03 最弱の精霊召喚士
「あ、ありがと……」
「どういたしまして。
キミ、怪我はないですか?」
ボクに助け起こされた魔人族の少女がこくりと頷き、受け取った硬貨を布袋に収めなおす。
そして何かに気付いたようにハッとしたかと思うと、ボクの手を握り返してきた。
荒れて傷だらけになった手のひらから、彼女の温もりが伝わってくる。
「あ、あなた……!
あなたも、冒険者なのよね⁉︎
お願い。
あたしの話を聞いて……!」
少女は語る。
「あたしの名前は『キリ』。
訳あってあたしはどうしても、魔大陸に行かなきゃいけないの!
だからお願い。
そこへ向かう旅の道中、あたしのことを護衛して欲しいの!」
キリと名乗った魔人族の少女が、ベル硬貨の詰まった布袋をボクに押し付け、懇願してくる。
きっと藁にもすがる思いなのだろう。
けれどもボクには、彼女を護衛しながら旅が出来るような能力はない。
諦めてもらおうと口を開きかけた。
すると、それを察したキリが慌てて話し出す。
「だ、大丈夫よ!
もし魔物が出たら、あたしも一緒に戦うから!
あなただけを矢面に立たせるつもりはないわ。
こう見えて、あたしだって少しは剣が使えるし、それに……。
それに、この子もいるもの……!」
この子?
尋ねる前に彼女は言葉を紡ぐ。
「……召喚」
彼女の背後、その虚空に召喚陣が描き出された。
急速に存在感が凝縮されていく。
瞬きする間に、突如として、そこに何者かが顕現した。
「――なっ⁉︎
こ、これは……!」
ボクは現れたその存在を目の当たりにして、驚愕し、驚きのあまり目を見開いたまま固まってしまった。
◇
「……ね?
ど、どうかしら?
凄いでしょう?
こ、この子だっているんだから……!」
キリがボクの反応を窺ってくる。
おっかなびっくりという感じで、拒絶を恐れているような雰囲気だが、こちらはそれどころではない。
ボクが唖然としたまま動かないでいると、誰かがキリの背後に控える存在に向けてヤジを飛ばしてきた。
「なんだ、クソガキ!
また木偶の坊なんて出しやがって!
その訳わかんねぇの、強そうなのは見た目だけでちっとも動かせないんだろ!」
ギルド内にドッと笑いが巻き起きる。
キリは羞恥と悔しさに顔を赤く染め、下唇を噛んで俯いた。
ヤジは続く。
「そんな役立たずより、まだゴブリンの方がマシなんじゃねぇか?」
「ははは!
ちげぇねえ!」
みな、キリを馬鹿にするのに夢中だ。
けどボクには柄の悪いこの冒険者たちの飛ばしたヤジの意味が分からない。
木偶の坊……?
ゴブリンの方が、まだ強い……?
このひとたちは、一体なにを言っているんだろう。
「…………すごい」
ボクはそう呟き、もう一度キリが顕現させた存在を眺めた。
サイズは成人男子より頭ひとつ高いくらいで、召喚獣としては決して大柄な方ではない。
でも内に秘めたるその魔力や、鋭い眼光、その身に纏った轟々と燃え盛る猛き炎から目が離せない。
…………火精霊だ。
ボクは改めて、今度は畏怖の念を込めて魔人族の少女を眺め直した。
この子は恐らく、精霊サモナーだ。
初めて見た。
こんな伝説でしか謳われることのないような存在が、こんな寂れた冒険者ギルドにいるなんて、とても信じられない。
このキリという少女、自分では気付いていないようだけど、その才能は圧倒的だ。
恐らく『饗宴』のメンバーたちにだって引けは取らない。
……いや、下手をすればそれ以上か。
こんなの、もはや準魔王級とすら言ってもいいくらいだ。
それにもしこの少女が、精霊だけでなく神霊すらも召喚可能なのであれば、もう正真正銘、立派に魔王級だ。
ただ残念なことがひとつあった。
見たところこの少女は、召喚獣とのパスが致命的なまでに繋がっていない。
これでは巧みな使役など望むべくもないだろう。
イフリートがごとき恐ろしく強大な存在を召喚できるけれども、その手綱をうまく操ることが出来ない。
ボクとはまったく正反対な存在。
最弱の精霊召喚士。
それが、ボクがキリという魔人族の少女に抱いた印象だった。
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