お嬢様のマリナ
お嬢様のマリナは、大人になり、仕事を始めた。恵まれた環境で育ったマリナだが、これが本当の幸せなのか、わからずにいた。仕事を初めてからは、その気持ちが強くなるばかりだった。
大きな家に住むお嬢様のマリナは、いつも孤独だった。マリナの父は、難しそうな機械を売っている会社の社長だ。母は、マリナが9歳の時に病気で死んだ。
マリナは20歳になったとき、家から1時間ほどの場所にあるパン屋で働き始めた。
「毎日パンに囲まれていたら、幸せなんだと思ってたけど、そうじゃないのね」
マリナはパンが大好きだったが、パン屋の仕事は好きではなかった。
「マリナ、今日もたくさんパンを売って、いっぱい稼ぐぞ!」
パン屋の主人の小麦さんは、いつも大きな声でマリナに話しかけてくる。
「はい。あの、毎日毎日、たくさん売れますよね?パン、売れなくなること、あるんですか?」
「ないだろう!今までもこれからも!幸せなことだ!」
「そうですね、」
マリナは、正直つまらないと思った。
カランカラン!
今朝の一番目のお客が来た。型崩れしたTシャツと、スウェットを着ている。髪の毛はボサボサで、髭がはえている男だった。マリナの倍くらいの年齢だろうか。
「いい匂いだなー」
「いらっしゃいませ。焼きたてですよ!」
「おすすめは?」
「うさぎパン」
マリナは、自分の一番好きなパンをすすめた。うさぎパンはうさぎの形をした甘いパンだ。
男はうさぎパンを見ると、少し笑った。そして、うさぎパンを2つ買うことにした。
マリナは、男の笑った顔を、懐かしく思った。男と目が合うと、マリナは優しい笑顔を返した。そしてうさぎパンを袋にいれて、男に渡した。
「ありがとうございました!」
「ありがと」
カランカラン
男は出ていった。
男は、パン屋の外に出ると、Tシャツの胸ポケットからタバコをとりだした。タバコを吸いながら、服でも買いにいくか、と思った。
だが男は自分の家につくと、服のことなど忘れていた。
「なんでこんなパン買ったんだよ」
男はうさぎパンをテーブルの上に置き、冷蔵庫から缶ビールをとりだした。
缶ビールを飲みながら、パン屋にいた女性を思い出していた。その女性は、優しい笑顔をしていた。男は、その笑顔を見たとき、とても癒された気持ちになれたのだ。しかし自分には、誰かを愛する資格など無いと思い、男は思い出すことをやめた。
夕方になり、パン屋は閉店した。マリナは、小麦さんに挨拶して、パン屋を出た。
「おつかれ!」
外に、彼氏の正くんが待っていた。デートの約束をしていたのだ。
「おつかれさま!」
マリナは、ニコニコしながら正くんのところへいった。
「今日はすごく疲れたよ、大変だったんだ。でもマリナに会えるから、頑張った!楽しみだったからさー」
「うれしい!」
「マリナに喜んでほしくて、美味しい店予約しといたから!友達が教えてくれた店なんだよ」
「楽しみだなあ」
マリナは、正くんの話をあまり真剣に聞いていなかった。マリナは正くんを好きだと思っていなかったが、将来のことを考え、お付き合いしているのだ。
仕事をする、大きな会社に勤める彼氏がいる、人に優しくする、笑顔でいる、それが、マリナに求められていることだ。
マリナが自分で決める未来は、どこにもない。
みんなが望む人生を歩んでいる。このままいけば、きっとみんな喜ぶだろう、だけど、マリナは、この人生から、逃げ出したいのだ。