マリナのファン
マリナは、男の名前も、年齢も、住む場所も、仕事も、なにも知らない。それでも男は、かまわなかった。
男は毎日、マリナに会いに行った。
マリナに会うと、みんなと同じになれたような気がした。
最近では、朝と夕方、2回会うこともあった。
「今日もマリナちゃんは可愛かったな。明日も会いに行こう。」
男は缶ビールを買いに家を出た。男の家は、パン屋の近くにあった。
男は無意識に、パン屋の近くまで来ていた。
「いるわけないよな」
男は引き返そうとしたとき、小麦さんが男を呼び止めた。
「あれ!あなたいつも来てくださる方ですよね?」
「ああ、そうですよ?」
「いつもありがとうございます!」
「いえいえ、もう店は閉店ですよね?」
「そうですよ?マリナも今日は帰っちゃいましたよ!」
「じゃあ、また明日パン買いにいきますね」
「お待ちしてます!あ、でも最近、マリナが店をやめたがっていて、」
「そうなんですか?」
「はい」
男はマリナに会えなくなると思った。
その次の日、男はいつものようにマリナに会いに行った。
「マリナちゃん!」
「あ!また来てくれた!」
「マリナちゃん、うさぎパン、3つ!」
「そんなに食べるの?」
「俺のじゃないよ?」
「あれ?そうなんだ」
マリナは、うさぎパンを3つ袋にいれて、男に渡した。
「ありがとう。じゃ、これ俺からマリナちゃんに」
男は袋に入ったうさぎパンをマリナにあげた。
「え?わたしにくれるの?」
「マリナちゃん頑張ってるからさ!ファンからの差し入れ!」
「いいよー」
「マリナちゃんに喜んでほしいの!もらって!」
「そう?じゃあもらっちゃおう!」
マリナは男に、いつもの優しい笑顔を見せた。
「これ、お礼にあげる」
マリナは、うさぎパンのイラストと、ありがとうのメッセージをかいた紙を男に渡した。
「これは家宝にするよ!」
男は紙をもって店を出た。紙は2つ折りになっていた。めくってみると、電話番号がかかれていた。
「こんなおじさんに、番号教えてくれるなんて優しい子だな」
男はマリナの優しさに癒された。
「俺は、君や、君の友達や、彼氏とはちがうのに」
男は、変えられない自分を、変えたいと思った。
マリナを愛する、資格がほしいと思った。
ファンでいさせてほしい、それ以上を望んではいけない。