5.ビロードのようなしっぽ
「雪花ちゃん」
翔が抱きついてくる。
――目が覚めた時には病院だった。
雪花は、川辺に倒れていたらしく、その近くにはのろしがあって、明らかに誰かが助けてくれた気配があったようだ。
けれど誰もいなかった。親切なその人は今も不明だ。
雪花は火傷と脱水はあったものの、検査の結果、大きな怪我はなく、三日後に退院になった。
兄たちも怪我の治りは早い。雪花も変身はできないが、多少なりともその傾向がある。だからだろう。
それから過保護な兄たちの干渉を受ける、はずだったが。
「今日こそ一緒に寝よう!」
「臭い消えた?」
「……我慢する」
唸る翔に、雪花は笑ってその腕を持ち上げて抜け出した。
「いいよ。今日も蒼士兄ちゃんのとこに行く」
「やだ!」
「また具合悪くなったら、困るでしょ」
雪花には少ししかわからないが、火事の匂いというのは強烈らしい。
酸っぱい焦げ臭さが雪花に染みついているらしく、鼻のいい彼らにはかなり辛いらしい。
それでも退院した雪花と寝ると言い張った翔は、そのあと鼻がツンツンすると涙を一日中こぼしていた。
「蒼士兄ちゃん、いい?」
部屋を訪ねると、回転イスを回して蒼士が振り向く。
「もう少しあとにする?」
「いいよ。もう終わりにするところだった」
彼が穏やかに笑うと、次の瞬間、大きな黒豹がそこにはいた。
衣服も眼鏡もない。ちなみに蒼士兄ちゃんの眼鏡は、少し視力を弱め、色を和らげる加工なのだそう。
人間の世界は光や色が多すぎて、視力が良い兄には、刺激が強すぎるというのだ。
しなやかな動きで彼は大きなベッドに乗ると、パタパタとしっぽを振って雪花を招く。
「ごめんね」
「いいんだ。調子が悪いときは、一緒に寝るのが当たり前だろ」
獣は、調子が悪い時こそ仲間に寄り添うらしい。
雪花に理由はわからないが、具合が悪くなると兄たちのベッドにもぐりこむのが通常だった。彼らに包まれて撫でられていると、いつの間にか安心して眠ってしまう。
「まだ臭いでしょ」
「雪花の匂いなら平気だよ」
蒼士はたいていのことに動じない。クンと鼻を寄せて首を傾げる。
「雪花、今日二日目?」
「うん」
生理のことだ。彼らは匂いで何でも分かってしまうらしい。
ちょっと嫌、という感覚はない。昔からのことだから。
「痛いだろ」
しっぽがおなかを撫でてくる。
雪花はそれを掴んで、頬を摺り寄せた。蒼士はしっぽを掴んでも平気だ。黒豹は強い、と聞いている。だからだろうか。
豹としての体格は、翔よりもいい。
「平気」
「湯たんぽ作ろうか?」
「蒼士ちゃんがいれば平気」
ああ、自立したいって言いながら、全くできていない。
十八歳にもなって、兄に抱きしめられて慰められて。それでも安心するのだ。
雪花はしっぽを掴んだまま横になる。
綺麗なビロードみたいなさわり心地に癒されて眠りについた。