17.ピンチの前のひと時
やっぱり彼女のガードは固い。
そしてここは非常に狭い世界。甘やかされて育った自分には厳しそうだぞ、と思いながら誰もいなくった部屋で雪花はゴロンと転がり、足を伸ばした。
(地方の地主の家に嫁ぐってこんな感じかも……)
具体的な大変さは知らないけど、古い家に住む友人たちに聞くと孫世代の彼女達でも、親が大変そうなのを見ているらしい。
兄弟以外と交流のなかった自分には難しそうだぞ。
その時、ふすまの向こうで気配があり夕月の声がかかる。
「雪花様。お休みのところもうしわけありませんが、大奥様がお待ちです」
(こんな対面聞いていない……)
雪花の格好は、ワンピースにストッキング。皆が着物姿の中、こんな格好でいいの!?と夕月に尋ねたが、問題ありませんとしか答えてもらえなかった。
まさか一人で向かうなんて聞いていないよ、と内心森羅を恨みながら廊下を歩いていたら、その森羅が立っていた。
「雪花」
嬉しそうに笑みをほころばせる彼に、つい恨み言も忘れてしまいそうになって慌てて伝える。
「森羅、聞いてないよ!?」
まるでご両親への挨拶じゃないか。いや、挨拶だけど。
(あれでも、母上? お父様じゃないの?)
そういえば森羅は「旦那様」って呼ばれているし、大旦那様は、森羅の親の子とだろう、とすると森羅は若旦那で、つまり跡を継いだってことで。
(もしかしたら、亡くなられているのかも)
その辺の事情も知らないのですけど、と思いながら森羅にこそこそと詰め寄る。
「何て、挨拶すればいいの」
「母がしゃべるだけだ。雪花は考えなくてもいい」
「それって困る」
「じゃあ聞かれたことだけ」
「ええ!?」
森羅って結構厳しくない? そう思ったら彼が雪花の頭を引き寄せ、彼の胸に額があたる。
ああ、背が高いな。燐斗お兄ちゃんと同じくらいだ。
彼の匂いは、深い木々の匂いがする。まとう静謐な空気を胸に吸い込めば、自分が清くなれるそんな感じ。京都の糺の森を歩いたときに感じた気配。
「大丈夫。雪花のことを母上も気に入る」
「それって――どうしてそう言い切れるの?」
そう、兄弟に好かれるのは当然のものとして享受してきた。けれど、森羅に好かれているのも、未だに困惑が強い。
「どうして、森羅は私のこと――好きなの?」
舐め方、と前に言われたけれど。彼が宥めるように頭をなでてくる。
「たくさんあるけど。雪花の性根かな」
「性根って、性格?」
彼は雪花を離して、目を覗き込んでくる。狼のときと違い、深い紺色。穏やかで愛情あふれる色。
「そうだね。雪花は愛情を受けて育ち愛情を返すことができる。雪花は、真っ直ぐで優しい性根だ。人を労ることも慰めることも寄り添うこともできる。その性根は顔や態度に出て、何よりも尊いよ」
「普通、だと思うけど」
「そう思う、奢らないところも雪花のいいところだよ」
うう、褒めすぎ。
「でも、愛情を受けて育ったのは間違いないし、お兄ちゃん達から大事にされたのは本当だから、そう言ってくれてありがとう」
「そういうところが、真っ直ぐなんだよ」
森羅は雪花の手を取りキュッと強く握り、耳に口を近づけて囁いた。
「というところで、続きはあとで」
「あ、うん」
続きってなんだっけ?
「俺が雪花を好きなところ。後でたっぷり」
そう言って森羅は雪花の耳を軽く食んだ。甘い刺激が耳から全身に伝わって、でも繋いだ手が逃してくれない。
「森羅!? 今のって……」
「痛かった?」
「痛くないけど」
これって恋人同士がする仕草じゃないの!? ええと、私達って何?
さっき、友人の家に遊びに来たと思えばいいって言わなかった!?
ふーんと森羅は興味深げに見ている。なにその顔?
「もう少し強くしてもいいのかな」
「ダメ、強くても、弱くても」
「雪花は、俺のこと舐めたのに?」
「――森羅!」
思わず声を上げると森羅が指を唇に当てて、しーっとする仕草に慌てて口をつぐむと、ふすまが開けられてしまった。




