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人形の家  作者: まきの・えり
4/11

人形の家4

「また、会おう」と隆さんが言った。

「はい」と私は答えた。

「何かが近づいている。イヤでも会うことになるだろう」

 隆さんの手が、ゆっくりとためらいがちに伸びてきた。

 私は、ためらわずに、その手を握った。

「また、必ず、お会いします」

 また、隆さんは、最初に見た時と同じ、三十才ぐらいのハンサムな男性に戻っていた。

 この人は、一体何才なんだろう、と私は思った。

 明け始める夜、夜のベールが一枚また一枚と外されていく。

 夕暮れよりも、もう少し暗い冬の朝。

 私とお爺さんは、なぜか、クスクスと笑いながら、家に帰った。

「華さん」と門から中に入り、玄関の鍵を閉めた後、お爺さんは、物凄く幸せそうな、少年のような微笑みを顔に浮かべた。

「隆は、ずっと、あんたのことが、好きやったんや。

 わしは、若い時のあんたが好きやったけど、隆は……

 あんたが何才になっても、同じように好きやった」

 私は、胸がズキンとした。

 私には、まだわからないけれど、そういう愛し方もあるのかもしれない、と思う。

「けど、あんたは、絶対に、誰も、好きにならんかった」

「え? 何で?」

「何でかは、あんたにしかわからん」

 お爺さんは、ニカッと笑って、一階の自分の部屋の中に入って行った。

 私は、カタカタと階段を登って行った。

 ソッと由香の部屋に入り、音を立てないように、コートを脱いだ。

 その時になって初めて、自分がパジャマ姿だったことに気がついて、ガーンとショックを受けた。

 男の人にパジャマ姿を見られてしまった?

 けどいい、もういい、と思って、私は、ソッと由香の隣の布団に潜りこみ、そのまま、眠ってしまった。


 真っ黒な子猫が、まだ見えない目で、親を探すようにして、細かく首を震わせていた。

 私は、ソッと手を延ばして、子猫を抱き上げた。

「この子、死んでしまう?」

 心配そうな大きな瞳が、私を見上げていた。

 抱き上げた子猫の体温は低く、時折、ブルブルッと身体を震わせている。

 さあ、どうだろうか、と私は思った。

 もしかすると、死んでしまうかもしれない。

 でも、もしかすると、生き延びるかもしれない。

 多分、大丈夫だろう。

 自分でミルクを飲むこともできるんだから。

「大丈夫や、春子ちゃん」と私は言った。

 女の子は、ホッとしたような表情をして、ポロリと涙をこぼした。

「この子、可哀相やねえ、こんなに小さいのに。お母さんがいないなんて」

「ほんまやねえ」

 私の目がうるんで、女の子の姿が、ボウッとかすんで見えた。

「春子のお母さん、もうじき帰ってくるよね。

 赤ちゃん連れて、帰ってくるよね」

「うん。そうやね。きっと、もうじきやね」

「そしたら、春子、いっぱい赤ちゃんのこと、可愛がるねん。

 お兄ちゃんと一緒に、いっぱい、色んなとこ、連れて行くねん」

 女の子は、私の抱いている子猫の背中を、ソッと撫でた。

「この子も、いっぱい可愛がったらんと。そやかて、お母さんがいてへんねんから」

「うん、うん」

 そう言って、私は、春子ちゃんの髪を撫でた。

 そして、春子ちゃんにわからないように、ソッと涙を拭った。


「もう、絵美いうたら、完璧、爆睡」と言う由香の声で目を覚ました。

「もう、また、変な夢でも見たんと違う?」

 由香に指摘されて初めて、自分が泣いていたことに気がついた。

「ほんまや。きっと悲しい夢でも見たんや」

「フフ。どうせ、ジョギングの君にでも、ふられたんやろ」

「わあ、由香って悪魔」

「女は、みんな、悪魔です」

 昨夜の出来事、それも、朝起きてみれば、完全に夢幻に思える。

 辺りには、朝というよりも、昼間の太陽が差し込んでいて、明るい空気の粒子が、周囲を跳ね回っているように見える。

 自分が、他人の家で一晩過ごしたなんていうことこそ、夢か幻。

「絵美さん、おはようございます」と由香のお兄さん達が、顔を並べて、ダイニングで待っていた。

「おはようございます……」と自分の朝寝坊が急に恥ずかしくなった。

「母が所用で出かけておりますので」とお兄さん達は、トーストを焼いてくれたり、スクランブルエッグやグリーンサラダを作ってくれたりした。

 コーヒーも挽きたての入れたてだ。

 私は、男の人が料理をするのを見て、ビックリしていた。

「由香は、父に似て、ぜーんぜん、あきませんが、私達は、母に似て料理人」

「うわ、凄い、おいしいです」

「でしょう?」

「もう、お兄ちゃん達、支度が終わったら、さっさと消えて」

「はい、はい。こーんな超我が儘な妹ですが、こりずに付き合ってやってください」

 そう言うと、お兄さん達は、姿を消した。

「ああ、私、超恥ずかしい」と由香が言った。

「うちは、何でか、昔から兄貴達が料理上手で、私、全然出る幕なかった」

「私は、超羨ましい」と私は、由香の気を引き立たせるように言った。

 深夜の冒険のせいか、私は、食欲旺盛だった。

「絵美、あんまりガッツくとデブるで」と由香が心配するほどだ。

「今日どうする? 映画でも行く?」

「私、一応、家に帰る」と私は言った。

 やっぱり、日曜日の掃除と洗濯はやってしまいたいし、試験勉強だって、きちんとしたい。

 由香には悪いけれど、この家では、勉強はできそうになかった。

「ええ! 嘘!」と由香はショックを受けた顔をした。

「ごめんね。私、一応、主婦もやってるから」

「そっかー。することが、いっぱいあるんや」

「うん。そやねん」

「けど、また、泊まりに来てね」

「うん。すっごく楽しかったわ」

「うちの兄貴達、両方共料理もうまいし、優しいし、ジョギングの君ほどハンサムやないけど、妹の私としては、超お勧め品やで」

「うん。由香が羨ましい」

「あ、そう。やっぱり、あの変態男の方がいいんや」

「そやかて、私、全然、男の人と付き合ったことないし……」

「わかった、わかった。

 ジョギングの君に絶望したら、この由香さんに相談し」

「そんな……昨日会ったばっかりの人やのに」

「けど……」と由香は、ボロボロとパン屑を落としながら言った。

 癖なのかどうか、ずっと食べもしないパンを指で砕いている。

「昨日の朝初めて出会って、胸キュン。

 次に偶然、家の前で出会う。

 それから、これまたビックリ、私の家で再会。

 言いたくないけど、偶然に三回出会う相手は、運命の相手やて言うよ。

 しかも、それが、全部一日の話やんか。

 もしかしたら、もしかするかも」

「へえ。偶然に三回出会ったら、運命の相手なんや」

「ま、モノの本によりますと、そういうことみたいです」

「へえ、そうなんや」

 その時、フと、人形達には、夢の中も含めると、もっと出会ったような気がした。

『春子ちゃん』にも、あのおばさんを勘定に入れると、何度も会っている。

 写真まで含めると、黒猫にも。

 まあ、余り考えないでおこう。

「色々ありがとう」

「また来てね」

 そう言って、私達は、別れた。

「また、明日ねえ」

「うん、また明日」


 家に帰ってから、私は、洗濯機を連続して回しながら、掃除機をかけ、あちこちを拭いて回った。

 日曜日の行事だ。

 洗濯と掃除が終わると、しばらくボオッとしていた。

 よく考えてみたら、たった二日の出来事なのだ。

 二日の間に、自分が何十才も年をとってしまったような気がした。

 恐々と自分の手を確かめてみたが、別に年を取ったような徴候は見られなかった。

 多少洗濯の後で、手が荒れていたが、それはいつものことだった。

 人は、いつ、年を取るのだろうか。

 昨日と今日とでは、別段何の変化もないように見えるが、そう思っている間に、年を取っているのだろうか。

 由香のお祖父さんは、いつの間に、お爺さんになってしまったのだろう。

 春行さんのお母さんも、由香のお母さんも、それから、うちの母も、一体、いつ、おばさんになったのだろう。

 私も、ハッと気がつくと、おばさんになっていたり、お婆さんになっていたりするのだろうか。

 人形達は、年を取らない。

 華さんの人形達は、きっと何十年も生きている。

 けれど、古くなりはしても、決して、年を取らない。

 人間がそう思っているだけなんだろうか。

 人形達も、年を取っていくのだろうか。

 今度聞いてみよう、と私は思い、そんな自分に苦笑した。

 華さんは、なぜ、あんなにたくさんの人形を持っていたのだろうか。

 隆さんは、なぜ、華さんの人形と一緒に住んでいるのだろうか。

 隆さんが奇妙なことを言っていた。

 春行も同じ年に転生している。

 康子も?

 もしかすると、啓介も?

 私の記憶を総合すると、康子さんと啓介さんは、春行さんと春子ちゃんの、前世でのご両親だったはずだ。

 私が転生したと言われている華さんは、春子ちゃんの伯母さんだ。

 それなのに、なぜ、肝心の春子ちゃんが、あんなおばさんなのだろうか。

 しかも、春行さんのお母さんだという。

 気がつくと、辺りは暗くなっていた。

 夕食の準備をしないと、と私は思った。

 そう言えば、今日は、いつもの日曜日のように、買い物に行っていなかった。

 冷蔵庫をのぞくとガランとしている。

 それはそうだろう。1週間分の買い物をして、それを毎日食べているのだから。

 昨日泊まった分の材料が残っていたが、由香の家での経験のせいか、何か億劫で、料理を作る気がしなかった。

 何かつまんで、勉強しよう。

 由香は、毎日、お母さんやお兄さんに、料理を作ってもらっている。

 今までは、頭だけで知っていたことを、今は、実感として感じていた。

 部屋で勉強していると、「ただいまー」という声が聞こえてきた。

 お母さんだ。

 今回は、予定より早い。

 内心、ちょっとイラッとした。

 勉強の途中だというのもあるのかもしれない。

 今日は、できたら無視して勉強を続けたかったが、「お帰りなさい」と部屋から出て言った。

 由香が自分の母親が、化粧してパーマを当てて、別人のようになった、と不満を言っていた。

 その目で見ると、私の母なんて、化粧お化けだ。

 おまけに、香水までプンプンさせている。

 習慣というのは恐ろしいもので、勝手に身体が動いて、手早く野菜炒めと簡単なサラダを作っていた。

 当たり前のような顔で、ごはんを食べると、「聞いてよ、絵美」と話し始めた。

 母は、自分のことしか話さない。私の話なんか、今まで一度も聞いたことがない。

「3億よ、何と3億」


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