マリナのファン
憂鬱な毎日の、少しの変化は、嬉しいことと、嫌なことのどちらもある。
朝目が覚めると、必ず嫌な気持ちになる。またひとりぼっちの一日が始まるのだ。
「仕事にいきたくない、全部やめたい」
一日の始めに、ベッドのなかで必ず言う言葉だ。父に聞かれたら、きっと怒られるだろう。
マリナは、服を着替え、パン屋に向かった。
パン屋につくと、また小麦さんの大声が聞こえてきた。
「よーし!今日もパンをたくさん売るぞ!」
「がんばります!」
「そうだ、新人が入るから、よろしくな!」
マリナはびっくりした。後輩が入るのだ。少しワクワクしたが、不安もあった。マリナは優しく振る舞うことができても、指示したり、注意することは苦手だ。新人の指導など、向いてないのだ。
カランカラン
今朝の一番目のお客さんだ。昨日と同じ男だった。服も同じだ。
「うさぎパンあんまりにも美味しくて、また来ちゃったよ」
「そうですか?」
「君はパン屋の女神だね!パンをよーくわかってるよ!ほんとに美味しかったよ」
男は店に入るとすぐ、マリナのそばへ行き、よく褒めた。
「君みたいな子がいたら、ここのパン屋は儲かるだろうな!お客さんがいーっぱい来るだろ?」
男はあんまりよく褒めるから、マリナは不思議でしょうがなかった。
「ありがとうございます!あなたみたいなお客さんが増えたらもっと嬉しいなあ!たくさん褒めてくれるから!」
マリナは、思ってもないことを言うのが得意だった。いつもは罪悪感を感じるが、この時だけは、感じなかった。
「ははは!じゃあ俺は毎日来るよ」
男はうさぎパンをまた二つ買った。
「じゃあまたね」
カランカラン
男は出ていった。
同時に、新人がやってきた。
「はじめまして。今日からお世話になります。新井です。」
「はじめまして。よろしくお願いします。」
新井さんは、定年退職した後のおじさんだった。マリナは、年下が入ると思っていたので、がっかりした。
「新人なので、仕事のこと教えてください。がんばります。」
「私もまだまだなので、一緒にがんばります!」
新井さんは少しイグアナに似ていた。
マリナは、新井さんをモデルにして、イグアナの形のパンをつくったら良いと思った。きっとどこにもないから、面白いだろう。
「新井さん、何かに似てるって言われたことあります?」
「いや、特にないですけど?」
新井さんは、仕事を覚えるのは遅かったが、自分で考えて、自己流でなんでもこなしてしまった。
小麦さんは、新井さんとすぐに仲良くなった。
マリナは、小麦さんも、新井さんも、どちらもあまり好きじゃない。新井さんが来たことで、前よりもっと孤独を感じるようになった。
次の日、新井さんはマリナよりはやく店に来ていた。
カランカラン
今朝も、一番目に昨日の男がやって来た。
「あれ、増えてる」
「新しく入ったんです。」
「へえー!俺はマリナに会えればそれでいいから、他の人なんて興味ないや」
マリナは作り笑いをした。
「うさぎパンですか?」
「いや、うさぎパンもいんだけどさ、今日はやめとく。今日はカレーパン」
マリナはカレーパンを袋にいれて、男に渡した。
「ありがとね、レシート要らないから」
男はレシートをマリナの手元に戻して、出ていった。
マリナはレシートを捨てようとしたら、その紙はレシートじゃないことに気がついた。
元気??ファンとして応援してるよ~
紙にはメッセージが書かれていた。男がマリナに向けて書いてくれたものだ。マリナは、少し嬉しくなった。
「マリナさん、どうしたのですか?」
「え?いや、さっきのお客さん、最近よくくるんですけど、面白い人だなって、」
「マリナさんのこと好きなんじゃないですか?」
新井さんは、にやけながらそう言った。にやけると、余計にイグアナ似にているので、マリナは、目をそらした。
「好きなら、明日も来ますよね?」
「たぶん来ますよ」
マリナのファン、毎日会いに来てくれるのか、