8.やっぱり抱きしめられたいよね
「――燐斗お兄ちゃん」
雪花は、燐斗のお腹にもたれかかる。温かくて大きな体。彼は変身すると大獅子になる。
「雪花。体調は?」
「平気だよ」
生理は三日もするとだいぶ楽になる。今は、少し重いだけだ。彼らにとっても血の匂いは苦手なはずなのに、兄は全く気にしない。
彼の舌が雪花の顔を舐めた、雪花は声を立てて笑う。
そうすると彼も大きく喉を鳴らす。
「雪花の笑い声はいいな」
そう?
兄弟の欲目だと思うが、皆がほめてくれる。というか舐められてこんなに喜ぶなんて私は変かもしれない。
ううん、雪花たちの種族は舐めて愛情表現をするのだからしょうがない。
雪花は燐斗の鬣に顔を埋める。
「今日の、森羅が言ったことって」
「――気にするな」
「気になる」
雪花は顔を起こして、燐斗の目を覗き込む。太陽のような瞳だ。百獣の王、そう言われて納得してしまう立派な体格だ。
「燐斗ちゃんたちは、私に子どもを産んでほしい?」
「雪花」
「答えて」
彼はまっすぐに雪花の顔を見て、それからしっぽで床を叩いた。
「お前の幸せが一番だ」
「燐斗お兄ちゃんたちの幸せは?」
メスが少ないと聞いた。ましてや、群れから離れているのだ。同じ仲間に出会える機会がない。
彼らが、付き合った彼女がいなかったとは思えない、でも家に連れてきたことはない。
誰かしらがこのうちのなかで変身しているからと思っていたけど、それだけじゃない。
「お兄ちゃん達は、普通の人間とは子どもができないの?」
「――ああ」
「……私となら?」
「雪花」
そのために自分を育てているなんて、思わないけど。
でも兄は答えない。
「私、変身できるの?」
燐斗が不意に姿を人間にもどす。雪花はその胸にめがけてコロンと横になると、たくましい腕が雪花を抱きしめる。
三十歳の兄は人の姿でも大柄で、普通のスーツでは合うサイズがない。全体的に筋肉が太いのだと思うけれど、作られた筋肉という感じではない。
もって生まれた、恵まれた体格なのだと思う。その彼に支えられると、ほわっと安心して眠くなってしまうくらい。
敵にすると怖いけれど、護ってくれる存在としては最強。そして、その気配を常に纏っている。
だから、兄は会社でも男女問わず人気があるのだ。
燐斗の胸に頬を摺り寄せ甘えながらも聞いてしまう。
「燐斗お兄ちゃんたちは知ってた?」
「ああ。確かに獣化できるとは思う。雪花はその力がある」
うーん。でも実際は変身できないからな。……できたらいいけど。
燐斗は獅子、蒼士は黒豹、翔は豹。自分は何だろう、ネコ科だとは思うけど。
「だから森羅は私を欲しいっていうんだね。私相手だと、産まれる子どもも、その力を受けつぐの?」
「おそらく」
「ねえ。じゃあ私のお母さんって、変身できたの?」
今まで母のことは聞いたことがない。だって兄たちとは違うのだ、彼らが嫌だと思っていたから。
(本当は、怖かったからだと思う)
兄たちとの違いを思い知らされて、寂しくなるからだ。
「雪白さんは、とても美しい白豹だったよ」
「へえええ」
いいなあ。白豹か! 名前も綺麗だ。
「皆の憧れで、父さんが勝ち取ったんだ」
なんか群れのボスって感じ。
でもあれ? そのあとすぐに翔ちゃんが生まれたってことは、お父さんは雪白さんのすぐあとに、お兄ちゃんたちの母親とも行為をしたってことだよね。
(……というよりも、合間に雪白さんが入った? 寝取った??)
自分の母親ながら、悪女イメージがついてしまいそうになる。
「雪花、もう寝なさい」
納得いかないけれど、兄に背を撫でられていたら眠くなってしまった。
結局森羅との話し合いの結果も、母親のこともわからなかった。