30.額にはくちづけの、愛情
「夕、入るぞ」
「……若」
森羅が入ってきて、雪花の前に立つ。そしてそっと抱き寄せる。
「怪我はないな、熱もない。痛いところもないな、身体に不調はないが……心配した」
首に鼻が寄せられる。鼻先が首筋を行ったり来たりする。
獣たちは触れ合いで相手の調子を理解するから、言わなくてもわかる。でも、相手の辛さを共有してしまう。
ただ、森羅は受け止めてくれる許容がある。
ぎゅっと寄せたあと、雪花のおでこに額を合わせてくる。
「雪花は何を気にしている?」
「ううん」
黙った後口を開く。
「余計なことしたとは思ってないよ。でも足手まといで余計に黒雨さんに迷惑かけたなって。みんなに心配もかけたし」
「それがわかってるなら、それ以上は言わない。雪花の行動を読み、その上で全ての対処をするように黒雨に任せた。それができないなら、あいつの責任だ……そして、俺も」
俺も?
「その場にいなかった、雪花を助けなかった。それは俺の責任だ」
硬い顔で森羅が告げるから驚く。いつも穏やかで笑っているような森羅なのに。
っていうか、その場にいなかったから助けられなかったって、全然責任ないよね。
「でもいなかったのは仕方ないよね」
「伴侶を助けるのが番の役目。いなかったのは言い訳にしかならない」
とはいえ、と森羅は急にすべてを柔らかくする。雰囲気、空気、抱きしめる手、見つめてくる眼差し。
「それは俺の中でのこと。雪花は休ませないと。それに――」
森羅は、雪花を離して、肩に手を置いたまま笑みを見せる。
「着物、似合っている。美人だ。綺麗だよ、雪花」
いえ、あの。彼は顎に指をあてて、じっと見ながら考え込んでいる。
「華やかな柄物でも、似合いそうだな」
「そうですね、お若いから。黒と赤の縦縞などもいいかもしれません。唐草紋様なども。お顔立ちが派手ではないので、粋な感じになるかも」
「明日、見繕ってもらうか。夕も貸してくれてすまない」
「いいえ、では」
仕立てるとかは、森羅とは話してないのに既に進行している。でもそれに口を挟めない、なんとなく夕月ちゃんは声をかけづらい。
目を伏せて、片づけをして出て行ってしまった。
せっかくだからと森羅と着物を着て歩いてみる。
屋敷の外に出て、裏手の方を歩いていたら。一つの家屋の壁に据えられた竹製の長椅子に亜紺が座っているのが見えた。
その膝の上には黒い兎、鼻先と耳の内側だけが桃色の百合ちゃんだ。亜紺は大事そうに百合ちゃんの背に手を載せ、兎の百合ちゃんは耳を垂れてじっとしている。
眠っている感じはしない、ただすごく安心して身を預けている気配がした。
亜紺が両手で百合ちゃんを抱き上げて、そして顔をかがめ、その小さな額に穏やかに口づけた。
子どもが背伸びをしているような微笑ましいポートレートのような感じじゃない。家族的なものじゃない。
穏やかだけれど、愛情と守護を感じさせる、見とれてしまうもの、だった。




