02 魔人族の少女
今日も街の清掃クエストを終えてから、ボクはギルドへ戻ってきた。
クリアの証明となる書類を提出し、少し擦れた感じのギルド嬢から報酬を受け取る。
「ほらよ。
清掃クエストの報酬50ベルさね。
さっさと受けとんな」
「ありがとうございます」
実際にやってみて分かったことだが、この清掃クエストは大してお金にならない割に体力的にかなりキツい。
都市が直接ギルドに発注しているクエストだから、常時受注可能なのは便利で良いのだけれど、朝から夕方まで働き通しでたったの50ベルにしかならいのだ。
これっぽっちだと安宿の宿泊費を支払ってから食事を取れば、手元にはいくらも残らない。
こんな調子ではお金を貯めてからスローライフの元手にしようなんて魂胆は、夢のまた夢である。
とは言え戦闘力皆無なボクに討伐クエストは荷が重いし、クエストとは名ばかりの日雇い労働ならこんなものかとも思う。
「ふぅ……」
握った小銭を見つめながらため息を吐き出す。
やはり現実はなかなか厳しいものだ。
そんなことを考えていると、どこからか少女の切羽詰まったような声が聞こえてきた。
声の出どころに顔を向ける。
するとここ数日で見慣れてしまった光景が、今日もまた目に映った。
◇
「ね、ねぇあなた!
お願いよ。
ちょっと話を聞いてくれないかしら」
「うるせえぞ、クソガキ!
どっか行きやがれ!」
ひとりの少女が、クエストから戻ってきたばかりの冒険者に話し掛けて、乱暴に払い退けられた。
けれども少女は諦めず、今度は別の昼間からずっと飲んだくれていたらしい酔っ払い冒険者に声を掛ける。
「あ、あなたでもいいわ。
お願い、あたしの話を聞いて――」
「……ちっ!
ひっく。
こっち来るんじゃねぇよ!」
「――ぁうッ⁉︎」
少女が無造作に蹴り飛ばされ尻もちをついた。
その拍子に彼女が目深に被っていた帽子が床に落ち、少女の頭部が薄暗いギルドの建屋内に晒される。
彼女の側頭部には羊のような巻角が生え備わっていた。
……これは魔人族の証だ。
「あっ⁉︎
あわわ」
少女が慌てて帽子を拾い上げる。
きっと角を隠したいのだろう。
けれども彼女が魔人族だということは、とっくにこのギルドのゴロツキたちには知れ渡っていて、それが理由でみんなが彼女を邪険に扱っているのだから、今更隠したところで仕方がないようにも思われる。
少女は帽子を目深に被り直してから、ほっと息をついた。
◇
「……まったく。
いくら冒険者ギルドが誰でも受け入れるって言ったってさぁ。
なんで魔人族なんかが出入りしやがるのかねぇ」
さっきボクにクエスト報酬を渡してくれたギルド嬢が、心底煩わしげに呟いた。
ゴミにでも向けるような目で倒れた少女を眺めている。
いま人間族と魔人族は争っているのだ。
そんな状況だから彼女のこの態度も仕方がないのかもしれないけれど、争いが激化する前から人類大陸で暮らしていた魔人族の者もいるのだし、ボクとしては彼らをどうこう言うつもりはなかった。
むしろ肩身の狭い思いをしているこちらの魔人族に、多少同情的ですらある。
「……ったく。
鬱陶しくて仕方ないさね」
受付嬢はまだ少女を眺めながら愚痴をこぼしている。
ボクは少し興味がわいて、尋ねてみた。
「……彼女、いつも夕方になると来ていますよね。
そして、ああして冒険者のみなさんに声を掛けて回って。
彼女は一体、なにをしているのですか?」
「ああん?
あんた、知らないのかい?
あの薄汚い魔人族の娘は、なんでも魔大陸に渡りたいらしいのさ。
里帰りでもするつもりかねぇ、まったく。
それで護衛が必要なんだとさ」
なるほど、そういうことか。
魔大陸への道のりは険しい。
地理的な問題だけでなく、道中で強力なモンスターに襲われることも頻繁にあるから、彼女だけでは帰れないのだろう。
そんなことを考えていると、魔人族の少女はまた別の冒険者に声を掛けていた。
「お願いよ、話を聞いて!
ほ、ほら。
ちゃんと報酬だって用意してるの。
清掃クエストで貯めた、ちゃんとしたお金よ!」
彼女が複数枚の100ベル硬貨が収められた布袋をみせた。
けれども柄の悪い冒険者は取り合わず、少女を乱暴に突き飛ばす。
「んだぁ?
それっぽっちの端金がなんだってんだよ!」
「きゃあ⁉︎」
つんのめった彼女がこちらへやってきて、ボクの足下でドサリと倒れた。
その拍子に硬貨が床に飛び散る。
「……ぅ、ぅぅ」
お腹を打ったのか、痛みを堪えながら呻いている。
ボクはその場にしゃがみ込み、散らかったお金を拾い集めていく。
2000ベルはあった。
さっき彼女は、このお金をボクと同じ清掃クエストで貯めたと言っていたけれども、どれだけ切り詰めればあの少ない報酬からこれだけのベルを貯められるのだろう。
その苦労は察してあまりある。
「……どうぞ。
お金、集めておきました」
ボクは少女を抱え起こし、手を取って硬貨を握らせた。
触れた彼女の手のひらは薄汚れて傷だらけで、その厳しい生活を思わせた。
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