耳は真っ赤になっていた。

ウブな反応が、また可愛らしい。


「やっぱり、嫌だよね? そんな誤解……」


「いえ、嫌とかよりもケースケさんとそんな仲だなんて恥ずかしくって……。私、そういうのはまだですし……」


「それは意外だなぁ、シャルローネは器量良しだから、婚約者ひとりくらいいると思ってたのに……」


「いえ、今は商売に夢中で……そういうお話は……ちょっと……ですがケースケさんは、そういう方がいらっしゃるんですよね?」


俺の瞳を覗き込んでくる。

いや、いないよと、俺は答える。


「うそですね、だってケースケさん。瞳が黒いんですもの」


「は?」


「そういったことを経験している人は、瞳が黒くなるじゃないですか。ケースケさん、そういった仲の女性がいらっしゃるんですよね?」


だから俺にはそんな女性はいない。

経験はあるが、それはプロの「嬢」が相手であって、素人に対しては俺は清らかな身体である。

というかシャルローネ? キミの瞳は碧いけど、それは……。


「ダメですよ、ケースケさん。女の子にそんなこと言っちゃ」


つまりキミは、まだの人。

まあ、自分でも言ってたしね。

商売に夢中なんだって。


「まあ、シャルローネの世界の人がそういう体質なら、俺が誤解されるのも仕方ないよね」


「あうぅ……面目ありません……」


俺たちの塩買いの旅は、まだ始まっていない。


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