表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
人形の家  作者: まきの・えり
5/11

人形の家5

「3億よ、何と3億」

 母の売り上げの話には、余り実感がない。

 数字だけが一人歩きしているようで、私の生活には、何の変化もないからだ。

 母は、無店舗販売というもので、今まで随分色々なものを売ってきた。

 今一番熱中しているのは、コンピューターとファクスを合体させた機械で、それだと、パソコンよりも操作が簡単だから、お年寄りでも扱えるらしい。

 しかも、使えば使うほどお金が返ってきて、使用権みたいなもので、孫の代まで収入がある、といういいことずくめの商品らしかった。

 私には、商売の仕組みはよくわからなかったが、とにかく、早く買った方が、物凄く得らしい。

「やっぱ、田舎の土地持ちは違うわ。親戚縁者全員で買ってくれたの」

「よかったね」と私は、言った。

 母は、普通ゴミの日も粗大ゴミの日も、リサイクルゴミの日も知らない。

 スーパーの売り出しの日も知らなければ、何度かトイレが壊れたり、電気が突然壊れたりすることも知らない。

 私が生まれる前から住んでいる、築二十年以上になる古いマンションは、故障が多い。 

 母は、いくつか、マンションかビルを買っているらしいけれど、自分の娘が住んでいる場所には、無頓着だ。

 母が知らないと言えば、父兄参観の日も、三者面談の日も知らない。

 関心がないと言った方がいいかもしれない。

「お金は私が出してあげるんやから、自分のことは自分でしなさい」と小さい時から言われてきた。

 母は、もしかするとお金持ちかもしれなかったが、私は一日千円程度の生活費で、チマチマと暮らしていた。

「……それで、私は言うてやったんよ」

 母の話は、まだ続いていた。

「今、あなたは、人生の別れ道に立っているんですよ、て。

 豊かで刺激的で実りの多い充実した人生を歩むのか、平凡で退屈で貧しい人生を歩むのか。

 そして、ああ、あの時、あの人の言うことを聞いて、決断しておけばよかった、あそこで決断しておいたら、今頃は億万長者になっていたかもしれない、と残りの一生を死ぬまで後悔して暮らすことになるのか。

 今が、その別れ道ですよ。

 今決断しないと、一生後悔しますよ。

 けどまあ、それは、あなたの人生だから、私は、別に構わないんですけどね……」

 いつもの自慢話だ。

 仕事がうまくいった時は、自信タップリ。

 小学生の頃から、何十回何百回何千回と同じような話を聞いてきた。

 私が聞くのは、成功した話ばかりだった。

 なぜなら、母は、仕事がうまくいくまで、家には戻って来なかったのだから。

 急に、小学生の頃の、いつ戻ってくるのかわからない母を一人で待っていた時の、不安と恐怖に、胸が圧し潰されそうになった。

 なぜ、突然、そんなことを思い出すんだろうか。

「お母さん、私に家を買ってくれない?

 お金はあるんでしょう?」

 私は、母の話をさえぎって、自分でも思ってもみないことを口走っていた。

「まあ、そんなことより、お母さんの話は、まだ終わってないんやから」と、母は、私の話に取り合おうとしなかった。

「お母さんの話は、もうイヤになるぐらい聞いたわ。

 同じような話を、それこそ小学校の時から、何度も何度も聞かされたわ。

 言って欲しかったら、同じ話を私がしてあげようか。

『私は、別に構わないんですけどね、あなたの人生なんだから……』そう言うたら、相手、どう言うたと思う? 

 『そ、そんなこと言わずに、もっと話を聞かせてくださいよ』そこで、商談成立。

 今回は、親戚縁者まで全員が買ってくれて、3億の売り上げになったんでしょ。

 いつもいつも、それだけ稼いでるんやから、私に家ぐらい買ってくれても、いいやないの」

「あんたは、この家の名義を、自分の物にしたいて、言うてるわけ?」

 私が生まれて以来初めて、母が私の話に取り合った瞬間だった。

「こんな壊れかけの家と違って、私は、きちんとした家が欲しいの」

「何、アホなこと言うてんの。

 お母さんが、毎日毎日働いてるから、こんなきちんとしたマンションに住めてるんやないの。

 どこが、壊れかけやの、シッカリしたもんやないの」

「何も知らんくせに、知ったようなこと、言わんといて」

 私は、自分がつけている過去三年間の家計簿を引っ張り出してきて、電気系統の故障が一番多いことと、トイレの修理が頻繁なこと、水道や風呂場も、あちこちから水が漏れていて、少々の修理では、もどうしようもなくなっていることを、母に訴えた。

 そう。修理のお金もないので、何ヵ月も壊れた電気で辛抱したり、同情してくれた電気屋さんが、修理代をまけてくれたりしていた。

 しかし、母は、全然私の話を聞いていなかった。

「あんたは、いつの間に、そんな親不孝な人間になったん。

 あんたのために、お母さんは、毎日毎日必死で働いてるのに。

 休みも取らずに、毎日毎日。

 あんたを、高い私立に行かせるためにも、お母さんは、必死で働かなあかんのよ。

 あんたみたいな子を、『親不幸者』て呼ぶのよ。

 一人で食べていくこともできへんくせに、親のすねばっかりかじって生きているくせに。

 今みたいに優雅に暮らせるんも、全部お母さんのお蔭やというのに。

 それを感謝することも知らずに、不平ばっかり言う。

 最低の人間に育ったね。お母さんは、悲しいわ」

 私は、とうとう、親不幸者で、最低の人間になってしまった。

 その時、突然、私は、もうこの人と、一緒に暮らしていくことはできない、と思った。

『家が欲しい』と自分が思わず口走ったことばの意味は、そういうことだったのだ。

「もう、そんなことは、いい大学にでも入ってから、考えたら?」と母は、妥協点を見つけて、ホッとしたようだった。

「そうですね」と私は、言った。

「私も、もう十八ですから、大学に入ったら、一人で暮らします」

 今でも、一人で暮らしているようなものだが、それは、いつ帰ってくるかもしれない人間を待っている、一人だ。

 自分の生活は、その人を中心に回っている。

 その人が、いつ帰ってきてもいいように。

 実は、永遠に帰って来なくてもいいように。

「ふーん。そう。自分の力でできるんやったら、いくらでも一人で暮らしてちょうだい」

「そうします」

「ほんまに、自分一人で大きくなったみたいに、偉そうに言うてからに。

 バイト一つせんと、ぬくぬく暮らしておいて。

 それだけ偉そうに言うんやったら、大学のお金も、自分が食べる分も、全部自分で稼いでから言うてくれる?

 ここの暮らしかって、誰に何の干渉

を受けるわけやなし、自由気儘な一人暮らしと一緒やないの」

 そう言われれば、そうかもしれない。

 もし、母が戻って来なければ。

「ハハーン」と母は言い、「ふんふん、そうか」と一人でうなずいていた。

「どうせ、好きな男でもできたんやろ」

 ズキンと胸にこたえたが、「そんなんじゃありません」と言った。

「ふーん、誰なん?

 もうエッチでもしたん?

 どこで知り合ったん?」

「いい加減にして」と私は、言った。

「私は、もう、こんな生活がイヤなの。

 もう、お母さんとは一緒に暮らしたくないの」

 辺りは、シーンと静まりかえっていた。

 どこか遠くから、猫の鳴き声が聞こえていた。

 ミャアミャア、と。

 キキーという車の急ブレーキの音とガシャンと何かにぶつかる音も聞こえていた。

「お母さんには、あんたのことは、もうわからへんわ」と母が言った。

 声が裏返って震えている。

 もうじき泣き出すぞ、と思ったら、手近なティッシュを二三枚抜き取って、はなをかんだ。

「自分で言うのも何やけど、私は、いいお母さんやないの。

 何でも、あんたの好きなように、させてきたやないの。

 やりたいことに反対したこともないし、お金の不自由かって、させたことないやないの。

 そのために、どれだけ忙しくて大変な生活を送ったからと言って、恩着せがましいこと一つ言うたこともないし、お母さんに感謝しろとか、これをしろ、あれをしろなんて、一度も言うたことないし……」

「言われなくても、私がお母さんのして欲しいようにしてるもの。

 だから、ちょっとでも、お母さんの気にいらないことを言うと、お母さんは、ここまで恩着せがましくなる。

 それ、自分でわかってる?」

 自分でも、自分の声が、ゾッとするほど冷たいことに気がついていた。

 まるで、自分の声ではないかのようだ。

「友達も作らず、バイトもせず、いつも、お母さんの帰りだけを待ってる人間やからよ。

 いつ帰ってきても、温かい食事が食べられるようにしているし、いつでも気持ちよく休めるように、お母さんの女中として働いているからよ。

 どこにでもいる普通の子供みたいに、小学生の頃から、早く帰ってきてとか、私より仕事が大事なのとか、お母さんにとって、都合の悪いことは、何も言わなかったからよ」

「ほんまに、いつの間に、こんな子になったんやろ。

 いつ、私が、バイトをするなとか、友達を作るなて、言うたのよ。

いつ女中みたいにしてくれて、言うたのよ。

 私は、あんたが可愛いから、仕事で疲れた後でも、あんたの顔が見たいから、家に帰って来るんやない

の」

 私の内部には、「お母さーん」と言って、母に抱きついて、メソメソと泣いてしまいたい自分もいる。

 しかし、それをするには私は大きくなりすぎていたし、母がそういう私を抱き止めることができる人ではないのは、長い経験で知っていた。

 自分を抑えて、常に、母を抱き止めてきたのは、私の方だったからだ。

「男の子と付き合うのかて、お母さんは、全然反対してないし……」

 母は、自分の話に酔うタイプの人間だった。

 だから、相手をも話に酔わせて、仕事を続けていけるのだろう。

 仕事の相手なら、一緒に暮らしているわけではないから、いくらでも騙すことができる。

「私も勉強があるし、お母さん、疲れているんだから、早くお風呂に入って寝たら?」

「うん。そうやね。そうするわ。

 お風呂は、41度ね、わかってるやろけど」

 母にとって、私の話は、もうこれで終わりだ。

 お風呂に湯を張ると、私は、自分の部屋に戻った。

 母の言う通りだ。

 自分で自分を養っていかなければならない。

 奨学金を申請して、どこか下宿できるところを探そう。

 アルバイトをして、自分の生活を作りだそう。

 どこかで母に甘えていた自分を、バッサリと切り落とそう。


 私は、一人で、誰もいない荒野に佇んでいた。

 誰もいなくなってしまった。

 大きな赤い太陽が、今まさに沈んでいこうとしていた。

 太陽の沈む先は、海なのだろうか。

 山なのだろうか。

 枯れたすすきが、冷たい風に揺れている。

 こっちへおいでよ、と手招きしているように、揺れていた。

 それは、大変に淋しい光景に思えた。

 もうこんな淋しさには、耐えられそうもない。

 その時、『華さん』『華さん』と呼ぶ声がした。

 ああ、まだ、お前達がいた。

 私の幼い時から、お前達だけは、ずっと私と一緒だった。

 いつまでも変わらないお前達。

「人形は、年を取らないの?」と私は、尋ねた。

『人形は、年を取らない。

 人間が年を取っていくのを、眺めているだけ』

「それも、淋しい話だね」と私は言った。

 私は、全ての人形達と一緒に、太陽が沈むのを眺めていた。

 私の人生は、何だったんだろう。

「とうとう、春子ちゃんは、戻って来なかった……」

 そう。

 いつまで待っても、春子ちゃんは戻って来なかった。

『春子ちゃんは、戻ってくる』と人形達が、口々に言った。

「いつ?」

『華さんと春行が戻って来る時に』

「いつ?」

『それはわからない』

「そう。

 春行も戻ってくるのね」

 私が、唇を笑っている形にした時、太陽が消えた。


 私は、もう人生を生き終えたような気分で目を覚ました。

 枕がグッショリと濡れていた。

 一体、何で泣いていたんだろうか。

 多分、前日の母とのやりとりが、こたえているのだろう。

 台所に行くと、テーブルの上に、『急用』という母のメモが乗っていた。

 慌てて出て行ったのだろう。

 椅子が一脚テーブルと反対の方角を向いている。

 メモの下に、一万円札が二枚置いてあった。

 二十日は帰らないということだろうか。

 または、修理費に使えということか。

 電話のベルが鳴っている。

 早朝から珍しいことだ。

「はい」

「絵美? 由香」

「由香? どうしたん」

「今日、ガッコ、ボサリ」

「え?」

「もう、私、勉強なんか手につかない。

 すぐ行く」

 ガチャンと電話は切れた。

 一体、どういうことだろう。

 それでも、身体は着々と学校に行く準備を整えていて、トーストを一切れと牛乳を一口飲んだ時に、ピンポーン、とドアチャイムが鳴った。

「もう、何、制服に着替えてんのよ。

 今日は、学校はなし」と由香が入ってくるなり言った。

「ええ?」

「何、優雅に食事してんのよ」

「由香も食べる?」

「うん」

 おなかがすいていたらしく、由香は、トーストとハムエッグと牛乳を平らげた。

「もう、私、脳がウニ」と由香の得意なフレーズが出た。

 最初はわからなかったけれど、脳がウニ状態になって、何も考えられない、と言いたいようだ。

 洗い物をしている私の背に、由香は早口で、まくしたてていた。

「そんなに、いっぺんに言われても、私、ついていかれへん」

「実は、私も、全然ついていってない」と由香は白状した。

「絵美いうたら、全然昨日のこと、言わんかったでしょう」

「昨日のこと?」

 昨日は、もう何十年も昔のような気がする。

「お祖父ちゃんの様子が何か変で、『華さんが』『華さんが』とブツブツ言うてて、私は、もう、また絵美のこと言うてんねんな、と思って聞いてたら……」

 火事があって、人形が燃えて、隆が泣いた、人形は笑った、とわけがわからなかったようだ。

「全体を組み立ててみても、何か昨日あったんや、とわかっただけ。

 期末なんか、どこの世界の話なん、という感じ」

 それは、私も同じことだ。

 ここ数日の目まぐるしい出来事は、どこかで現実の世界を拒絶している。

「こんな時に、行っても行かんでも同じようなガッコに行ってる場合と違う」

「うん」と学校に行くことが、人生の日課になっている私の返事は鈍かった。

 確かに、期末試験までに、もう授業はほとんどなく、冷静に考えてみれば、行っても行かなくても同じかもしれない。

 受験と期末試験のためだけに登校して、後はほとんど休んでいる生徒も多い。

「何か、このところ、絵美のことばっかり考えてる。 

 あんたって、刺激的な女なんや」

「由香ほどやないけど」と言いながら、『お母さん?』と尋ねた春行さんのことや、『康子さんか?』と言ったお爺さんのことばが蘇った。

『康子も同じ時期に転生している』と隆さんは言った。

「絵美、もしかしたら、私と同じこと考えてるでしょ」

「あ、うん。そうかもしれない」

「ああ、何で同じ年やのに、私があんたのお姉さんで、あのジョギングの君のお母さんなんよ!」

 そんなこと言うたら、おばさんの『春子ちゃん』はどうなんの、あれは、あんたの娘やで、と私は、心の中だけで突っ込んでいた。


 私と由香は、とうとう学校をサボッて、ぶらぶらと道を歩いていた。

「何か歩きたい気分」と由香が言ったせいだ。

 全速力で飛ばしてきたチャリンコは、うちのマンションの駐輪場に収まっている。

「私と良平はさあ、もうアカンかもしれへんわ」と由香が言った。

「え、何で?」

 私は、随分と『河野君』『河野君』と聞かされてきた。

 そのうち、『河野君』は、『良平』に化学変化した。

「どう言うたらいいのかなあ。

 何か違う感じがする。

 彼氏面するけど、別にそれはいい。

 今までは、それでよかったんやけど、絵美がジョギングの君に出会った時から、何か変になった。

 別に良平が変わったわけじゃなく、私が、変わったのかもしれへん。

 そやかて、その間、一度も会ってないんやし」

「ふーん」男女のことは、私にはわからない。

「ま、絵美に言うても、仕方ないか」

「うん」と言うしかない。

 お互いに何を言い合ったわけでもないけれど、足は、自然に駅前を抜け、古い住宅が並んでいる地域に差し掛かっていた。

 由香は、自分が全速力で抜け出した地域に戻ろうとしている。

「これやったら、チャンリンコで来たらよかった」と由香が言った。

 お互いに、何も言わなくても、目的地はわかっていた。

「まあ、最終的には、ここに来るわけや」と由香が言った。

 私達は、大きな鉄の門の前に立っていた。

「不思議なことに、私も、前世とかいうもんで、何があったのか知りたい。

 多分、私は、一番先に死んでしまったらしいから」

「ああ、そうか」と私は、どう答えていいのかわからずに言った。

 私は、『華さん』で、由香は、『康子さん』なのだ。

「華さん、行くよ」と由香は冗談のように言ったが、その声は、心なしか震えていた。


 私達の緊張感を嘲笑うかのように、インタフォンの音は、トンマだった。

 ピンポンピンポンパーン。

「まったく、恥ずいぐらいな、おバカ音」と由香は赤面しながら言った。

 そして、ワハハハハ、と異常な笑い声を立てて、私の背中をバンバンと叩いた。

「痛いって、由香」

「だって、この音が笑わずにいられる?」

「はい」と女の人の声がした。

 春行さんのお母さんだ。

「隣の佐藤ですけど、華さんを連れて来ました」と由香は言って、私に強張った顔でウインクをした。

 しばらくして、ガチャガチャッという音がして、門が開いた。

『華さん、華さん』という声が聞こえていた。

 この響きは人形の声だ。

 そう思っていると、人形が……日本人形が……宙に……空中に浮かんでいた。

「もう、いい加減にしなさい」とお母さんが人形を叱っている。

 え?人形を?

「外に出たら、アカンて言うてるでしょ」

『私、歩いていない。着物、汚れない』

「歩いていなくても、アカンの」

『春子ちゃん、怒っている』

「これは怒ってないの。あんたを叱ってるだけ」と人形とお母さんは、漫才のような掛け合いをしている。

「あれ、どういう仕組みになってるんやろ」と由香が小声でささやいた。

「このおばさんも、コレ?」と頭の横で指をクルクル回した。

「さあ……」と答えるしかない。

「春樹が待っています」とお母さんは言った。

 そして、先に立って、ドンドンと家の中に入って行った。

 門だけは、由香の家や隆さんの家と同じ鉄製の門だったが、中の構造は完全に違っていた。

 お母さんは、ガラガラッと格子戸のようなものを開けた。

 由香の家も隆さんの家も、玄関はドアだった。

 格子戸から中に入ると、そこはどう言えばいいのか、広い場所だった。

 戸が無ければ、外と同じだ。

 そこから段が作ってあって、私と由香は二段上がった。

 すると、ようやく、普通の家と同じような場所に出た。

 そこからすぐの襖をおばさんが開けると、中はどれぐらいあるのかわからないぐらいの広い和室だった。

 そこの奥の真ん中へんに、春行さんが座っていた。

 どう考えても、普通の人ではないように見える。

 おばさんに叱られていた人形が、夢の中で人形になった私みたいに、畳の上を滑るように進んでいる。 

 どこか、非現実的な世界だった。

 生きているもののようだった人形は、春行さんの左隣まで来ると、スッと動かなくなった。

 その瞬間まで、私も由香も、金縛りにあったように動けずにいた。

 部屋の奥中央に座っていた春行さんが閉じていた目を開いた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ