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獣の王に愛されて:選び放題と言われましても!  作者: 高瀬さくら


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34/38

34.口づけの約束って照れるね


「あのね、着物のこと」


 確かに昨日着せてもらって嬉しかった。

 けれどそれは夕月ちゃんの借り物で、どうせなら自分のを見せたいと思ったのは事実。特に森羅も着物姿だし、同じように着て歩きたいなって。


 でもお高い。

 彩媛ちゃんに聞いたら、最近は銀座の呉服屋さんでも、五万くらいで仕立ててくれるらしい。だったらそちらで、とも思うけれど、その値段も雪花には手が出せないし、里の長の横に並ぶのはどうなの、という彩媛の忠告も痛い。


(なんとなく、夕月ちゃんにも仕立てるように言ったのは、私が気にしないようにって気遣って……?)


 でもそれを言うのは、夕月ちゃんには失礼だろう。彼女をねぎらうためでもあるんだから。


「雪花が気にしていることは、わかるよ。でも衣食住を養うのは最低の義務、と言ったら味気ないか。してあげたいって言ってもわかってはもらえないのかな」


(だってお高いんでしょう、って言葉が何度も胸の中をよぎる)


「指輪とかだって恋人にねだるだろう?」

「それは、そういうものかもしれないけど」


 クリスマスや誕生日、記念日にアクセサリーをねだる女性は多い。


「昔は、着物を送るのは普通だよ。それこそ俗な言い方だけど」


 そう言って、森羅は鼻の頭の上を赤く染める。


「好きな女に絹の着物一つ買ってやれないような甲斐性なしにはなりたくない」


 言い切る森羅に雪花は絶句した。そうか、そう言う価値観なんだ、とすとんと腑に落ちてしまった。


「わかってくれた?」

「うん。時代小説に出てくる台詞みたい、でも昔からあるものなんだろうなって。だからおかしくないのかもって思った」

「じゃあ?」

「……お兄ちゃんたちにも見せたいなって思った」


 そう言ったら頭の上のほうで苦笑が降ってくる。


「でもね、森羅に一番に見せたいって、着て一緒に歩きたいって思ったよ」


 森羅の見えない耳がぴくっと嬉し気に立った気がした。それに見える耳も赤い。


「じゃあ、着物の代わりに俺もねだっていいかな」


 つないだ手がぎゅっと力を込めている。少し緊張しているのか、手が白い。そんな森羅が初めてだ。


「何?」

「雪花から口づけしてほしい」


 いつもはからかうようにまっすぐ見てくる森羅。けれど早口で、見上げたら一瞬顔を逸らして。すぐに顔を戻す。


「えーと。でも着物の値段に見合わないよ」

「そんなことないよ」


 口調が強い。なんだか必死だ。意外過ぎるし、そんなことでいいの? と思うけど、そういえば、まだ私たちは口づけを、つまりキスをしていない。


「あのでも、森羅からも……まだ、だけど」


 あ、うんと森羅が口ごもる。まだ顔が照れている。顔の傷跡もほんのり赤い。耳が垂れていて可愛い。


「俺からは、雪花に許可をもらわないと。でも雪花からは欲しい」


 その理屈が面白くて雪花が噴き出すと、森羅もようやく緊張を解いて笑いだす。


「ほんとだよ。勝手にはできない。嫌われたら困るし」

「じゃあ、ずっとしないの?」


 森羅は少し首を傾げた、ようやくいつもの余裕が出てきたみたい。


「するよ。ちゃんと雪花にお許しをもらえたら、いつでも」


 さらっと言うけど、そういえば私達って……付き合ってるのかな。

 もう恋人みたいな言葉だよね。


「うーん。許してる気もするけど。もう少し先かな」

「それって、いつかはいいってことだよね」


 森羅の見えない尻尾が跳ねた気がする。はしゃいでいる森羅が珍しくて、こんなことで喜ぶなんてなんだか嬉しい。


 キスの約束をするって、森羅とはそれ以上のこと、くっついたりもしたのに、無邪気で、でもロマンチックなようでわくわくする。


 つないだ手が離されて、肩に手がまわされてそのまま歩き続ける。


「亜紺と百合ちゃんを見たの。なんだかいいなって。初々しいんじゃなくて、でも穏やかで自然」

「百合が生まれたときに、亜紺は百合を(つがい)だとわかったんだ。だからもう二人は、運命の様に離れない」

「産まれたときから守られてるっていいね」


 そう言って雪花は反省する。自分には兄達がいてくれた、贅沢だ。


「ごめん」


 森羅が息を落とす。


「その時いなくて。これからはずっと守るから」

 しゅんとした口調と、丸めた尻尾に驚く。


「そ、そうんじゃなくて。あの子たちは、老成したっていうか、もう成熟したような二人で一つのような。そんな雰囲気で、私もそうなれるのかなって……」

「どういう形になるかは、二人で作っていけばいい。雪花が許してくれるなら」

「うん。考えてみる」


 まだ好きになってきているけれど、(つがい)なんて大きな力を感じない。


「亜紺は、俺の跡目なんだ」

「え!?」


 跡目って、後継者ってことだよね? え、里の? 森羅の子どもとか、弟じゃなくて?


「血は関係ない、群れの中で一番強い者が長になる。亜紺の力は強いよ」


 まだ十歳ぐらいの子どもにしか見えないけれど、じゃあ黒雨さんよりも!?

 期待値なのか、潜在能力なのか。でも森羅がそう言って決まっているという事はそうなんだろう。


「亜紺は狼なんだ。俺と違う種だけど」


 それを聞いてまた驚く。百合ちゃんは兎。狼と兎の(つがい)って。

 でも二人でいることが当たり前みたいに一緒にいる。……それが番なんだろう。


「なんだかいろいろ、すごい」

「なにが?」

「狼と兎っていうのも。あと亜紺くんが、一番強い、群れのリーダーになるってことだよね。あとあんなにおとなしい百合ちゃんが、その伴侶になるって」


 だって、支えるってことだよね?


「それを雪花が言うんだ?」


 森羅は楽しそうに、くつくつ笑う。喉を小さく鳴らして、のぞき込んでくる。


「俺と雪花も、狼と子猫だよ」

「う、そうだけど……」

「それに百合はそんなに弱くない」


 森羅が前を向いて断言する。その口調は、信頼。二人は大丈夫だろうって思っている。


 はにかんで恥ずかし気に笑う百合ちゃん。でも苦手な滝に迷わず飛び込む土壇場で見せる強さ、そして亜紺とのこと。

 

まだ小さいけれど、それについて話してみたいなあって思った。


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