人形の家5
「3億よ、何と3億」
母の売り上げの話には、余り実感がない。
数字だけが一人歩きしているようで、私の生活には、何の変化もないからだ。
母は、無店舗販売というもので、今まで随分色々なものを売ってきた。
今一番熱中しているのは、コンピューターとファクスを合体させた機械で、それだと、パソコンよりも操作が簡単だから、お年寄りでも扱えるらしい。
しかも、使えば使うほどお金が返ってきて、使用権みたいなもので、孫の代まで収入がある、といういいことずくめの商品らしかった。
私には、商売の仕組みはよくわからなかったが、とにかく、早く買った方が、物凄く得らしい。
「やっぱ、田舎の土地持ちは違うわ。親戚縁者全員で買ってくれたの」
「よかったね」と私は、言った。
母は、普通ゴミの日も粗大ゴミの日も、リサイクルゴミの日も知らない。
スーパーの売り出しの日も知らなければ、何度かトイレが壊れたり、電気が突然壊れたりすることも知らない。
私が生まれる前から住んでいる、築二十年以上になる古いマンションは、故障が多い。
母は、いくつか、マンションかビルを買っているらしいけれど、自分の娘が住んでいる場所には、無頓着だ。
母が知らないと言えば、父兄参観の日も、三者面談の日も知らない。
関心がないと言った方がいいかもしれない。
「お金は私が出してあげるんやから、自分のことは自分でしなさい」と小さい時から言われてきた。
母は、もしかするとお金持ちかもしれなかったが、私は一日千円程度の生活費で、チマチマと暮らしていた。
「……それで、私は言うてやったんよ」
母の話は、まだ続いていた。
「今、あなたは、人生の別れ道に立っているんですよ、て。
豊かで刺激的で実りの多い充実した人生を歩むのか、平凡で退屈で貧しい人生を歩むのか。
そして、ああ、あの時、あの人の言うことを聞いて、決断しておけばよかった、あそこで決断しておいたら、今頃は億万長者になっていたかもしれない、と残りの一生を死ぬまで後悔して暮らすことになるのか。
今が、その別れ道ですよ。
今決断しないと、一生後悔しますよ。
けどまあ、それは、あなたの人生だから、私は、別に構わないんですけどね……」
いつもの自慢話だ。
仕事がうまくいった時は、自信タップリ。
小学生の頃から、何十回何百回何千回と同じような話を聞いてきた。
私が聞くのは、成功した話ばかりだった。
なぜなら、母は、仕事がうまくいくまで、家には戻って来なかったのだから。
急に、小学生の頃の、いつ戻ってくるのかわからない母を一人で待っていた時の、不安と恐怖に、胸が圧し潰されそうになった。
なぜ、突然、そんなことを思い出すんだろうか。
「お母さん、私に家を買ってくれない?
お金はあるんでしょう?」
私は、母の話をさえぎって、自分でも思ってもみないことを口走っていた。
「まあ、そんなことより、お母さんの話は、まだ終わってないんやから」と、母は、私の話に取り合おうとしなかった。
「お母さんの話は、もうイヤになるぐらい聞いたわ。
同じような話を、それこそ小学校の時から、何度も何度も聞かされたわ。
言って欲しかったら、同じ話を私がしてあげようか。
『私は、別に構わないんですけどね、あなたの人生なんだから……』そう言うたら、相手、どう言うたと思う?
『そ、そんなこと言わずに、もっと話を聞かせてくださいよ』そこで、商談成立。
今回は、親戚縁者まで全員が買ってくれて、3億の売り上げになったんでしょ。
いつもいつも、それだけ稼いでるんやから、私に家ぐらい買ってくれても、いいやないの」
「あんたは、この家の名義を、自分の物にしたいて、言うてるわけ?」
私が生まれて以来初めて、母が私の話に取り合った瞬間だった。
「こんな壊れかけの家と違って、私は、きちんとした家が欲しいの」
「何、アホなこと言うてんの。
お母さんが、毎日毎日働いてるから、こんなきちんとしたマンションに住めてるんやないの。
どこが、壊れかけやの、シッカリしたもんやないの」
「何も知らんくせに、知ったようなこと、言わんといて」
私は、自分がつけている過去三年間の家計簿を引っ張り出してきて、電気系統の故障が一番多いことと、トイレの修理が頻繁なこと、水道や風呂場も、あちこちから水が漏れていて、少々の修理では、もどうしようもなくなっていることを、母に訴えた。
そう。修理のお金もないので、何ヵ月も壊れた電気で辛抱したり、同情してくれた電気屋さんが、修理代をまけてくれたりしていた。
しかし、母は、全然私の話を聞いていなかった。
「あんたは、いつの間に、そんな親不孝な人間になったん。
あんたのために、お母さんは、毎日毎日必死で働いてるのに。
休みも取らずに、毎日毎日。
あんたを、高い私立に行かせるためにも、お母さんは、必死で働かなあかんのよ。
あんたみたいな子を、『親不幸者』て呼ぶのよ。
一人で食べていくこともできへんくせに、親のすねばっかりかじって生きているくせに。
今みたいに優雅に暮らせるんも、全部お母さんのお蔭やというのに。
それを感謝することも知らずに、不平ばっかり言う。
最低の人間に育ったね。お母さんは、悲しいわ」
私は、とうとう、親不幸者で、最低の人間になってしまった。
その時、突然、私は、もうこの人と、一緒に暮らしていくことはできない、と思った。
『家が欲しい』と自分が思わず口走ったことばの意味は、そういうことだったのだ。
「もう、そんなことは、いい大学にでも入ってから、考えたら?」と母は、妥協点を見つけて、ホッとしたようだった。
「そうですね」と私は、言った。
「私も、もう十八ですから、大学に入ったら、一人で暮らします」
今でも、一人で暮らしているようなものだが、それは、いつ帰ってくるかもしれない人間を待っている、一人だ。
自分の生活は、その人を中心に回っている。
その人が、いつ帰ってきてもいいように。
実は、永遠に帰って来なくてもいいように。
「ふーん。そう。自分の力でできるんやったら、いくらでも一人で暮らしてちょうだい」
「そうします」
「ほんまに、自分一人で大きくなったみたいに、偉そうに言うてからに。
バイト一つせんと、ぬくぬく暮らしておいて。
それだけ偉そうに言うんやったら、大学のお金も、自分が食べる分も、全部自分で稼いでから言うてくれる?
ここの暮らしかって、誰に何の干渉
を受けるわけやなし、自由気儘な一人暮らしと一緒やないの」
そう言われれば、そうかもしれない。
もし、母が戻って来なければ。
「ハハーン」と母は言い、「ふんふん、そうか」と一人でうなずいていた。
「どうせ、好きな男でもできたんやろ」
ズキンと胸にこたえたが、「そんなんじゃありません」と言った。
「ふーん、誰なん?
もうエッチでもしたん?
どこで知り合ったん?」
「いい加減にして」と私は、言った。
「私は、もう、こんな生活がイヤなの。
もう、お母さんとは一緒に暮らしたくないの」
辺りは、シーンと静まりかえっていた。
どこか遠くから、猫の鳴き声が聞こえていた。
ミャアミャア、と。
キキーという車の急ブレーキの音とガシャンと何かにぶつかる音も聞こえていた。
「お母さんには、あんたのことは、もうわからへんわ」と母が言った。
声が裏返って震えている。
もうじき泣き出すぞ、と思ったら、手近なティッシュを二三枚抜き取って、はなをかんだ。
「自分で言うのも何やけど、私は、いいお母さんやないの。
何でも、あんたの好きなように、させてきたやないの。
やりたいことに反対したこともないし、お金の不自由かって、させたことないやないの。
そのために、どれだけ忙しくて大変な生活を送ったからと言って、恩着せがましいこと一つ言うたこともないし、お母さんに感謝しろとか、これをしろ、あれをしろなんて、一度も言うたことないし……」
「言われなくても、私がお母さんのして欲しいようにしてるもの。
だから、ちょっとでも、お母さんの気にいらないことを言うと、お母さんは、ここまで恩着せがましくなる。
それ、自分でわかってる?」
自分でも、自分の声が、ゾッとするほど冷たいことに気がついていた。
まるで、自分の声ではないかのようだ。
「友達も作らず、バイトもせず、いつも、お母さんの帰りだけを待ってる人間やからよ。
いつ帰ってきても、温かい食事が食べられるようにしているし、いつでも気持ちよく休めるように、お母さんの女中として働いているからよ。
どこにでもいる普通の子供みたいに、小学生の頃から、早く帰ってきてとか、私より仕事が大事なのとか、お母さんにとって、都合の悪いことは、何も言わなかったからよ」
「ほんまに、いつの間に、こんな子になったんやろ。
いつ、私が、バイトをするなとか、友達を作るなて、言うたのよ。
いつ女中みたいにしてくれて、言うたのよ。
私は、あんたが可愛いから、仕事で疲れた後でも、あんたの顔が見たいから、家に帰って来るんやない
の」
私の内部には、「お母さーん」と言って、母に抱きついて、メソメソと泣いてしまいたい自分もいる。
しかし、それをするには私は大きくなりすぎていたし、母がそういう私を抱き止めることができる人ではないのは、長い経験で知っていた。
自分を抑えて、常に、母を抱き止めてきたのは、私の方だったからだ。
「男の子と付き合うのかて、お母さんは、全然反対してないし……」
母は、自分の話に酔うタイプの人間だった。
だから、相手をも話に酔わせて、仕事を続けていけるのだろう。
仕事の相手なら、一緒に暮らしているわけではないから、いくらでも騙すことができる。
「私も勉強があるし、お母さん、疲れているんだから、早くお風呂に入って寝たら?」
「うん。そうやね。そうするわ。
お風呂は、41度ね、わかってるやろけど」
母にとって、私の話は、もうこれで終わりだ。
お風呂に湯を張ると、私は、自分の部屋に戻った。
母の言う通りだ。
自分で自分を養っていかなければならない。
奨学金を申請して、どこか下宿できるところを探そう。
アルバイトをして、自分の生活を作りだそう。
どこかで母に甘えていた自分を、バッサリと切り落とそう。
私は、一人で、誰もいない荒野に佇んでいた。
誰もいなくなってしまった。
大きな赤い太陽が、今まさに沈んでいこうとしていた。
太陽の沈む先は、海なのだろうか。
山なのだろうか。
枯れたすすきが、冷たい風に揺れている。
こっちへおいでよ、と手招きしているように、揺れていた。
それは、大変に淋しい光景に思えた。
もうこんな淋しさには、耐えられそうもない。
その時、『華さん』『華さん』と呼ぶ声がした。
ああ、まだ、お前達がいた。
私の幼い時から、お前達だけは、ずっと私と一緒だった。
いつまでも変わらないお前達。
「人形は、年を取らないの?」と私は、尋ねた。
『人形は、年を取らない。
人間が年を取っていくのを、眺めているだけ』
「それも、淋しい話だね」と私は言った。
私は、全ての人形達と一緒に、太陽が沈むのを眺めていた。
私の人生は、何だったんだろう。
「とうとう、春子ちゃんは、戻って来なかった……」
そう。
いつまで待っても、春子ちゃんは戻って来なかった。
『春子ちゃんは、戻ってくる』と人形達が、口々に言った。
「いつ?」
『華さんと春行が戻って来る時に』
「いつ?」
『それはわからない』
「そう。
春行も戻ってくるのね」
私が、唇を笑っている形にした時、太陽が消えた。
私は、もう人生を生き終えたような気分で目を覚ました。
枕がグッショリと濡れていた。
一体、何で泣いていたんだろうか。
多分、前日の母とのやりとりが、こたえているのだろう。
台所に行くと、テーブルの上に、『急用』という母のメモが乗っていた。
慌てて出て行ったのだろう。
椅子が一脚テーブルと反対の方角を向いている。
メモの下に、一万円札が二枚置いてあった。
二十日は帰らないということだろうか。
または、修理費に使えということか。
電話のベルが鳴っている。
早朝から珍しいことだ。
「はい」
「絵美? 由香」
「由香? どうしたん」
「今日、ガッコ、ボサリ」
「え?」
「もう、私、勉強なんか手につかない。
すぐ行く」
ガチャンと電話は切れた。
一体、どういうことだろう。
それでも、身体は着々と学校に行く準備を整えていて、トーストを一切れと牛乳を一口飲んだ時に、ピンポーン、とドアチャイムが鳴った。
「もう、何、制服に着替えてんのよ。
今日は、学校はなし」と由香が入ってくるなり言った。
「ええ?」
「何、優雅に食事してんのよ」
「由香も食べる?」
「うん」
おなかがすいていたらしく、由香は、トーストとハムエッグと牛乳を平らげた。
「もう、私、脳がウニ」と由香の得意なフレーズが出た。
最初はわからなかったけれど、脳がウニ状態になって、何も考えられない、と言いたいようだ。
洗い物をしている私の背に、由香は早口で、まくしたてていた。
「そんなに、いっぺんに言われても、私、ついていかれへん」
「実は、私も、全然ついていってない」と由香は白状した。
「絵美いうたら、全然昨日のこと、言わんかったでしょう」
「昨日のこと?」
昨日は、もう何十年も昔のような気がする。
「お祖父ちゃんの様子が何か変で、『華さんが』『華さんが』とブツブツ言うてて、私は、もう、また絵美のこと言うてんねんな、と思って聞いてたら……」
火事があって、人形が燃えて、隆が泣いた、人形は笑った、とわけがわからなかったようだ。
「全体を組み立ててみても、何か昨日あったんや、とわかっただけ。
期末なんか、どこの世界の話なん、という感じ」
それは、私も同じことだ。
ここ数日の目まぐるしい出来事は、どこかで現実の世界を拒絶している。
「こんな時に、行っても行かんでも同じようなガッコに行ってる場合と違う」
「うん」と学校に行くことが、人生の日課になっている私の返事は鈍かった。
確かに、期末試験までに、もう授業はほとんどなく、冷静に考えてみれば、行っても行かなくても同じかもしれない。
受験と期末試験のためだけに登校して、後はほとんど休んでいる生徒も多い。
「何か、このところ、絵美のことばっかり考えてる。
あんたって、刺激的な女なんや」
「由香ほどやないけど」と言いながら、『お母さん?』と尋ねた春行さんのことや、『康子さんか?』と言ったお爺さんのことばが蘇った。
『康子も同じ時期に転生している』と隆さんは言った。
「絵美、もしかしたら、私と同じこと考えてるでしょ」
「あ、うん。そうかもしれない」
「ああ、何で同じ年やのに、私があんたのお姉さんで、あのジョギングの君のお母さんなんよ!」
そんなこと言うたら、おばさんの『春子ちゃん』はどうなんの、あれは、あんたの娘やで、と私は、心の中だけで突っ込んでいた。
私と由香は、とうとう学校をサボッて、ぶらぶらと道を歩いていた。
「何か歩きたい気分」と由香が言ったせいだ。
全速力で飛ばしてきたチャリンコは、うちのマンションの駐輪場に収まっている。
「私と良平はさあ、もうアカンかもしれへんわ」と由香が言った。
「え、何で?」
私は、随分と『河野君』『河野君』と聞かされてきた。
そのうち、『河野君』は、『良平』に化学変化した。
「どう言うたらいいのかなあ。
何か違う感じがする。
彼氏面するけど、別にそれはいい。
今までは、それでよかったんやけど、絵美がジョギングの君に出会った時から、何か変になった。
別に良平が変わったわけじゃなく、私が、変わったのかもしれへん。
そやかて、その間、一度も会ってないんやし」
「ふーん」男女のことは、私にはわからない。
「ま、絵美に言うても、仕方ないか」
「うん」と言うしかない。
お互いに何を言い合ったわけでもないけれど、足は、自然に駅前を抜け、古い住宅が並んでいる地域に差し掛かっていた。
由香は、自分が全速力で抜け出した地域に戻ろうとしている。
「これやったら、チャンリンコで来たらよかった」と由香が言った。
お互いに、何も言わなくても、目的地はわかっていた。
「まあ、最終的には、ここに来るわけや」と由香が言った。
私達は、大きな鉄の門の前に立っていた。
「不思議なことに、私も、前世とかいうもんで、何があったのか知りたい。
多分、私は、一番先に死んでしまったらしいから」
「ああ、そうか」と私は、どう答えていいのかわからずに言った。
私は、『華さん』で、由香は、『康子さん』なのだ。
「華さん、行くよ」と由香は冗談のように言ったが、その声は、心なしか震えていた。
私達の緊張感を嘲笑うかのように、インタフォンの音は、トンマだった。
ピンポンピンポンパーン。
「まったく、恥ずいぐらいな、おバカ音」と由香は赤面しながら言った。
そして、ワハハハハ、と異常な笑い声を立てて、私の背中をバンバンと叩いた。
「痛いって、由香」
「だって、この音が笑わずにいられる?」
「はい」と女の人の声がした。
春行さんのお母さんだ。
「隣の佐藤ですけど、華さんを連れて来ました」と由香は言って、私に強張った顔でウインクをした。
しばらくして、ガチャガチャッという音がして、門が開いた。
『華さん、華さん』という声が聞こえていた。
この響きは人形の声だ。
そう思っていると、人形が……日本人形が……宙に……空中に浮かんでいた。
「もう、いい加減にしなさい」とお母さんが人形を叱っている。
え?人形を?
「外に出たら、アカンて言うてるでしょ」
『私、歩いていない。着物、汚れない』
「歩いていなくても、アカンの」
『春子ちゃん、怒っている』
「これは怒ってないの。あんたを叱ってるだけ」と人形とお母さんは、漫才のような掛け合いをしている。
「あれ、どういう仕組みになってるんやろ」と由香が小声でささやいた。
「このおばさんも、コレ?」と頭の横で指をクルクル回した。
「さあ……」と答えるしかない。
「春樹が待っています」とお母さんは言った。
そして、先に立って、ドンドンと家の中に入って行った。
門だけは、由香の家や隆さんの家と同じ鉄製の門だったが、中の構造は完全に違っていた。
お母さんは、ガラガラッと格子戸のようなものを開けた。
由香の家も隆さんの家も、玄関はドアだった。
格子戸から中に入ると、そこはどう言えばいいのか、広い場所だった。
戸が無ければ、外と同じだ。
そこから段が作ってあって、私と由香は二段上がった。
すると、ようやく、普通の家と同じような場所に出た。
そこからすぐの襖をおばさんが開けると、中はどれぐらいあるのかわからないぐらいの広い和室だった。
そこの奥の真ん中へんに、春行さんが座っていた。
どう考えても、普通の人ではないように見える。
おばさんに叱られていた人形が、夢の中で人形になった私みたいに、畳の上を滑るように進んでいる。
どこか、非現実的な世界だった。
生きているもののようだった人形は、春行さんの左隣まで来ると、スッと動かなくなった。
その瞬間まで、私も由香も、金縛りにあったように動けずにいた。
部屋の奥中央に座っていた春行さんが閉じていた目を開いた。