14.つがいってなに?
大きな茅葺屋根の家の陰で子どもたちが遊んでいる。
その子たちがこちらを見ているから、あわてて森羅から目を逸らす。
「雪花?」
「子どもたちが見てる、から……」
「ああ」
森羅の眼差しは相変わらずで、目をそらしたのにそれを感じて顔が熱い。だが、不意に彼は雪花の前に一歩出ると、走り寄る子どもたちを待ち受ける。
「――森羅さまー」
(またもや、様付け!)
「お帰りなさいー!」
「その方、およめさま!?」
「しんらさまのおよめさま?」
男の子二人に、女の子一人。興味深げだが、森羅に対する言葉遣いは丁寧というか、子どもらしくないというか……ここ、どこ? 時代劇?
さっきから気になっていたけれど、子どもたちも黒雨も着物姿だった。
「百合、亜紺、笹目。私の大切な人だよ、わかるね」
森羅はしゃがみこんで、百合と呼んだ女の子の頭を撫でて、それから子どもたちを見渡してそう言った。
「うん」「わかるー」
「いい子だ。変わりはないかい?」
森羅は一人ずつ抱きしめて、尋ねている。子どもたちはきゃっきゃと喜んで、それから口々に森羅に報告をする。
森羅は頷いて、それから穏やかに彼らから身を起こす。
「彼女は雪花だ。雪花、落ち着いたらこの子たちと遊んでくれたら嬉しい」
「ええと、雪花です。よろしくね」
よろしくお願いしますーと子どもたちが言う。せっかさま、という言葉と共に。雪花に子どもの年齢の推定はできないけれど、小学生低学年くらい、だろうか。
このぐらいの子どもたちが、ここまで丁寧な言葉遣いができるものなんだろうか。
子どもたちから離れて、二人は歩き出したが、雪花はすぐに気が付いた。森羅は雪花の前を行かず、後ろからゆったりと歩いてくれている。なのに足音をたてない。
ひそやかに守ってくれている獣、そんな感じだ。
「驚いた?」
「うん、わかる?」
「汗の臭いで、と言いたいところだけど。雪花は表情と態度にでるから」
汗の匂いで感情が伝わってしまうのは、兄弟で慣れている。
でも、やっぱり態度に出ていた。翔ちゃんにもよく言われる。雪花ちゃんは見ているだけで何考えているかわかるよ、と嬉し気に。
あれは、弟だけの特殊な性癖かと思っていたけど、森羅の笑顔を見ているとそうでもないらしい。
森羅がご機嫌にしっぽをふっているのが、見えるよう。
(なんだか森羅ってなんでも喜ぶよね)
でも兄弟と接していた時や、黒雨の時と雪花に対する態度が違う。張りつめた緊張をもたらす威圧感はなくて、懐いてくる獣かと思えば、実は翻弄されて制御されているのは自分のほうだと思い知らされる。
(そう、翻弄されている!)
嫌なわけじゃないけど、どうしたらいいのかわからない、それが雪花の本音だ。
こんな風に、雪花の言動に喜んでくれる男性はいなかったから。
(……兄弟以外に)
兄弟でもそんなのいないよ! しかもイケメン! と友人たちには力説されていたけれど。だとしたらさらに森羅に好かれているというのは、出来過ぎのような気もしてくる。
(嬉しいけど……)
森羅もとても格好がいい。顔にうっすら残る傷跡は顎の下で気にならない。むしろ撫でで触りたいくらい。
(私、また触りたいとか思ってる!)
それは兄弟だけにしないと。いや兄弟でもおかしい?
一人で動揺している雪花をよそに、森羅は目を遠くにやりながら説明をしてくれるから、慌てて集中をそちらに向ける。
「――この里が、外とはだいぶ違うことは俺もわかっているよ」
「――どのくらいの大きさなの?」
たくさんの不思議がある。まず、家々だ。
雪花の家は、広いとはいえ住宅街だ。田舎だけど新しい方と言えるのは、代々そこに住み土地と家を守ってきた家柄とは違うからだ。
そういう古くから住んでいる友人宅を訪ねてみると、結構驚くことがある。
まず、家が庭というより、木々に埋もれている。母屋というのだろうか。そこはまだいい。だが、敷地内に納屋とか、離れとかがあって、ほこりだらけで使われていない農具とか、半分扉が開いたままの木造家屋が背よりも高い芝生の中から現れたり、突然鶏とか犬が現れたり、鍋が落ちていたりする。
放置というか、使っていない住居以外は、手入れがされていない。
でも、この里は見渡す限り家々の間隔はあいているものの、各戸囲いはなく、開放的であって、おまけにどれも見苦しさはなくとても整備されている。雑木林にうもれていたりしない。
コンクリートやアスファルトはなく、電柱もない。
道は石と土と芝生で整えられていて、まるで作られた箱庭だ。
「出入りはあるけど現在こちらには六十戸」
「こちら?」
「里はね。けれど俺の領域ではもう少し多いよ」
雪花は目を瞬いた。車から降りた時、森羅は「自分の領域」だと言った。
「もしかして、あの山一帯全部森羅のもの?」
「俺達の、と言った方がいいかな。俺はそれを束ねているだけだよ」
「こういう形態の家が山に点在しているの?」
森羅は首をふる。
「好きなように住みたいものもいるからね。より自分らしく。もしくは、もう少し便利に。皆好きなように住んでいるし、ある程度文明も利用している。それでも、俺たちは仲間なんだ」
仲間って、何だろう。雪花たちは、群れを出てきたと兄から聞いた。この里のように暮らしていた群れ、なのだろうか。
「森羅は私の母親がいた群れって知ってる?」
森羅は複雑そうに笑った。
「おおよそはわかっている。君の母君が評判の美しい白豹だったことも」
「お母さんのこと、知ってるの!?」
「近くはないからお会いしたことはない。けれど、幻獣のメスは貴重だからね。噂としては耳に入っていたよ」
「私、変身できないの」
森羅は黙って、雪花の話に耳を傾ける。
「兄と弟とは母が違うの。その間に私のお母さんが入っていったのかな。お母さんってどんな人だったのかな……」
兄や弟には聞けなかった。だって事実だ。でもそういうと否定されてしまうから聞けなかった。
「雪花、前も伝えたけれど……」
森羅は穏やかに諭すように告げる。
「獣化できるメスはすごく少ない。そして、獣化できるできないにかかわらず幻獣である俺たちの種族では、メスが選ぶ権利がある。もちろん俺たちは、振り向いてもらうために必死になるけれどね。だからメスは、相手を一人と決めなくてもいい。雪白さんは、その時は君の父君を選んだ。ただそのあとは、そうじゃなかったのかもしれない」
「お母さんが捨てたってこと?」
森羅は苦笑する。一人に限定しなくていいってことだよ、と。
「でもそうしたら、森羅が私を選ぶのって? 私はまた誰か違う人の子どもを産むの?」
「産むことはできる。けれど、俺は伴侶になってほしいって言ったよね」
戸惑いながら頷く。
「伴侶になる。それは、永遠を誓う相手になるんだ。俺は君をそうだと思った。そして君がそれを誓ってくれたら」
「誓うって……」
「魂の結びつき。他の相手は選ばない、生涯の相手として選ぶこと。それが――番になるということなんだ」
「……わからない」
「俺は番が雪花だと確信している。でも雪花の魂がそう感じないのならば返事はまだいい」
「森羅」
まるで拒絶されたかのような気分になる。森羅のことは好きだと思う。けれど生涯の相手とか、魂の結びつきとか、わからない。
「雪花は何もしなくていい。雪花の心がわかるようにする。番になってもらえるまで、なんどでも求愛する。それは俺の役目だから」




