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獣の王に愛されて:選び放題と言われましても!  作者: 高瀬さくら


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15/38

15.お家事情が、ちょい見えます

 重いような甘いような言葉を言われて混乱しながら、雪花は誘われるように里の奥へと進む。そうすると、立派な平屋建ての日本家屋がだんだん近づいてくる。


(まさか、あれ)


「俺の家だよ」


(大地主? お殿さま!!)


 そこに行くの、と雪花は驚愕した。

 

***


 敷地を囲むのは澄んだ水の流れる溝と垣根。

 敷地入口には、戸のようなものはなかった。そもそも垣根も腰のあたりまでで、屋敷を囲む庭がよく見渡せる。見晴らしがいいくらい。

 だが屋敷はその庭の木々や池なんかにさえぎられてよく見えない。


 ぽっかり開いた入口は、戸のようなものはなく、代わりに一人の男が控えていた。


「――紫藤しとう


 森羅が呼びかけると、彼は軽く頭を下げる。


「紫籐。雪花だ」


 彼は軽く頷くと、目礼した。

 歳は森羅と同じくらいだろうか、彼も顔立ちはいいが愛層がない。柴犬? いいや、神社にいるような狛犬を連想させられた。

 誰も寄せ付けない厳しい気配で屋敷を護っている、そんな人。


「紫籐は、俺の腹違いの弟だ」


(ええええ! 突然身内に紹介! しかも複雑な事情!)


 しかもあんまり歓迎されていない!


「よろしくおねがいします、紫籐さん」


 僅かながら声が震えたのは許してほしい。

 彼は射貫くような目で雪花を見た。


「兄上――」


 こそっと彼が森羅に呟いた。森羅は表情も変えず仕草もかえない。ただ聞くだけだった。

 そのまま彼を入口に残して森羅は雪花を先に入る様にと促す。


 足元は敷石、左右に植えられた花の咲いていない椿の道を進むと、ようやく玄関らしきものが見えてきた。


 雪花が胸に手を当てて深呼吸をしていると、引き戸に手をかけた森羅が笑う。


「相当緊張している?」

「そりゃあ……」

「どうして?」


(どうしてって、こんな大きな屋敷に! 敷居が高すぎてびびりまくりだよ)


「雪花が緊張するのは俺の家だから? その意味は?」

「え…ええ!?」

「ただの友人の家を見物に来たと思えばいい。興味本位にね、そう思えば大したことじゃない」


 彼はカラッと笑って、戸を開けた。すうっと滑らかに動く戸を見ながら雪花は口を引きつらせた。


(友人でも、こんな格式高そうな家、緊張するよ!)


 けれどそれを言う前に、玄関の先、上がり框を上がったところにはすでに人がいた。三つ指をついて、頭を下げた女の子が。


「お帰りなさいませ、旦那様。お嬢様」

夕月ゆうづき、戻った」


 スッと顔をあげたのは、少女だった。黒くてサラサラの髪は肩先で切りそろえられている。華やかではないが、左右バランスの良い顔立ち、瞳が紫を帯びていて少し不思議な雰囲気を醸し出している。


「夕月。雪花だ。――雪花、夕月はうちの屋敷を切り盛りしてくれている。何か入り用なものがあれば、頼めばいい」

「雪花様。至らぬところもございますが、よろしくお願いいたします」

「いいえ、あの……」


 私のほうこそ、と声にならない声で言い淀む。


 ああもう彼女の方が年下だよね!?


 スッと伸びた指先や、伸ばした背筋、そろえた膝。もちろん彼女も着物だ。


 所作というのだろうか、彼女の雰囲気に圧倒されて、さま付けとか、そんな言葉遣いとか、もうどこから普通にしてほしいと頼めばいいのか、わからなくなる。


 森羅が先に上がり框に足をかけて、雪花を振り返り手を差し出してくれるからそれを取る。床に膝をついたままの夕月ちゃんの横を通り過ぎるのは、なんだか気が引けた。


 ここの勝手がわからない。


 先に森羅が歩き、雪花の後ろを夕月が歩く。

 庭を左手に見ながら廊下を進むと、森羅が振り返る。


「夕月。雪花を部屋に案内してくれ。雪花、俺は先に用を済ませてくるから、後で」

「ええと――」

「また迎えをよこすよ」


 そういって、彼は緊張する雪花をなだめるように不意に屈んで額に唇を寄せた。


***


 後ろにいたので、見ていた夕月ちゃんの反応はわかりません!


 失礼しますと彼女が断りを入れ、先導されて案内されたのは、結構奥の部屋。


 そこには座卓とか、鏡台とか、着物立てとかが置いてある。


 奥の部屋は、後で寝具を敷くと言われる。


 畳は新しい井草の匂いがする。調度類も新調したのだろうか。客間というよりも雪花のために用意された部屋という感じで、うろたえる。


「どうされましたか?」

「ええと。畳が新しいんだね」

「雪花様をお迎えするのにあたって、当然です」


 かわいらしい顔立ち、年下のようだけど、雰囲気に甘えたところが一切ない。歳が一番近そうなのに、これじゃ居づらいぞ。


「夕月ちゃんは、幾つ?」

「十六になります。夕月とお呼び捨てくださいませ」

「私は十八だよ。だから様はやめて」


 夕月ちゃんは、じっと雪花を見つめたあと、ふいっと背を向けて庭に向ける戸を開く。途端に、庭の景観が目の前に飛び込んでくる。


「致しません。私は、こちらに大旦那様の頃から仕えております。現在の主に当たる旦那様の奥方になられる方と、そのように親しい呼称で呼び合うことはできません」

「……」

「屋敷内は、都会の方には堅苦しいものもございましょう。西洋のものも申し付けてくだされば、手配いたします。雪花様にはお寛ぎくださいますよう」


 彼女は座布団を勧めて、自分は出口へと足を進める。


「茶を入れて参ります」


 その隙のなさ。距離を縮めるという気のなさに、圧倒されていると不意に荒い足音が響いてくる。男の人のような重みはない、子どものような軽さでもない、わざと感情で床を踏み抜いているような感じだ。


「ちょっと夕月!? 森羅様のお相手ってもう来てるの!?」


 パンって開けられる戸。

 そこにいたのは、夕月と同じくらいの女の子。赤みが混じった毛は天然なのかわずかに跳ねていて、同じく橙色がかかった瞳は燃えるように力強かった。


「……彩媛さいき


 後ろで夕月ちゃんが、額に手を当てて憂鬱そうなため息をついた。


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