その2
異世界から突如現れたタバコ商人。
それもすこぶるつきの可愛い娘。
なるほど、その可愛らしさを見れば異世界的と納得できる。
身につけたアクセサリーなども、異国情緒ならぬ異世界情緒たっぷりだ。
よし、このシャルローネと名乗る娘が異世界人というのは認めよう。
だが、何故俺のところに?
そして何故日本の現金を持っている?
……い、いや待て! 彼女の可愛らしさと高額紙幣。
そこから導き出される答えなんて、ひとつしかないじゃないか!
……っていうか、こんなお嬢さんが身体を張ってお金を作っただなんて、そんな失礼なことを考えるのはやめろ! やめるんだ、俺!
芽吹きて育たんとする俺の妄想を無理矢理に押さえつけ、落ち着こうと安物煙草のゴールデンバットシガーをくわえ、火を着ける。
ふう、どうにか落ち着いた。
……と、女性の前で煙草なんてのは失礼だったかな?
臭いがついたりするし……。
とか思っていたら、シャルローネさんはまぶたを閉じてゴールデンバットシガーの香りを楽しんでいた。
「とても素敵な香りですねぇ……」
「え? この匂いがかい?」
「はい、とても力強いというか、私たちの世界には無い香りです」
「欲しい? この煙草……」
「お売りいただけるのですか⁉」
「あぁ、買い置きがあるから、持っていくといいよ」
俺は吊るした背広のポケットから、新品のゴールデンバットシガーを取り出した。
女の子らしい繊細な手の平の上に乗せると、彼女は不思議そうにいじくりまわす。
「あの、これ……見えない紙に包まれているようですが、どのように開封するのでしょう?」
どうやらフィルムパッケージという概念が無い世界の人らしい。
俺は彼女に見えるように、フィルムパッケージをほどいて開封してやった。
そして剥いていない側の銀紙をペンペンと、デコピンの要領で叩いたらフィルター側の吸口が飛び出す。
「こ、これは……流行りそうですね……」
煙草を抜き出す手順を、シャルローネさんは真剣な眼差しで見詰めていた。
俺は飛び出した煙草を元通り押し込んで、彼女に手渡す。
「吸い方は、さっき俺が吸った通り。火を近づけて二〜三回吹かすと火が着くから。あとは香りと煙を味わうといい」
と、ここでもう一つ注意点を。
「火を着けるのは、あくまでも葉っぱ側ね、この綿のようなフィルターに火を着けちゃうと……」
「着けちゃうと?」
「有害かつガッカリな味わいになる」
ふむむ……と腕を組んで、シャルローネさんは考え込んだ。
「このケースには、二十本入ってるから、そんなに真剣にならなくていいよ?」
「えっ⁉ 二十本も入ってるんですかっ⁉ 話には聞いていましたが、煙草天国なんですねぇ……ニッポンっていう国は……」
いや、そうでもないよ、シャルローネさん。
愛煙家は肩身が狭いし、毎年恒例のように煙草は値上がりするしで。
いまや俺たち愛煙家は、国賊を見るような目で見られてるんだから。
だけど、さまざまな疑問が解決しないうちに、もうひとつの疑問。
「あの、シャルローネさん……? 答えたくなければ答えなくていいんだけど……」
「はい、なんでしょうか。ケースケさん」
「煙草くらいおれを仲介にせず、直接買いにいけばいいじゃないか。俺なんかを仲介しないでさ」
「お手数おかけしまして、申し訳ありません!」
心底お詫びを、という表情でシャルローネさんは頭を下げた。
「実は私どもの世界、アルフォーネ魔法王国では、異世界商業というのはまだ初期段階。私なども資格取得者二期生という次第」
「ふむふむ」
「ケースケさんの世界で言うところの大航海時代に似たところがあります。しかし私たちがやりたいのは、植民地支配ではありません。あくまで商売です」
「はいはい」
「そこで未知のトラブル、無知故のトラブルを避けるため、現地の方を商売相手に選び、買い付けをお願いしているのです」
「でもなんで日本のお金持ってるの?」
思わず訊いてハッとした。
それは俺自身が妄想自体しちゃいけないと念を押していたことじゃないか。
だけどシャルローネさんはシレッと答えてくれる。
「あまり進んで申し上げられないことなのですが、一期生の方々が奴隷の女性をニッポンの風俗店に紹介して、ファーストキャッシュを手に入れたとうかがっております。その現金を私がアルフォーネのお金と交換してもらって、ニッポン円を入手しました」
「でもそれじゃあ一期生さん。儲けが出るの?」
「一万円と一万アルフォーネ円が等価としてお答えしますね?」
とても誠実に、シャルローネさんは説明してくれる。
「私が日本円を入手したいと言って、両替商さんに相談します。すると彼は、一万円を一万二千アルフォーネ円で交換してくれるんです。それで両替商さんも利益が出るんです。ついでに言うなら、ニッポンは奴隷娘たちの評判がいいようで、ネコミミやイヌ尻尾の娘たちが大人気だとか……」
知りとう無いわ、そんな腐った日本の姿……。
「そしてニッポンが煙草天国だということも、両替商さんの調査で知りました♪」
「それで、何故俺を商売相手に選んだの?」
「はい、私たちが魔法の力を授かる神さまの力が封じられたこのペンダント。その宝珠におうかがいをたてたのです……正直で、信頼に足る方へとお導きくださいって」
その相手が俺?
なんだか「それでいいの?」って感じなんだけど……。