その5
「ありがとうございます、ケースケさん」
シャルローネは幼さの残る顔に満開とも言える笑顔をほころばせた。
「これで私はお客さま方に、新しい楽しみを提供することができます♪」
あぁ、そうか。
シャルローネという娘は他人に満足してもらおうと、頑張っているんだ。
わざわざ大航海時代とも言える、この世界に旅立ってまでして。
そう思っていたら、「またお会いしましょうーー♪」
とか言って、ボワンという煙に包まれて姿を消した。
シャルローネが消えた四畳半は女っ気も無く、ガランとした雰囲気になった。
パソコンもテレビもあるというのに……。
よし、無職の俺は、万年床の布団をかぶって、寝るとするか。
おやすみ〜〜。
とっぷり〜〜。
ということで無職浪人生活の幕が上がった。
つまり、夜明けだ。
世間の賑やかさと朝日の輝きに目を開けると、真っ白な物体が目に飛び込んだ。
まるでスーパーマーケットに並んでいる、大根のような白さであった。
しかしそれは膝まであるロングブーツに包まれた、真っ白な脚だと判明する。
あわてて飛び起きると、ブーツのまま正座したシャルローネと目が合った。
「ど、どうしたんだいシャルローネ? 商売が上手くいかなかったの?」
そう聞くと、シャルローネは首を横に振った。
「そうではありません、ケースケさん。むしろ商いは順調に進みました」
シャルローネはお花を飛ばす勢いで微笑んでいた。
「貴族さまがニッポンの煙草を気に入って下さったんです!」
それはなにより、と思っていたら、シャルローネは瞳を伏せた。
「これほどの高クオリティーな煙草を私のような若い商人が扱うのは、分不相応ですよね?」
「そんなことないよ、あの煙草は等級が低いうえに安い品物なんだ。味わいに関しては、少々年季が必要かもしれないけどね」
「そうなんですか? やはり煙草の黄金郷というのは実在したのですね……」
いや、あの安物煙草で夢見るような眼差しをされても……。
とはいえ、シャルローネの商いに協力できたんだ。
それはそれでヨシとしよう。
「そしてこちらは少ないですけど、先日煙草を仕入れていただいた代金と手数料です。どうぞお受け取りください」
茶色い油紙のようなものに包まれたものを、そっと差し出してくる。
封をといてみると、十万円包まれていた。
「えっ? いいの、こんなに……」
「はい、どうぞお納めください。あの煙草はひとパック三万円(日本円換算)で売れましたから」
ひとパック三万円って、煙草一本千五百円で売れた計算だよ?
どんな金持ちなんだ? と思ったけど、それくらいの値段がついた葉巻もある。
商売相手が貴族というのなら、それもアリかとも思った。
「だけど仕入れ業者に三割も与えていたら、シャルローネの方が商売にならないんじゃない?」
「いいえ、これで良いのです」
シャルローネは毅然とした態度で首を横に振った。
「貴族相手に商いをする我がガッポ家では、仕入れ業者にも儲けを出せというのが家訓ですから。これはなんとしても受け取っていただきます」
なるほど、これだけのお金を受け取れるのなら、なんとしてもシャルローネの商いに協力したくなるというもの。
やはり貴族相手に商いをする者は考え方が違う。
あの腐れ課長にも見習ってもらいたいものだ。
「それでシャルローネ、次の仕入れは良いのかい?」
「そうでした。実はあの煙草を十人の貴族、大店に紹介して回ったところ、三十パックの注文を受けまして」
三カートンか。
これは少し目立つ買い物だな。
俺としては無職の身で、あまり目立つ行為はしたくない。
ということで、ここは足を使うことにした。
早速スマホをオンにする。
どこの街にも存在する「世界のタバコ」で検索をかける。
すると出てくる出てくる。
肩身の狭い思いの愛煙家だが、タバコ商売はまだまだ健在。
なんとこの「ふきだまり町」でも、一軒店を開いていた。
「ここなら歩いて行ける距離だ。まずはワンカートン仕入れてくるね」
「あの……ケースケさん?」
「なんだい?」
「私も御一緒してよろしいでしょうか?」
ん〜〜……少し考える。
「やめておこう、シャルローネ。この町っていうのは、君が思っている以上に品の無い町なんだ。そんなところに君のような可愛い女の子を連れ出せないよ」
まあ、可愛いだなんて……とシャルローネは頬を染める。
「それに俺はあまり目立ちたくないんだ。無職のくせに多額の現金を持ち歩いて、煙草を大量に買い込んで美少女を連れて歩いてるだなんて、こっちの世界では異様なことだからね」
「美少女だなんて、そんなぁ♪」
シャルローネは照れたように、「イヤだよこの人は」の仕草をした。
こうした仕草は魔法王国でもするんだな、などと変なところに感心したりする。
そしてシャルローネも、美少女と言われて満更でもなさそうであった。
「とりあえずシャルローネ、君にとってはこの部屋の外は危険な世界と考えてもらいたい。絶対にこの部屋から出ちゃダメだよ?」
「はい、心得ました」
「それと……くれぐれも押し入れには触れないように」
そういうとシャルローネは、「何故でしょう? その言葉を聞くと震えが走ります」と身を震わせていた。
俺の築き上げた洗濯物の山は、どうやらシャルローネに心の傷を与えたようだった。
彼女の記憶からは抹消されているようだが。