その3
「だ、だけどシャルローネさん?」
「あ、シャルローネで結構ですよ。ケースケさん」
「じゃ、じゃあシャルローネ……」
どうも女の子を呼び捨てにするのは、気が引けるなぁ。
向こうは俺のこと、「さん付け」で呼んでるし。
「異世界の商いといえば、塩や調味料が定番なんだけど、そっちは手を出さないのかな?」
「定番……?」
「あ、異世界でも塩はあるよね? 調味料が少ないってのは、俺たちの世界の大航海時代の話だからさ……ハハハ……」
こちらの世界の定番で、ウッカリ話をしてしまった。
なんともお恥ずかしいお話だ。
「不足してますよ、お塩に砂糖、そのほかの調味料。……ですがケースケさん、不足しているからこそ高価なのです。そうするとどうなりますか?」
「……買い控えかな?」
「その通り♪」
シャルローネはワーイと喜びながら、小さく拍手してくれた。
「お塩に砂糖、その他の調味料というのは、高級品であるが故に、消費速度が遅いんです。ケースケさんのお言葉からさっするに、相当な量のお塩が右から左へとできそうなのですが、アルフォーネでは一度塩商いをするとしばらく商い停止になるんです」
「商い停止って、塩を売れなくなるの?」
シャルローネはこっくりとうなずく。
「高価で売れないのにお塩ばかり貯まっては、値崩れの原因になりますから。ですから調味料の商いは、たまに空から降ってくるボーナスだと思ってください」
そうか、あくまで本業は煙草商人なんだな。
シャルローネは待ち切れないかのように、ゴールデンバットシガーの紙ケースをデコピンでペシペシ。
一本抜き出すと火も着けずに香りを楽しんでいた。
そう、女の子がケーキを焼く香りにウットリするような表情で。
「あ、すみません。ケースケさん、私ばかり楽しんで……」
「いや、構わないよ。それよりもこっちの世界の煙草、それだけでいいの?」
「えっ⁉ もっと売っていただけるんですかっ⁉」
「あぁ、構わないよ。少し時間がかかるけどね」
「そそそそれでは、これを十パックお願いいたします! これで足りるでしょうか?」
シャルローネはがま口カバンから札束を抜き出し、そのまま俺に預けようとする。
現実ではほとんど見たことの無い、札束。
現ナマ百万円。
だけど俺は、その中から一枚だけ諭吉を抜き出し、ポケットに収めた。
「とりあえず仕入れはこれで十分。あとは取っておきな」
シャルローネの人柄に感化されたのだろう。
俺もまた、彼女には誠実でありたいと思った。
九十九万円の札束を押し返して、俺はブルゾンを羽織った。
「夕方までには戻るから、どこかで時間を潰してるといいよ」
「はい♪ それではここで待たせていただきます♪」
「それはそれでかまわないけど、いいかいシャルローネ」
「はい、なんでしょうかケースケさん?」
「この横引きの扉は襖と言うのだけど、これには決して触れてはいけない」
「触れてしまうとどうなるのでしょう?」
「君はこの世の生き地獄を味わうことになる……」
もしかして、これはフラグというヤツなのだろうか?
いや、正直者のシャルローネのことだ。
決して「男おいどん」な展開にはなるまい。